IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~   作:Granteed

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第三十四話 ~嵐の足音~

IS学園の修学旅行は二日目が本番である。のんびり出来た一日目とは違い、二日目は一般生徒は学園が保有しているISを使用して、各国の専用機持ちはそれぞれのISを使用しての各種装備の試験運用が行われる。

 

「はーい、皆さん聞いてくださーい」

 

ぱんぱんと両手を打ち鳴らして生徒たちの前方にいる真耶が声を張り上げる。修学旅行の二日目、IS学園の一年生達は旅館からそう遠くない浜辺に整列していた。

 

「のほほんさん、大丈夫?」

 

IS学園の一年生である紫雲 統夜も勿論その列の中にいた。その視線は前方にいる真耶ではなく、隣で俯いている本音に向けられている。

 

「うぅ……私の携帯電話……」

 

本音は昨日に比べて、明らかに気落ちしていた。統夜もその原因に心当たりがあるのだが、傷心の彼女の慰め方が全く分からない。

 

「げ、元気出せよ。携帯ならまた買えばいいだろ?」

 

「うん……一応データも寮のパソコンにバックアップがあるから大丈夫……」

 

「ならいいだろ。今は山田先生の──」

 

「そうだな、今は山田先生の話を聞くべき時だ。違うか?」

 

統夜の右肩にぽん、と手が乗せられる。統夜が恐る恐る後ろを振り返ってみると、そこにはいつもと違う種類の笑みを浮かべた千冬がいた。

 

「お、織斑先生……」

 

「紫雲、お前に選ばせてやろう。これから五時間程海で遠泳をしてくるか、それともその口を閉じて大人しく山田先生の話を聞くか。どちらがいい?」

 

「……すいませんでした」

 

「さっさと前を向け」

 

肩を押される様に前を向かされた統夜。正面で声を張り上げている真耶にはいつものぽわぽわとした雰囲気は無く、厳格な教師としての風格が漂っていた。

 

「──以上で説明を終わります。それではこれから皆さんには各パーツの試験を行ってもらいます。各国の専用機持ちの皆さんは織斑先生の所に。他の生徒は私の周りに集まってください」

 

その言葉を皮切りに、生徒たちがざわざわと騒ぎながら移動を開始する。勿論統夜はISの専用機など持ち合わせていないので、大多数の生徒と同じく真耶の周りに集まった。しかしただ一人、箒が千冬に呼び止められて専用機持ち達の所へと歩いていく。

 

「えー、それではこれから試験を始めます。まずは──」

 

「ちーちゃ~ん!!」

 

その時、浜辺に第三者の声が響き渡った。それは男性の声でもなく、思春期の少女の声でもなく、成人した女性のそれだった。声が近づくにつれて、遠くの浜辺に土煙が上がる。

 

「……あのバカが」

 

千冬がぽつりと呟いたのを、統夜は聞き逃さなかった。生徒一同が混乱する中、声の主はこちらに近づいてくる。ため息と共に頭を振りながら千冬は生徒たちの前に躍り出た。

 

「ち~ちゃん、久しぶり~!元気だっ──ぎゃっ!?」

 

「静かにしろ。ここをどこだと思っている」

 

謎の人物は勢いを落とさずに千冬目掛けて飛びかかった。千冬は謎の人物の頭を片手で鷲掴みにすると、ギリギリと締め上げる。千冬はまるでこんな事は慣れている、とでも言わんばかりに冷静を保っていた。

 

「誰だ……あの人?」

 

「あの人って、篠ノ之 束博士じゃない?」

 

「……え?」

 

後ろにいる本音の言葉に呆気に取られる統夜。数人の生徒も気づき始めているらしく、段々とざわめきが大きくなっていく。

 

「篠ノ之 束って、ISの開発者の?」

 

「うん、その篠ノ之博士。前に写真で見た事あるから、間違いないと思うよ」

 

「あの人が……」

 

統夜は信じられなかった。今、目の前にいるのがISを開発した篠ノ之 束であると。今の時代を作り上げた立役者だと。

 

「──!!」

 

「──?──」

 

統夜たちと離れた場所で千冬と真耶、束は話していた。そして一分もしないうちに真耶が再びこちらに戻ってくる。

 

「えー、それでは気を取り直してISの試験を始めます。まずは皆さん、それぞれのコンテナの前にクラスごとに集まってください」

 

真耶の言葉に従い、生徒たちが移動を開始する。生徒たちが四つに別れたのを確認すると、真耶は懐からリモコンの様な物を取り出して数度操作した。

 

「コンテナが開きますから、気をつけてくださいね」

 

真耶の言葉通り、コンテナが甲高い金属音を立てながら開いていく。そして完全にコンテナが開ききった後に外に出てきたのは、コンテナより二回り程小さい幾つかの箱とIS学園が保有しているIS“打鉄”だった。

 

「クラス毎に割り振られたISを使用して各装備の試験を開始して下さい。ISの搭乗者は各クラスであらかじめ決めた人が務めるようお願いします」

 

真耶の言葉で、生徒たちが動き出す。統夜と本音も、自分たちの周りに置かれたコンテナに近づいた。コンテナの蓋にはどんな装備が入っているか、名前が書かれている。

 

「え~っと、これはテスラ・ライヒ研究所で開発された新型のライフルだって」

 

「マオ・インダストリーの対IS用ブレードかぁ。あそこの武器って使い勝手悪いんだよね~」

 

「こっちはアシュアリー・クロイツェル社の防護用シールドね。さて、じゃあ始めるわよ」

 

一組の生徒たちもそれぞれのコンテナの中身を確認しつつ、動き始めた。しかし傍目にはきびきびと動いている様に見えても、漂う空気は何処か浮ついている。その原因は明らかだった。

 

「……ねえ、何でこんな所に篠ノ之博士が来るのよ?」

 

「そんなの知らないわよ。大方、篠ノ之さんか織斑先生関係じゃないの?ほら、篠ノ之博士って篠ノ之さんとは姉妹だし、織斑先生と篠ノ之博士って昔からの知り合いみたいだから」

 

「私、生で見たの始めて~」

 

生徒たちはちらちらと横目で束を見ながら、ひそひそと言葉を交わす。そして統夜もそんな一人だった。

 

(篠ノ之 束、か……)

 

統夜も聞き及んでいたが、実際に見るのはこれが初めてだった。束は専用機持ち達の輪に混ざって、身振り手振りで何かを表している。そして、空高く右手を上げて大空を指し示した。

 

「とーやん、ちょっとこっち手伝って~」

 

「……」

 

「ねぇ、ちょっとこっち手伝って……ってどうかしたの?」

 

本音が横から統夜に言葉をかける。統夜の視線は遥か上空に固定されていた。そして大気が震えたかと思うと、統夜がぽつりと漏らす。

 

「……何か、来る」

 

「何かって何が──」

 

瞬間、空気を裂く音が響いたかと思うと浜辺に振動が走る。砂が舞い上がり、生徒達の視界を覆い尽くす。統夜は倒れかかっていた本音の体を片手で支えながら、落下してきた物体に目を凝らす。

 

「コンテナ、か……?」

 

空から落ちてきたのは太陽の光を浴びて黒く光る大型のコンテナであった。そして駆動音を響かせながらコンテナから出てきたのは、紅いISだった。

 

「何だ、あれ……IS?」

 

「嘘、もしかしてあれ……」

 

「のほほんさん、あのISの事何か知ってるのか?」

 

「ううん、知らない……でも、私が知ってるどのISでも無い」

 

統夜はその言葉に少しばかり違和感を覚える。目の前にいる少女は整備課を志す為に日々研鑽を積んでいる。その事についてはこれまでにも何度か本人の口から、そして簪からも聞かされた。しかし彼女は目の前のISに見覚えが無いと言う。それらが示す真実はたった一つしか無かった。

 

「あれ、新しいISだと思う。しかも篠ノ之博士が自分で作った」

 

「新型のIS……」

 

束が幾つか指示を送ると紅のISは変形し、搭乗者を向かい入れようとする。束に指示されたのか、箒がISに近づいていった。一般生徒は新たなISの登場に、心奪われていた。

 

「み、皆さん!作業を進めてくださーい!」

 

しかし、真耶の懇願によって生徒達は正気を取り戻した。ちらちらと新しいISを盗み見る者もいるが、大半の生徒達は自分の仕事に戻っていく。そんな中、統夜は一人立ち尽くしていた。

 

「綺麗だな……」

 

紅いISは今、箒を乗せて空を飛び回っていた。空を背景に紅の点が動き回るその光景は、真っ青のカンバスに紅い筆を走らせているようでもあった。見上げながら、統夜は一人考える。

 

(あれが、本当の使い方なのかな……)

 

本来、ISとは宇宙空間での活動を想定して作られた物だったはずだ。しかし時代が求めたのか人が求めたのか定かでは無いが、六年前の“白鬼事件”を機にISの存在意義は変わってしまっていた。それは開発者である篠ノ之 束が望んだ物かは、本人にしか分かりえない。

 

(あの人は、どんな思いでISを作ったんだろう)

 

ふと地上に目を向けて、篠ノ之 束を見る。彼女は白式を展開した一夏の前に浮かび上がったディスプレイを両手で叩いていた。彼女の顔を見つめているとふと、束が顔を上げた。

 

「あ……」

 

数秒、束と統夜の視線が交差する。なんとなく彼女の顔を見つめるだけの統夜に対して、束の反応は驚くべき物だった。

 

「……」

 

最初は統夜の顔を見て驚いたのか束の両目は見開かれ、口は半開きとなっていた。しかし一秒もすると口は真一文字に引き結ばれ、瞳は申し訳なさそうに震え始める。先程の調子が嘘の様に大人しくなった束は何も言わずに統夜を見つめ続けていた。そして最後にゆっくりと口を動かして統夜に向けて何かを呟く。

 

「──」

 

(何だ、あの人……?)

 

「とーやん、ちょっとこっち手伝って~!」

 

「あ、ああ!今行く」

 

本音に返事を返して再び束を見ると、彼女は先程の作業に戻っていた。現れた時と同じ笑顔を顔に貼り付け、楽しそうに一夏や千冬と談笑している。統夜も踵を返してコンテナの所に戻ろうとした。

 

「おおお織斑先生、大変です!!」

 

しかし途中で聞こえてきた声音に思わず振り返ってしまう。声の主は千冬の隣に立っていた真耶だった。取り乱している彼女の姿に後ろ髪を引かれながらも、統夜は本音達がいる所に戻っていく。

 

「とーやん、次そっちのコンテナ開けて。試験するから」

 

「分かった」

 

本音に指示されて、統夜がコンテナの脇に付いているスイッチに手をかける。統夜の指がスイッチに触れる直前、浜辺に大音声が響いた。

 

「全員、注目!!」

 

生徒達が振り返ると、声を張り上げていたのは千冬だった。その顔は何処か険しく、余裕が無いようにも見える。戸惑いの空気が生徒に伝播する中、千冬は言葉を続けた。

 

「我々IS学園の教員はこれより特殊任務へと移行する。生徒は速やかに試験用装備及びISをコンテナに戻し、旅館の自室で待機しろ。以後、我々の指示があるまで決して動くな。以上!!」

 

「え、え?どういう事?」

 

本音の戸惑う声が統夜の耳朶を打つ。混乱しているのは本音だけではない、急な命令に全生徒達が戸惑いの渦の中にいた。いつまでも動こうとしない生徒達に向けて、千冬の一喝が飛ぶ。

 

「急げ!これより許可なく部屋の外に出た者は我々が拘束する!とっとと作業を進めろ!!」

 

「「「は、はいっ!!」」」

 

千冬の怒声を引き金に、弾かれる様に動き出す生徒達。統夜も自分のクラスに割り振られたコンテナに戻って、撤収作業を始めた。

 

「と、とーやん、何が起こってるの?」

 

作業の傍ら、いつの間にか隣にいた本音が怯えた声で問いかけてくる。統夜は手を止めずに本音の問いかけに返事を返す。

 

「俺にだって分からない。でも、一つ言える事があるとすれば……」

 

「な、何?」

 

怯えた本音が更に問いを重ねる。統夜はどこまでも蒼が広がる空を見上げてぽつりと呟いた。

 

「……嵐が来る。俺たちが無事で済まないような、嵐が」

 

統夜が見上げる夏の空は雲ひとつ無く、どこまでも晴れ渡っていた。

 


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