IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~   作:Granteed

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第三十二話 ~青春の一ページ~

「統夜、泳がないの……?」

 

統夜の隣に座っている簪が呟く様に問いかける。立ちっぱなしも何なので統夜が提案した結果、二人は浜辺に揃って座っていた。浅瀬では学生達が思い思いの水着を着て、満面の笑顔を浮かべている、

 

「俺?」

 

「私はいいから、行ってきてもいい……」

 

恐らくは簪なりの気遣いなのだろうが、その不器用な気遣いの仕方に思わず頬が緩んでしまう。統夜の表情を見て不満を抱いたのか、簪はあからさまにむくれた。

 

「何……?」

 

「いや、何でも無いよ」

 

「早く……行ってくれば。それとも、泳げないの?」

 

簪は膨れっ面のまま、視線を統夜の顔から外して真正面を見据える。統夜は両手を後ろについて青空を仰ぎ見ながら口を開いた。

 

「泳げないって訳じゃないさ」

 

「じゃあ……何で?」

 

「そうだな……なんとなく、かな。今はこうしている方が、心地良いんだ」

 

「心地良い?」

 

統夜の言葉をオウム返しに繰り返す簪。塩気を含んだ風が二人の頬を撫で、潮の香りが鼻腔をくすぐる。久しぶりのゆったりした時間を、統夜は存分に楽しんでいた。

 

「ほら、最近こんなのんびり出来る時間って無かったからさ」

 

「……ごめんなさい」

 

「何で簪が謝るんだ?」

 

「お姉ちゃん、統夜をいじめて楽しんでる。私も最近は少し、調子に乗りすぎた……と思う」

 

「ああ、別にそんなの気にしなくていいよ。そう言う意味で言ったんじゃないし。確かに楯無さんには結構悪戯されてるけど、本当に嫌な事とかはやってこないからさ」

 

「本当……?」

 

「嘘ついたって、何にもならないだろ」

 

浜辺に打ち寄せる波の音が二人を包み込む。両手を後ろについて空を仰ぎ見る統夜とは対象的に、簪は黙り込んで両膝を抱えてしまった。統夜は簪の顔を覗き込む様にしながら、問を口にする。

 

「簪、どうかしたのか?」

 

「……私、貴方に迷惑かけてばっかり」

 

「迷惑?」

 

「統夜、優しいから……」

 

一旦言葉を切って横目で統夜を盗み見る簪の視線は、統夜の体に注がれていた。思わず統夜も自分の胸の中心部を見る。そこには銀色のネックレスが太陽の光を浴びて、燦々と輝いていた。

 

「私のせいで……何度も傷ついた。クラス代表トーナメントの時も、この間も」

 

「それは簪のせいじゃないだろ」

 

「ううん。私が統夜と会わなければ、統夜が傷つく事は無かった。私のせいで……」

 

「……」

 

「わひゃっ!?」

 

膝を抱いていた簪の両手がビクリと震える。その瞳は驚きで見開かれ、視線は目の前にいる統夜の顔に釘付けになっていた。簪の脇に座る統夜の右手は、簪の小さな頭に乗せられている。

 

「……」

 

乗せられた右手は髪の毛を梳く様に左右に動く。初めこそ驚くばかりで口を開く事すら出来なかったが、やっとの思いで簪が言葉を捻り出す。

 

「な、何……?」

 

「何度も言うようだけど、俺が傷つくのは簪のせいじゃない。俺が自分で決めた結果だ」

 

「で、でも……」

 

「でもも何も無い。それにさ、会わなければよかったなんて言わないでくれ」

 

「え……?」

 

そこで統夜は簪の頭から右手を離した。何故か顔を簪から背けながら、言葉を続ける。

 

「俺は一夏や楯無さん、簪と会えて良かったと思ってるんだ。入学した頃と違って、今は皆がいるからIS学園にいたいって思ってるからさ」

 

「統夜……」

 

「……ごめん、ちょっと調子に乗りすぎたかな」

 

背けていた顔を再び正面に向ける統夜の顔は、少しばかり朱に染まっていた。簪も頭の中で統夜の言葉を反芻しながら、正面を見据える。

 

「じゃあ私ももう一度……ちょっとだけ、調子に乗る」

 

「え──」

 

視線を簪に向けるよりも早く、統夜の右半身に軽い圧力がかかる。何が寄りかかってきたかは、目を向けるまでもなく明らかだった。

 

「か、簪?一体何──」

 

「こっち見たら……だめ」

 

「はい」

 

妙に強制力のある簪の言葉に、統夜は頷く事しかできなかった。顔を無理矢理真正面に向けながらも、意識は簪と触れ合っている右半身に集中してしまっている。

 

「これで……おあいこ。お互いに調子に乗ったから」

 

「……そうだな、これでおあいこだ」

 

「でも何で、いきなり撫でたの?」

 

「昔俺が落ち込んでた時とかふさぎこんでる時に、姉さんがやってくれたんだ。簪を見てたら、思い出してね」

 

「……」

 

「どうした?」

 

「統夜って……お姉さんの事、好きなの?」

 

「ん?そりゃあそうだろ」

 

統夜の返答を聞いた簪の反応は激烈だった。先程まで統夜に頭を撫でられて上機嫌だったのだか、その返事を聞いた途端目尻に涙を浮かべ、明らかに気落ちする。

 

「ど、どうかしたのか?」

 

「何、で……?」

 

「何が?」

 

「お姉さんを好きになるなんて、変……」

 

顔を俯かせたまま、呪詛を吐くかの如く低い声が簪の口から漏れる。数秒、簪の言葉の意味が分からないと言った様子の統夜だったが、すぐさま得心がいった様で小さい笑い声を響かせる。

 

「いや。そう言う意味で言ったんじゃないよ。誰だって家族の事は好きだろ?簪だって楯無さんの事、大好きじゃないか」

 

「そうだけど……」

 

「それに姉さんにはもう好きな人がいるんだ。俺が言ってるのは家族として好きって事だよ」

 

俯かせていた顔を少しだけ上げて瞳を覗かせる。簪は戸惑いが浮かぶ瞳を統夜に向けながら、ポツリと問いかけた。

 

「じゃあ……そう言う意味じゃ、無いの?」

 

「無い無い」

 

統夜が目の前で片手を振って否定の意を示す。それを見た簪はあからさまに安堵のため息を漏らした。

 

「……良かった」

 

「何か言った?」

 

簪が地面に落とした言葉は統夜に届く事は無かった。慌てて顔を上げて何でも無いと嘘をつこうとした簪だったが、それより早く二人に声がかけられる。

 

「統夜ー!」

 

二人揃って声のする方向を向いてみれば、遥か彼方にこちら目掛けて片手を振っている一夏がいた。統夜は立ち上がって大声で返事を返す。

 

「何だー!?」

 

「ビーチバレーやろうぜー!丁度一人足りなくてさー!」

 

「ああ、分かった!今行く!!」

 

尻についた砂を両手で払いながら歩を進めようとすると、後ろで砂が擦れる音が聞こえた。後ろを振り返ってみると、簪が立ち上がって制服に付着した砂を払い落としている所だった。

 

「あれ?簪も来るのか?」

 

「うん……暇、だから」

 

「でもその格好じゃ、出来ないだろ?」

 

「統夜を、見てるだけでいい」

 

端的に意見を述べると、一人でコートに向かって歩き出す簪。統夜も彼女の背中を追うように歩き出した。

 

「でも、持ってきてるなら水着着ればいいのに」

 

「だって……恥ずかしい」

 

制服(そっち)の方が恥ずかしいだろ。折角海に来たんだから」

 

「統夜は……私の水着、見たい?」

 

簪は急に足を止めて上目遣いで統夜の顔を真っ直ぐに見る。簪が向ける期待が込められた眼差しに対して、統夜はどこまでもマイペースだった。

 

「うーん……」

 

「……」

 

返事が待ちきれないかの様にうずうずと体を揺らす。数秒程思考を重ねた統夜はゆっくりと口を開いた。

 

「そうだな、見たいかな。折角なんだし」

 

「じゃあ……考えておく」

 

「おーい統夜ー!まだかー?」

 

「悪い悪い!今行く!」

 

多少小走りになりながら、見えてきた人混みに駆け寄る。生徒たちは砂浜の一角にあるコートの周囲に座り込み、今か今かと始まる試合を待っていた。

 

「遅いわよ統夜!」

 

開口一番に非難の声を上げたのは、一夏の隣に立っている鈴だった。他にもシャルロットや、いつの間にバスタオルを脱いだのか、黒いフリルのついた水着を着たラウラもいる。ネットを挟んだ反対側にも、何人か見覚えがある生徒たちがいた。

 

「悪い。もう始まるのか?」

 

「ああ、たった今──」

 

「ほう、面白そうな事をやっているな」

 

唐突に周囲に声が響く。周囲の生徒がざわざわと騒ぎ出し、コートにいる生徒たちは揃って目を丸くさせた。

 

「こ、この声って……」

 

悲鳴にも近い声を一夏が上げた瞬間、人垣が二つに別れる。あっという間に出来上がった花道を悠然と進んできたのは、人類最強の女性だった。

 

「げえっ!ちちち千冬姉!?」

 

「織斑、何だその顔は」

 

「おおおお織斑先生。一体どうしてこんな所に!?」

 

余りの驚きに男二人は揃ってうまく舌が回っていなかった。二人の動揺を意にも介さず、ストレートに下ろした髪の毛を背中側にまとめながら歩を進める。

 

「いや何、たまには生徒との交流も必要だと思ってな。ということで、私も参加させてもらおうか」

 

「う、嘘だろっ!?」

 

「嘘もなにもあるか。すまない、空きはあるか?」

 

「は、はい!どうぞ!!」

 

慌てて相手チームの一人が場所を空ける。空白が生まれたコートに一人だけ違うオーラを発しながら千冬が入っていった。

 

「ちょ、ちょっとタンマ!!」

 

一夏がジェスチャーと言葉で示すと、五人が陣を作る。顔を突き合わせながら発する言葉には、紛れもない恐怖が乗っていた。

 

「ちょっと一夏どうするのよ!よりにもよって千冬さんが来るなんて聞いてないわよ!?」

 

「俺だって寝耳に水だ!確かに“後で行く”とは言ってたけどさ……」

 

「ねえ、織斑先生ってそんなに強いの?」

 

「いや、教官に限って弱いと言う事は考えられない。昔、レクリエーションの一環で基地内で教官を交えてバスケをしたことがあったのだが、その時の教官の強さといったら……」

 

太陽が燦々と照りつける真夏の砂浜にも関わらず、ラウラはぶるりと体を震わせた。その言葉で一同の間に沈黙が走る。

 

「ま、まあ織斑先生も生徒相手だし、本気は出さないだろ……多分」

 

「何をしている、さっさと始めるぞ」

 

千冬の有無を言わせぬ言葉で、統夜たちがコートに立つ。試合前にも関わらず、既に五人の腰は完全に引けていた。

 

「さて、行くぞ……そらっ!!」

 

綺麗なジャンプサーブから放たれたのは、遊びとは思えない程の威力を持った弾丸だった。空気以外の何かが入っているのでは、と思わせる程の質量を纏ったボールは、コートの端にいたシャルロットに一直線に向かっていく。

 

「シャルロット!」

 

「うん、任せて!」

 

しっかりと腰を落としてシャルロットが受けきったボールは見事ネット付近に上がった。その下には鈴が、脇では一夏がジャンプする体勢に入っている。

 

「一夏、行きなさい!」

 

「だりゃあっ!!」

 

渾身の力を込めて叩かれたボールは重力と相まって、勢い良く地面へと落下する。そのまま砂浜に触れるかと思われたボールは、生徒のファインプレーによって空へと打ち上げられた。

 

「こっちに上げろ!」

 

「はいっ!!」

 

「はっ!!」

 

千冬の右手によって弾かれたボールは先程のサーブとは比にならない速度で宙を駆ける。そしてその先にいたのは余りのスピードに驚愕し、反応が遅れた統夜だった。

 

「統夜!」

 

一夏の掛け声も虚しく、ボールは統夜の顔面に激突した。ビーチバレー用のボールではありえてはいけない程の威力を纏ったそれは統夜の顔を打ち付けるだけでは飽き足らず、体ごと統夜を吹き飛ばす。

 

「し、紫雲!?」

 

慌ててラウラが統夜に駆け寄る。両手で統夜の肩を揺らすが全く反応が帰ってこない。ラウラの頭に気絶という単語がよぎった瞬間、統夜の口から低い声が漏れ出した。

 

「……ってやる」

 

「ど、どうした紫雲?大丈夫か?意識はしっかりしているか?」

 

「やってやる、やってやるさ!」

 

目を見開いた統夜は一足飛びにコートへと戻る。他の三人が目を白黒とさせる中、統夜は一夏に指示を飛ばした。

 

「一夏、次は俺に上げてくれ」

 

「あ、ああ。でも大丈夫か?」

 

「いいから。頼むぞ」

 

既にネットの向こう側では、千冬がサーブの体勢に入っていた。手でボールを弄びながら、統夜たちの準備を待っている。

 

「それでは、もう一度行くぞっ!!」

 

先程と同じ威力を持ったボールがネットを超えて、統夜たちの陣地に突き刺さる。今度は誰もいない空白の場所を狙ったのか、コートギリギリの場所にボールは落ちようとしていた。

 

「させるかっ!!」

 

しかし素早い動きで統夜がボールと地面の間に入り込み、片手だけでボールを空高く打ち上げる。砂浜に足を取られる事無く体勢を立て直した統夜はすぐさまネット際に駆け寄った。

 

「統夜!」

 

「うおおおっ!!」

 

十分体をしならせて放たれた一撃は見事ボールの真芯を捉え、流星の如く千冬に向かっていく。

 

「くうっ……!!」

 

レシーブの為に突き出された腕と、勢いを保ったボールが一瞬だけ衝突する。しかしそれも一瞬だけで、すぐさま結果が生徒たちの目に映った。

 

「うそ……」

 

「織斑先生が……」

 

「……中々やるな、紫雲」

 

「お褒めに預かり、光栄ですね。織斑先生」

 

ボールは砂浜に突き刺さり、先程まで差し出されていた両腕は千冬の両脇にだらんと垂れ下がっている。一夏たちも目の前の光景を信じられないのか、統夜と千冬の顔を交互に見つめていた。

 

「悪いが手を抜く余裕は無くなった。本気で行くぞ」

 

「望む所です。本気で来てくださいよ」

 

「随分と生意気な口を叩くじゃないか」

 

「日頃から、とある先生に鍛えられていますから」

 

「ふん……嬉しい事を言ってくれる、なっ!!」

 

「こっちだっ!!」

 

「甘いぞ紫雲!!」

 

「くっ!負けるかぁっ!!」

 

「……あ、ねえ一夏見て。あれ飛行機雲だよ」

 

「あ、そうだな……」

 

「……僕たちって、いる意味あるのかな?」

 

「……それは言うな、シャルロット」

 

試合は実に十分以上も続いた。後に『修学旅行ビーチバレー 夏の陣』と語り継がれ、伝説となる光景を目撃した生徒たちは後にこう語る。

 

『ええ、凄かったです。なんか織斑先生が打ったボールが燃えながら紫雲君に向かって行ったんです』

 

『紫雲君もそんな織斑先生の動きについて行って。まるで人間じゃないみたいでした』

 

『そう言えばあの時紫雲君の目の色、何か変わってなかった?』

 

『何言ってんのよ。目の色なんて変わるわけないでしょ』

 

『そうよ。きっと必死な統夜君を見て勘違いしたのよ』

 

『そっか、そうだよね』

 

場所は変われどIS学園の生徒と教師達が繰り広げる青春の一ページは、今日も平和だった。

 


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