IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~   作:Granteed

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第四十七話 ~帰還~

「ありがとうございましたー!」

 

お決まりの文句が店員の口から発せられる。荷物を分担して持ちながら、二人は薬局を後にした。涼しかった店内から、暑さの厳しい屋外へと足を踏み出すと再び汗が皮膚を覆っていく。

 

「悪いな簪、こんなに付き合わせて」

 

「だから、それはもういい」

 

時刻は午後三時。親子連れやサラリーマンが歩く中、統夜と簪は白いビニール袋を片手に持ちながら並木道を進んでいた。思いのほか多くなってしまった荷物をちらりと見ながら、統夜は空いている手で額を拭った。

 

「もうおしまい?」

 

「いや。まだ夕飯の準備と、明日以降の飯の材料かな。まあ、そっちを買う場所はもう決まってるんだけど」

 

統夜の家から一番近い駅の周辺で、優に二時間は目的の物を探し求めていた。その結果、生活用品を始めとした大体の物を揃えることに成功した統夜は、ご満悦だった。並木道を歩いていると、丁度良い所に公園が見えてきた。中央に噴水があり、その周囲に幾つかのベンチが囲むように置かれているそれらを見て、統夜が口を開く。

 

「なあ簪、ちょっと休んでいかないか?流石に疲れたろ」

 

「うん……」

 

買ったものがぱんぱんに詰め込まれたビニール袋は、簪の細腕には少し辛かったらしい。僅かに震える手からビニール袋を受け取ると、統夜は目の前のベンチに座るよう、手で促した。

 

「ふぅ……」

 

大きく息を吐きながら簪は木組みのベンチに座り込んだ。統夜も脇に二つのビニール袋を置いてから、簪の隣に座る。長いベンチは二人が座るには十分過ぎる大きさであり、少しばかり間を空けて座っていた。

 

「統夜、いつも一人でこんな事してたの?」

 

「ああ、IS学園に入る前はな。姉さんは仕事で忙しかったし、俺も中学はずっと帰宅部だったから時間は余ってたしさ。何より、姉さんに恩返し出来る方法がこれくらいしか思いつかなかったんだ」

 

「……子供の頃の統夜って、どんなだったの?」

 

余りに漠然とした簪の質問に、しばし返答が遅れる。今や遠い過去になってしまったあの時を脳裏に呼び起こして、統夜は語り始めた。

 

「そうだな……一言で言うなら暗かった、かな」

 

「暗い?」

 

「姉さんに引き取られて初めてラインバレルになった後、俺は本気で自分が怖かったんだ。いつまたあんな事が起きるかも分からなくて、いっそのことこいつを捨てようかとも思った時もあった」

 

首元にかかっているネックレスを指差す。夏の日差しが当たってキラキラと輝く銀色のネックレスが、統夜の首で揺れていた。

 

「でもやっぱり出来なかったんだ。俺の体に関わる唯一の物だったし、何よりこいつは父さんから貰った形見みたいな物だったから」

 

「……」

 

「話を戻すけど小学生の頃、勿論俺は子供でさ。姉さんに引き取られてすぐの頃は父さんたちが死んだショックで全然周りの子と話せなくて、クラスでも浮いてたんだ。それで、そのまま育ったから口数が少ないのが普通になっちゃって。それで同じクラスの奴にからかわれてたんだ」

 

「それって、いじめられてたってこと?」

 

「さあな。とにかく、クラスのガキ大将みたいな奴を筆頭に俺はずっとからかわれてた。休み時間の間に小突き回されるのは勿論の事、日常生活でもずっと目の敵みたいな扱いだったんだ。ただ、別に俺は何とも思わなかったしずっと無視してたけど、逆にそれが相手の癪に障ったんだろうな。ある日、校舎裏で囲まれたんだ」

 

統夜が空に浮かんでいる太陽に手を向ける。何かを思い出すかのように拳を作って空を仰ぎ見る統夜だったが、大きなため息と共に続きの言葉を口にした。

 

「それまでは何を言われても平気だったんだ。根暗とか、何考えてるとか分からないとか、散々な事を言われてたけど耐えてきた。ただ、その時に言われた一言だけは我慢出来なかったんだ」

 

「何を、言われたの?」

 

「……“親無し”だったかな」

 

「それ、は……」

 

小学生相手に言うには度が過ぎる単語に簪は言葉を失った。幾ら子供だからといって、言って良い事と悪い事ががある。ただ、その少年は子供故にその区別がつかなかったのだろう。その言葉を言われた統夜の心境に、簪が共感する事は出来ない。何故なら、彼女の両親は健在であり、目の前の彼の両親は他界しているのだから。

 

「それと、姉さんの事も言われたかな。前にも言ったと思うけど俺を引き取った時、姉さんはまだ15かそこらでさ。親代わりって言うより、姉代わりって感じだったんだ。別に俺はそれに何の不満も抱かなかったし、それが当たり前だと思ってた。ただ、周りの人間はそうは感じなかったんだろうな。そして父さんと母さんの事、それに姉さんの事を悪く言われた時……やっちゃいけない事を俺はしたんだ」

 

「……まさか」

 

統夜が言うやってはいけない事、数秒間の思考の末に簪が思い当たる事はたった一つしかなかった。

 

「簪の考えてる通りだと思う。言われて頭にきた俺は、思いっきりそいつに殴りかかったんだ……人間じゃない力で」

 

簪を見る統夜の瞳が、一瞬だけ色と形を変える。どこまでも深い黒色の瞳が燃えるような紅色に変化した時、簪は思わず息を飲んだ。

 

「ただ、無意識の内に力のセーブはしてた。結局、俺に殴られたそいつは肩を骨折して、一ヶ月後くらいには学校に戻ってきたらしい」

 

「らしい、って?」

 

「俺は転校したんだ、そいつを殴った三日後に。事情はともかく、クラスメイトを怪我させた俺は周囲から避けられてさ。俺自身も、自分の事が怖くなって姉さんに頼み込んだんだ。姉さんは深い事情も聞かないで俺を転校させてくれた」

 

「……」

 

「稽古をつけて欲しいって姉さんに頼んだのはその頃かな。初めてラインバレルになって暴走した自分も怖かったし、自分の体くらい自分で何とかしたいって思ったから。幸い転校した先では上手くやれたし、特に問題も無く中学校に上がれたんだ。そこからIS学園に入るまでの三年間は、一生懸命だったよ。姉さんに特訓してもらって、学校でもそれなりに上手く立ち回って、毎日があっという間に過ぎていった」

 

無意識の内だろうか、ネックレスを左手で弄りながら統夜は目の前の噴水を眺めて口を動かし続けた。

 

「こんなもんかな。父さんと母さんが死んで、姉さんに引き取られて、ファクターになって生きてきた俺の半生。特に面白くもないだろ?」

 

「ごめん、なさい。変な事……聞いて」

 

「何で簪が謝るんだよ」

 

「だって……嫌な事思い出させちゃったから」

 

「うーん、確かに父さん達が死んだ時の事はあんまり思い出したくないかな。そもそも、それ以前は記憶自体が曖昧だし」

 

「それに、その時の記憶のせいで、統夜は……」

 

思い起こすは数週間前の朝の出来事。うなされる声に起こされて隣を見てみれば、ベッドの上で統夜が苦痛に顔を歪めていた。汗を掻きながらベッドの上で心の痛みに悶えていた統夜の姿とその叫びは当分記憶から消えることはないだろう。

 

「……確かに、思い出したくないのも事実だ。でも、もう決めたんだ。後ろを振り返ってばかりじゃなくて、前に進もうって」

 

噴水の音が、しばし二人を包み込む。傾きつつある太陽は、統夜の横顔を照らしていた。無意識の内にか、ベンチに置かれていた簪の手に重ねるように統夜の掌が降りてくる。

 

「あの時言っただろ?だから、簪が気に病む事なんて無い」

 

「う、うん……ありがとう」

 

「何でお礼なんだよ」

 

首をかしげながら、統夜の頬が緩む。その手は未だに簪の手と重なっていた。二人揃って何も考えずに、緩やかに吹き出る水飛沫を見つめる。

 

「と、統夜」

 

しかしいつまでも重ねられている手に、簪の方が耐えられなかった。たどたどしい口調で何とか言葉を捻り出す。

 

「何だ?」

 

「その、手……」

 

「……あ、ああっ!」

 

簪に指摘されてやっと気づいた統夜が慌てて手を離す。座り心地が悪そうに体を揺らしている簪の横で統夜は自分の手をまじまじと見つめていた。

 

「わ、悪い簪。俺、気づかなくて……」

 

「う、ううん。別に、いいけど……」

 

「……そ、そうだ!喉渇いたろ、何か買ってくる!!」

 

唐突に叫んだかと思うと、統夜は立ち上がって何処かへと走り去ってしまう。一連の行動を見ていた簪の口から、何故か笑い声が漏れた。

 

(ふふっ、変な統夜)

 

いつもと違う一面の彼を見て、自然と微笑みが漏れていた。緩んでいる自分の頬に手を当てると、普段より暖かい。思えば、自分も彼の前では似つかわしくない行動をいつも取っていた。だが、それに違和感は無い。

 

(そう言えば、他の人の前では、統夜はどうなんだろう?)

 

IS学園にいた頃、統夜を迎えに行く度に彼の教室の中を覗いていた。教室の中で友人の一夏や鈴、ほかの代表候補生達に囲まれている彼は決してあんな表情をしない。談笑もするし、笑いもしていた。だが、今の様に取り乱す事は見た事がない。つまり、統夜が先程の様な表情をするのは自分の前だけという事になる。

 

(私だけが知ってる……統夜の、顔)

 

自分しか知らない、統夜の一面。そう考えると優越感が胸の底から込み上げてくる。同時に自分と統夜の間にある、言い表せないが確かな繋がりが感じられた。

 

「ねえ、彼女。今暇?」

 

「……?」

 

唐突に、自分に向けて声がかけられる。不思議に思って顔を上げてみればいつの間にか、自分の前には二人の男性がいた。大人と言うには若く、少年と言うには年を重ねている男二人は、簪の顔を睨めつける様に見つめている。にやにやと下品な笑いを浮かべながら、片方の男が腰に手を当てながら簪を指差した。

 

「そうそう、君だよ。ねえ、今暇かな?」

 

「ちょっと俺たちと遊ばない?」

 

「……何で、そんな無駄な事をするの?」

 

簪は本気で訳が分からなかった。何故、目の前にいる二人が言い寄ってくるのか。何故、自分などに声をかけるのか。しかし、目の前の男たちは軽い口調で軽い言葉を口にし続ける。

 

「ええ?そりゃあ、楽しい事したいからに決まってるでしょ?」

 

「君みたいな可愛い子と一緒に遊べたら、気持ちいいに決まってるって!」

 

「……?」

 

男の言葉に、軽く首をかしげる簪。しかし、彼女は自分の事を理解していなかった。その容姿が如何に整っているかを。姉と比較されがちではあるが、世間一般で言うところの美少女のカテゴリに自分が入っている事を簪は自覚していなかった。

 

「……何処かに行って」

 

精一杯の拒否の感情を込めた視線を、目の前の男二人に叩きつける。先程の言動を聞く限り、自分が話すに値しないと考えた簪は、早くこの場を去って欲しいという一抹の願いを込めて、無表情を作りこんだ。

 

「えーいいでしょ?少しくらいさぁ」

 

軽薄な口調のまま、男が自分の隣に座る。その瞬間、簪の表情が目に見えて固くなった。同時に、下げられていた手が拳へと変化する。

 

「どいて」

 

「なんて言ったの?もしかして、OKってこ──」

 

「そこから、どいて」

 

「「……」」

 

その言葉は自然と口から出ていた。同時に、心の底から沸々と怒りが湧き上がってくる。15年間の人生に置いて一番の怒りの感情を体から発しながら、簪は二人の瞳を真っ直ぐに睨み付けた。

 

「そこは統夜の座る場所。私の隣に座るのは、貴方じゃない」

 

「……ふーん、もしかして君も考えてるクチかな?」

 

「──あっ」

 

軽い驚きの声が簪の口から漏れる。隣に座った男の手が伸びたかと思うと、簪の右手首をがっちりと掴んだ。何とか振りほどこうと身をくねらせる簪だが、同年代の男と女が力比べをしても勝者は目に見えている。簪の手を捻りあげて、顔を近づける男。

 

「あのさぁ、最近多いんだよね。女ってだけで強いって思ってるの。ISだか何だか知らないけど、あんな物無かったら君達なんて俺たち男より弱いんだよ?」

 

「そうそう、こんな風に──」

 

「くうっ……!!」

 

目の前の男めがけて平手を繰り出そうとするが、事前に察知されて空いていた左手がもう一人の男に掴まれる。完全に動けなくなった簪が出来る事は、目の前の二人を嫌悪の視線で睨みつける事だけだった。

 

「優しく遊んであげようと思ってたんだけどなー。君がそんな態度取るんじゃ、穏便には行かないかな」

 

「勝手に、言わないで……!」

 

「いいから来いよっ!」

 

左手を掴んでいた男が無理やり引っ張り上げて、簪を立ち上がらせる。恐怖で身がすくんでしまった簪は、反射的に両目を瞑った。

 

「そうそう。大人しくしてれば──」

 

「少しいいか?」

 

「何だ、今取り込み中──痛てててっ!?」

 

男の叫び声と共に、釣り上げられていた体が自由になる。膝から崩れ落ちかけていた簪の体を、何者かの手が優しく受け止めた。驚きの連続の中、簪は両目を開ける。統夜が来てくれた、という考えが頭に浮かんだが、目の前にいるのは統夜とは似ても似つかない人物だった。

 

「お嬢ちゃん、大丈夫?」

 

「あ、は、はい……」

 

いつの間にか自由になった右手をさすりながら、目の前の光景を凝視する。数メートル離れている男達と自分の間に、一組の男女が仁王立ちしていた。

 

「全く、男の風上にも置けないな。女性に手を上げるのは最低の行為だぞ、少年」

 

諭すような口調で喋っているのは、長身の男性だった。しかし簪に背を向けているため、顔は全く分からない。紺色に近い黒髪を肩口より少し高い位置で切り揃えている。夏らしい薄手のシャツとチノパンという服装で、目の前の男達を注視していた。

 

「それもそうだけど、あの子も問題ありね。デートの最中に彼女を一人にするなんて。帰ったらお説教しなきゃ」

 

男性の横で軽口を叩くのは、長い銀髪を煌めかせている女性だった。夏だというのに上半身を肘まである長さのジャケットで覆っており、ホットパンツから伸びる美脚がこれまた美しい。

 

「な、何だよアンタら。俺たちは彼女と話をしてんだ」

 

「そ、そうだ。関係無い奴はさっさとどっか行ってろよ!」

 

「聞き捨てならないわね、関係無いですって?」

 

「残念ながら、大いに関係があるのでな……お引き取り願おうか」

 

「「ひっ……」」

 

(な、何、これ……)

 

男の全身から発せられる空気で、男二人が後ずさる。まるでこの場の空気全てを侵食するかの様な勢いで男の体から吹き出ている物に、簪は覚えがあった。それは、この数ヶ月の間において、戦場と呼べる場所で体験した空気だった。ISの戦闘経験がある簪ですら怯える気配に耐えられるはずもなく、目の前の男二人は尻尾を巻いて彼方へと走り去っていく。

 

「貴方、本当に大丈夫?」

 

銀髪の女性が踵を返して簪に問いかける。男性の気配に当てられた簪は返事をする事が出来なかった。呆然とベンチに座り込む簪を見て、銀髪の女性が傍らの男性に非難の声を浴びせる。

 

「ちょっと、この子も怖がってるじゃない。やり過ぎよ」

 

「む、すまない」

 

二人の目元は黒いサングラスで覆われ、視線を窺い知る事は出来ない。サングラスをかけた二人組はどこからどう見ても怪しかったが、今の簪にそれを考えている余裕はなかった。

 

「はっ……はっ……」

 

「……大丈夫、落ち着いて」

 

「あ……」

 

隣に座った女性が、その手を簪の頭に乗せる。そのまま、髪の毛を梳く様に手を左右に動かして女性は簪の頭を撫でた。男は二人の眼前に立ち尽くして、その光景をじっと見つめている。

 

「連れが怖がらせてごめんなさいね。私達は貴方の敵じゃない。だから、もう何も心配しなくていいの」

 

自分の頭を撫でるその手から伝わる暖かさは、何処か覚えがあった。何故か懐かしい感覚に包まれながら、落ち着いて息を整える。

 

「……」

 

荒かった息が、段々と静まる。頬を伝わり落ちる脂汗が夏の太陽に照らされて蒸発していく。撫でられている頭から、暖かい何かが伝わってきた。落ち着いた簪を見て微笑んだ女性は、ゆっくりと簪の隣に腰を落ち着けた。奇しくもその場所は、先程男が尻を落ち着けていた場所と同じである。

 

「ちょっと貴方に聞きたい事があるのだけれどいいかしら、更識 簪さん?」

 

「ど、どうして……私の名前を?」

 

「貴方、日本の代表候補生でしょう?それなりに自分の名前が売れてること、自覚した方がいいわ。それに、そんなに可愛らしいのだから尚の事よ」

 

「か、可愛いなんて……」

 

「まあでも私が知っているのはもっと単純な話で、貴方の事をよく聞かされてるからよ。貴方もよく知ってるあの子から」

 

「私が、知ってる……?」

 

「そうそう、紹介が遅れたわね。こっちの彼はアルよ」

 

女性が傍らに立っている男性を手で指し示す。アルと呼ばれた男はサングラスを胸ポケットにしまうと、簪に向かって軽く会釈をした。

 

「アル=ヴァン・ランクスだ。呼ぶ時はアル=ヴァンで構わない」

 

(あれ、この名前、前に何処かで……)

 

その名前に心当たりを覚えながらも、差し出された手に応じて恐る恐る右手を伸ばす。握られた手は幾つものタコや古傷でガチガチに固まっていた。

 

「それで、私は──」

 

「おいあんた達、何やってんだ!?」

 

女性が口を開きかけた時、公園に怒号が響く。三人揃って声のした方向に視線を向けると、そこには怒りで瞳をギラつかせた統夜の姿があった。こちらに駆けてくる統夜だったが、男の顔を見て足を止める。

 

「あ、あれ?アル=ヴァン、さん……?」

 

「久しいな、統夜。息災そうで何よりだ」

 

「え……え?帰ってくるのは数日後って、メールで……あれ?」

 

統夜が混乱の渦の中心にいる中で、アル=ヴァンが肩を竦めて座っている女性に視線を送る。女性は口元を歪ませてにやりと笑うと、立ち上がってサングラス越しに統夜を見つめた。

 

「俺の勘違いだったのか?でも、昨日見たメールじゃ確かに……」

 

「統夜!」

 

俯いて疑問を口にしていた統夜だったが、女性に名前を呼ばれて顔を上げる。その瞬間、統夜の顔色が目に見えて変わった。女性はその反応を一々楽しんでいる様で、驚いている統夜を見てくすくすと笑みを零す。

 

「あ……あ、ああああっ!!」

 

「全く、私が教えなかったのも悪いけど常識よ?デート中に彼女を一人にしちゃダメ」

 

「い、いや、別に二人きりのデートとか思ってなくて、簪はただのルームメイトで、たまたま手伝ってもらってるだけで……ってそうじゃなくて!何でここにいるんだよ!!」

 

「たった一人の弟よ?その可愛い弟が彼女を連れて、あろう事か私達の目の前でデートしてるのだから尾行するのが当然でしょう」

 

「済まない、統夜。私は止めたのだが……」

 

アル=ヴァンが居心地悪そうにぽりぽりと頬を掻く。統夜は目の前の光景が信じられないとでも言うように、何度も目を瞬かせた。

 

「いいじゃない、お陰で初々しい二人のデートが見られたのだから」

 

「私は見逃すべきだと言っただろう。二人きりならば、邪魔されたくないと思うのが普通だ」

 

「あ~もう!!だから何で日本にいるんだよ、姉さん!!」

 

「……ね、“姉さん”?」

 

勝手な意見が飛び交う中、簪が統夜の言葉を反復する。銀髪の女性は再び含み笑いを漏らすとサングラスを外して、座っている簪の目を真っ直ぐに見入る。

 

「それじゃあ改めて。初めまして、更識 簪さん」

 

黒いサングラスを外した事で顕になった蒼の目が、簪を見る。背中まで伸ばされた銀髪を片手で整えながら、女性は桃色の唇を動かした。

 

「私はカルヴィナ・クーランジュ、そこにいる統夜の姉よ。よろしく」

 

夕陽が公園を照らす中、織斑 千冬と並ぶ世界最強と名高い“ホワイト・リンクス(白い山猫)”がそこにいた。

 


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