IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~   作:Granteed

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第三十九話 ~因子~

大気が爆発して、灼けた空気が統夜の顔を撫でる。既に戦闘が開始して数分、両者は互角の戦いを続けていた。

 

「あれは、簪と……織斑先生か」

 

見覚えのある二機のISが、まとわりつく敵を払うかのように武器を振り回す。常人では追いきれないような高速戦闘も、統夜の目には止まっているかのように写っていた。

 

「また、俺のせいで……」

 

自分がいなければ彼女達が、戦いに巻き込まれる事はなかったかもしれない。そんな自責の念が自分を押しつぶしそうになる。ふと目を落としてみれば、窓の縁に乗せられた自分の右拳は、強く握り締められていた。

 

(……違う。こんな所で何やってんだよ、俺は)

 

無意識に握られたその拳は、ぶるぶると小刻みに震えていた。それは自分への怒りからか、彼女達を守れない不甲斐なさからなのかは統夜自身はっきりしない。しかし、今確かな事が一つだけあった。

 

(鈴達が戦ってて、織斑先生が戦ってて、簪が戦ってるのに……)

 

一瞬だけ頭の中に出てきた言葉を、無理やりねじ伏せる。駆け出しそうになる膝を両手で抑えて、統夜は唇を噛み締めた。

 

「……分からない」

 

その言葉は統夜の口から自然に出ていた。何度も重ねた思考の果てに出てきたのは、戸惑いだった。

 

(何だよ……何なんだよ。俺は……)

 

足から力が抜けて、畳へと崩れ落ちそうになる。壁に手をかけながら何とか立ち上がると、思わず声に出して叫んだ。

 

「誰か、教えてくれよ!俺はどうすれば……どうすればいいんだ!!」

 

その時、統夜の叫びと同じタイミングで彼方の空から爆発音が響き渡る。思わず顔を上げて窓から身を乗り出すと空をバックに綺麗な爆発が上がっていた。黒煙の中から落下していくISを見て、統夜は再び叫ぶ。

 

「簪っ!!」

 

彼女と一緒に作り上げたISが、炎を纏いながら砂浜へと落下していく。ほんの一瞬だけ頭の中を躊躇いが過ぎったが、統夜はすぐさま窓から地面へと降り立った。

 

(簪、簪、簪!!)

 

うわごとの様に、何度も彼女の名前を繰り返す。IS学園で過ごした二人の思い出が、走馬灯の様に浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。常軌を逸した脚力で疾走を続ける統夜は、何度も何度も地面に躓きながら頭を巡らせる。

 

(俺が、俺が戦わなかったせいで……!)

 

そしてとうとう、弐式が落下した地表へとたどり着いた。落下した影響なのか、砂浜の一箇所だけ綺麗に砂が吹き飛び、そこから引きずられた様な跡が数メートル程続いている。その先にはいたのは所どころが焼け焦げている弐式と、痛みに顔をしかめている簪だった。

 

「簪っ!!」

 

急いで駆け寄った統夜は、彼女の体を抱き上げて呼びかける。同時にISが粒子となって飛び散り、統夜の腕の中にはISスーツを身にまとった簪だけが残された。統夜の言葉に反応したのか、簪が薄く目を開ける。

 

「う……と、統夜?」

 

「簪、簪!しっかりしろ!!」

 

「……あの時と、同じ」

 

「簪……?」

 

弱々しく伸ばされた簪の手が、統夜の頬に添えられる。簪の行動の意味が分からない統夜は、声をかけ続ける事しか出来なかった。

 

「初めて統夜がラインバレルになるのを見た、あの日……あの時もこうやって、統夜が私の傍に居てくれた」

 

統夜の頬が簪の手によって優しく撫でられる。ISの絶対防御のお陰なのか、いくつかの汚れや小さな傷はあるものの、そこまで大きな怪我は簪の体に無かった。波に揺られながら、簪は統夜の顔を見上げ続ける。

 

「いつの間にか当たり前になって、気づかなかっただけで……統夜はいつも、私を支えてくれてた」

 

「お、俺は……」

 

「だから……今度は私が統夜を支える」

 

体を持ち上げた簪の両手が、統夜の背中に回される。まるで抱き合う様な形のまま、二人は言葉を交わし続けた。

 

「どんな決断を下してもいい、どんな事を思ってもいい。でも……統夜が、統夜自身を嫌いにはならないで」

 

「俺が、俺自身を……」

 

「私はいつも、統夜の傍にいるから……統夜は一人ぼっちじゃ、無いから……」

 

「何で、何でなんだよ。何で簪は、そこまで……」

 

統夜の頬に、一筋の涙が零れおちた。地面に一滴、二滴と落ちていくそれは次々と波に攫われていく。しかし攫われるより早く統夜の頬から涙は流れ落ちて、砂浜に新たな痕を刻む。

 

「だって統夜は、私の……世界でたった一人の、英雄(ヒーロー)だから」

 

英雄(ヒーロー)……」

 

統夜が簪の言葉を反芻したその瞬間、統夜から光に包まれる。二人の間を埋めるように放たれる光は、丁度統夜の胸から溢れ出していた。

 

「……綺麗」

 

その光はまるで生きているかのように二人の周囲で踊る。光の一粒一粒が喜んでいるかのように勢い良く宙を舞うと、一斉に宙へと広がった。

 

「何だ、これ……?」

 

光は徐々に統夜の首から下を覆っていく。そして、生まれた全ての光は統夜の体を覆い尽くし終えると最後に一際輝いた。

 

「う、うわああああっ!!」

 

「統夜っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

『もういっちょ!!』

 

「ふっ!!」

 

イダテンが突き出した長槍と千冬の突き出したブレードの切っ先が、二人の間で激突する。夕焼けの空と同じ色の火花が二人の間で散る中、千冬は左肩のガトリングの銃口をイダテンに向ける。

 

「ちいっ!!」

 

しかし、追撃は叶わなかった。横合いから伸びてきた別の長槍を、寸での所で回避した千冬は敵の集団に向かって、ミサイルとアサルトライフルによる一斉射撃を加える。空に赤い大輪の花を咲かせながら、戦場は硝煙の匂いに包まれた。千冬は広がった黒煙を利用して、敵との距離を取る。数秒生まれた空白の時間で、千冬は上がっていた息を整えた。

 

『これだけやっても落ちねえのか。やっぱつええな、ブリュンヒルデは』

 

「……そう思うなら一人でかかってこい。その方が楽しめるぞ?」

 

煙の中から聞こえてきた言葉に、皮肉を返す。爆炎が潮風に流されて見えてきたのは、装甲を黒く焦げ付かせた敵機達だった。既に戦闘が始まって十分程が経過したが、戦況は千冬側が圧倒的に不利だった。

 

『いやあ、そうはいかねえんだよ。一応今回はこいつらのテストも兼ねてるからよ』

 

そう言って、イダテンが自分の前で盾となっている機体をぽんぽんと叩く。誰も人が乗っていないその機体は、無機質な単眼で目の前の千冬を凝視している。

 

「一応褒めてやろう。まさか、無人兵器がここまで高度な戦闘を行えるとはな」

 

『紹介してやるよ、こいつらは“迅雷”ってんだ。ま、それ以外は教えられないけどな』

 

「成程な。その迅雷とやらが、貴様らの持ち駒か」

 

『これ以上は言えねえんだ。悪く思うなよ』

 

「どうでもいい。そこから先は貴様を締め上げて直接聞くとしよう」

 

千冬は左手のライフルを腰に下げて、右手に握っていたブレードを両手で持ち直す。その動きに呼応するかの様に、迅雷達が円形へと広がり、千冬を包囲した。

 

『さっき落ちた生徒が気になるだろ?後を追わせてやるよ』

 

「……気になるというのは否定しない。ただ、それは貴様を倒してからだ」

 

既に戦場は旅館から離れた海上に移っているため、砂浜に落下した簪の安否は分からない。その気になればISのセンサーを全開にすることで知る事は出来るかもしれないが、敵を目前にしてのその行動は千冬にとって致命的な隙となり得るだろう。

 

『さて、と。続きを始めてもいいかい?』

 

「いつでも構わん。かかってこい」

 

『そうかいそうかい。それはそうと一つ聞きたいんだがよ』

 

「一体何だ」

 

『アンタの大切な弟さん、放っておいていいのかい?』

 

「……誰が放っていると言った。それに貴様が心配する事ではない」

 

『まあ、確かにアタシが気にする事じゃねえな。ただ、今現在この場で一番強い戦力であるアンタがこの場にいるという事は、その弟君を守ってるのは必然的にアンタより弱いという事になる』

 

「それがどうかしたか?」

 

『いやぁ、別に?ただ、いくら守っていると言ってもその護衛がアンタより弱かったらどうなるかな、と思ってな』

 

その言葉で、千冬の顔が僅かに歪んだ。イダテンは長槍で肩を叩きながら、軽い口調で続ける。

 

『こんな所でもたもたしてていいのか?』

 

「……そうか。それならば早く片をつけるとしよう」

 

その言葉と共に、両肩の兵器達が唸りをあげる。ガチャガチャと音を立てて殺意をばらまく準備を終えると、千冬ははっきりと言い切った。

 

「貴様達を倒して、一夏を守りに向かう……さっさと落ちてもらおうか」

 

『やれるもんならやってみなっ!!』

 

イダテンと打鉄は一瞬で距離を詰め、再び戦いの火花を散らす。イダテンは長槍を自分の手足の様に振り回し、打鉄は無駄の無い動きでガトリングとミサイルを群がる敵に当てていく。互いがぶつかり合うたびに、装甲の破片が青い海に音を立てて落ちていく。

 

『おらっ!!』

 

「はあああっ!!」

 

両者の雄叫びが、雲ひとつ無い夕焼けの空に木霊する。爆発音と金属音のオーケストラと共に、二人の戦いは加速していく。

 


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