IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~   作:Granteed

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第四十二話 ~黒白反転~

「はっ、はっ、はっ……」

 

『そろそろ限界か?』

 

「……そう見えるなら、貴様の目は腐っているな」

 

夕暮れに照らされた打鉄に搭乗している千冬が目の前のイダテンに悪言を吐く。既に周囲には二機以外誰もおらず、フラフラと手を揺らす千冬をイダテンが空から見下ろしていた。

 

『いやぁ、実際良くやったと思うぜ?まさか迅雷が全部落とされるとは思ってなかったわ。まだまだ改良がいるな、こいつは』

 

「……」

 

『でも、まだ戦いは終わっちゃいない。そうだろ?』

 

「……ああ、まだだ」

 

焦点の定まらない瞳をギラつかせながら、千冬が右手にブレードを展開する。最初に装備していたガトリングやミサイルポッドは弾切れになったため既に廃棄してある。身一つで目の前の敵に立ち向かおうと千冬が身構える中、イダテンは腰に装着していた銃器を取り上げた。

 

「貴様を倒せば終わりだ……やらせてもらうぞ」

 

『……クククッ、アハハハハ!』

 

千冬の言葉を聞くなり、イダテンが哄笑を上げる。腹を抱えて藻掻くイダテンを見て、千冬は片眉を釣り上げた。

 

「何がおかしい?」

 

『いやいや、アンタ勘違いしてるぜ。いつ誰がどこで、迅雷がさっきので終わりだって言ったよ?』

 

イダテンが左手を天に掲げて指を弾き鳴らす。金属音が空に響き渡った瞬間、海面が盛り上がった。

 

「……ちっ」

 

千冬が小さく舌打ちする。盛り上がった海面から幾つもの金属の塊が飛び出し、千冬を取り囲んだ。

 

『さて、第二ラウンドと洒落こもうぜ』

 

新たに出現した迅雷は全部で八機、その全てが構えた槍の矛先を千冬に向けている。両手でブレードを握り締めながら、千冬は周囲の迅雷を威嚇するかのように見回した。

 

『まあ、現時点の利点としちゃあ量産出来るとこか?材料さえあればこうやって、幾らでも作れんだから』

 

「……余裕のつもりか?それとも、冥土の土産というやつか?」

 

『ああいやいや。別にそんなつもりはねえんだ。ただ単に、こんな事言ってもアンタの利益にはならないし、役に立つ情報でもねえだろ。何しろ、分かりきってる事を言ってるだけなんだから』

 

「……そうだな」

 

『さて、名残惜しいがこの辺で終わらせておくか』

 

途端に迅雷達が包囲の和を縮める。上下左右どこにも逃げ場が無い千冬は、センサーをフル稼働させて、いつ敵が来てもいいように迎撃態勢を整えた。

 

『お前ら、やっちまえ!』

 

幾つかの事象が同時に起こった。一つ、イダテンが声をあげて迅雷達に千冬を襲うように指示を出した。二つ、千冬が周囲に視線を這わせて一層気を引き締めた。そして三つ、イダテンが千冬に襲いかかる直前、包囲網の一角が崩れて、千冬の目の前に何かが躍り出た。

 

「な……!?」

 

目の前に現れた物を見て千冬が目を丸くする。迫り来る全ての槍をその体で受け止めているその鬼は、貫かれつつも千冬に声を投げかけた。

 

『……大丈夫か?』

 

「ラインバレル……なのか?」

 

千冬が思わず疑問の声を上げてしまうのも無理は無かった。確かに目の前のラインバレルは姿形は全く変わっていない。数時間前に見た、あの海岸で蹲っていた外見のままだ。しかし残念ながらうまく形容できないが、目の前のラインバレルは確実に数時間前とは何かが変わっていた。

 

『ふんっ!!』

 

体中から生やしている槍の内一本を無理やり引き抜いて振り回す。張り付いていた迅雷達はそのたった一つの動作で下がることを余儀なくされた。目の前にいる存在を忌々しげな目で見つめるイダテンだったが、小さく舌打ちを響かせる。

 

『ちっ、あの人形野郎。失敗しやがったのか』

 

『織斑 一夏に向かった敵のことを言っているのならそうだ』

 

「一夏が襲われたのか?」

 

『ああ。だが心配はいらない。あいつは仲間を助ける為に向かった。そして俺は……』

 

血ともオイルとも判別がつかない液体をまき散らしながら、体に刺さった槍を一本ずつ引き抜いていく。重力に引かれて落下した槍は、音を立てながら海中へと沈んでいった。ラインバレルは徒手空拳のまま、イダテンに拳を向ける。

 

『貴様を倒す……そのために来た』

 

『ハッ、笑わせるぜ。周りを傷つけることしか出来ない、災厄を撒き散らすお前に何ができるってんだ?』

 

『ああ、確かに何も出来ないかもしれない……だが、立ち止まるのはもうやめたんだ』

 

覚悟の発露と共に、ラインバレルが動き出す。両肩の装甲が音を立てて開き、目の意匠が施された内部装甲が露呈する。上腕下部に取り付けられていた太刀の鞘が音を立ててパージされ、その部分の装甲が手甲に似た形に変化する。白い顔に浮かぶ紅の瞳は、より一層輝きを増して周囲を照らす勢いで光り始める。

 

『けっ、何をするのか知らねえがテメエに取れる手はもうねえ!!たった一機で何ができるってんだ!』

 

イダテンを守るように迅雷が陣形を組む。無人の盾に守られたイダテンは背負っていた槍を両手で構えた。刹那の瞬間、戦場が静止する。

 

『……フィールド固定後、カウンターナノマシン起動。目標の行動に対し6・7・2・3・5・8ごとにリアルタイムで転送』

 

「お前。一体何を……?」

 

意味不明な言葉の羅列を口走っているラインバレルに背後から声をかける千冬だったが、途中でその言葉が止まる。

 

『な、なんだこりゃあ……?』

 

イダテンも目の前の状況に困惑していた。唯一場の状態を理解しているのは、当事者であるラインバレルだけだろう。何故なら、彼の言葉から全ては変わり始めたのだから。

 

「光の……輪?」

 

丁度ラインバレルの頭上に当たる空間が輝いたかと思うと、光が分裂して幾つかの円を象った。それらはラインバレルを囲むように移動すると、互いに共鳴して輝きを増していく。同時に周囲の空気が震えだし、静寂の代わりに低い地鳴りの様な不協和音が場を支配する。

 

「何が……起こっている?」

 

『……』

 

先程からラインバレルは微動だにしなかった。その姿はまるで、来たるべき何かを待っているようにも見える。そしてとうとう、決定的な変化がラインバレルの体に訪れた。

 

『……行くぞ』

 

その言葉を皮切りに、純白の体が黒色に染まっていく。まずは爪先から、徐々に徐々に黒が白を塗りつぶしていく。まるで元々そうであったかのように、その色は目の前の鬼によく似合っていた。手が、足が、顔が。存在全てが黒く染まっていく。そして大きく息を吐いて戦闘態勢を整えたのは、黒い鬼だった。

 

『た、ただの虚仮威しだ!お前ら、やっちま──』

 

『遅い』

 

何もイダテンが目を離していたわけではなかった。千冬も片時も目を離さずにラインバレルを注視していた。しかし、その全ての視線を振り切って掻き消えたラインバレルは、一瞬後に迅雷達の前に出現した。

 

『はああ!?』

 

『フッ!』

 

徒手空拳のまま、黒鬼が戦場を蹂躙していく。群がる迅雷の手足を砕き、向かってくる攻撃を消えては現れ、消えては現れる事を繰り返し全てを回避し続け、その外見を体現するが如く鬼神の様に暴れ続ける。

 

『……ク、クソオオオッ!!』

 

業を煮やしたイダテンが、槍片手にラインバレルに突撃する。迅雷達をなぎ倒していたラインバレルは、その攻撃を真正面から受け止めた。

 

『何なんだ!テメエは何者なんだ!!』

 

『……少し前に進む事を決めた、鬼だ』

 

『巫山戯るなああっ!』

 

ラインバレルの体を蹴って距離を取ったイダテンは腰にマウントされていた銃を引っ張り出して銃口を定めようとする。しかし、先程まで目の前にいたラインバレルは影も形も見当たらなかった。

 

『こっちだ』

 

『あぐっ!?』

 

警戒の薄い真後ろから、鋭い蹴撃がイダテンに突き刺さる。頭に血を上らせながらイダテンは背後にいるはずのラインバレルめがけて大きく手を振った。しかし、先程まで確かにいたはずのラインバレルはどこにもいなかった。

 

『糞があっ!!』

 

激昂したまま、センサー類を全開にして周囲の状況を探る。しかし、自分の周囲に幾つもの反応があることでイダテンの思考が止まった。

 

『は……?』

 

いつの間にか自分の周囲には傷ついた迅雷達が浮かんでいた。いや、自分の周りにいたというより、先程の攻撃で自分がここに移動させられたというべきだろう。ラインバレルの意図を一瞬で察知したイダテンは、素早くセンサーの範囲を広げてたった一つの反応を探す。そしてそれは、すぐさま見つかった。

 

『覚えておけ』

 

離脱するためにメインスラスターを吹かそうと試みる。しかし先の攻撃で背部のメインスラスターはその機能を停止しており、この場からの離脱は不可能だった。

 

『俺はお前達と戦う。これ以上誰も傷つけさせない』

 

姿勢制御用のスラスターを吹かして何とか脱出しようとするも、周囲の迅雷が邪魔となって移動は困難だった。無理やり押しのけて脱出する時間も無い。

 

『これ以上あの子を泣かせない為に……俺は、俺はここにいる!!』

 

『クソオオッ!!』

 

真下にいるラインバレルが緑色の光に照らされる。自然界では決してありえないその光は、鬼が持つ武器からにじみ出ていた。

 

『うおおおおおっ!!』

 

エクゼキューター、執行者の名を冠するその武器は出力を更に増大させて極大の刃を発現させる。死神の鎌を連想させるそれは、溢れ出るエネルギーによって意思を持つかの如く身を震わせる。最後に黒い鬼が大気を震わす咆哮と共に、振り上げていた鎌を開放した。

 

『ぶった斬れろおおおおっ!!!』

 

『この化物がああああっ!!』

 

緑色の刀身が迅雷達を切り裂く。爆炎と煙が一帯を包み込み、センサー類が一時的にその機能を失う。エクゼキューターを背部に収納しながら、ラインバレルは頭上を見つめ続けた。

 

『……仕留めそこねたか』

 

煙の中から一機だけ、彼方に向かって飛翔する物体がある。恐らくあの隊長機だろうと当たりをつけたラインバレルだったが、決して追撃はしなかった。何故ならここでの彼の目的は迎撃であり、追撃は含まれていない。

 

「止めは刺さないのか?」

 

後ろから声をかけられて振り向くと、乱れた髪を押さえつけた千冬がいた。搭乗している打鉄は各所から火花が飛び散り、限界ギリギリの状態にいた事が見て取れる。

 

『この場を切り抜けられたのならそれでいい。それに、こちらも限界に近い』

 

黒いラインバレルの体色が、元の色を取り戻していく。先程の光景を逆再生しているかの様に、千冬の目の前でラインバレルは元の白色へと戻った。

 

「先程の姿は何だ?お前は一体……」

 

『……』

 

「……そうだな。どうせ答える気はお前にはないのだろう。私がお前の立場でもそうする」

 

『……すまない』

 

「構わん。ただ、今はお前に感謝しよう」

 

『感謝?』

 

『ああ……あいつらと共に、な』

 

そう言って千冬が水平線の太陽に目を向けると、釣られてラインバレルもそちらに目を向ける。オレンジ色の太陽を背に、色とりどりの六つのISが浮かんでいた。


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