IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~   作:Granteed

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第五十六話 ~彼女の隣は特等席~

摂氏30度を超える猛暑の夜空に白い雲が幾つも浮かんでいる。風の流れは緩やかそのもので、それに従うように雲も流れていた。白と黒しか存在しない夜空の中に、新たな白が出現する。

 

(この下が、一夏に教えて貰った場所か)

 

まるで幽霊の様に唐突に出現したラインバレルは、遥か下方にある光の塊を見つめる。機体能力の恩恵もあり、ラインバレルには地上に存在する人の一人一人がはっきりと見えていた。その時、自分のポケットに入れている携帯電話が震える。ラインバレル自体に直接電話を繋ぐと、耳に手を当てて応対した。

 

『おう統夜、もうこっちに来たか?』

 

「ああ、すぐ傍まで来てる。待ち合わせは何処だっけ?」

 

『えっと、神社の入口にあるでっかい鳥居見えるか?』

 

(鳥居、鳥居……)

 

少しだけ映像をズームアウトさせ、神社全体を俯瞰する。一夏の言葉の通り、神社の入口には赤く染め上げられた巨大な鳥居があった。その近くに、耳に携帯電話を当てた黒髪の少年の姿もある。

 

「ああ、見える」

 

『その近くに俺がいるからさ。早く来いよ、祭り自体はもう始まってるぜ』

 

「今行くよ、じゃあな」

 

手を離して通信を切ると、神社の周辺にいる人をサーチする。神社の境内や目の前の道路、加えて屋台が並んでいる歩道には人間が沢山いたが、予想通り神社の裏手やその周囲に広がる雑木林の中には人が全くいなかった。

 

(降りるより、転送した方が早いか)

 

ポイントを神社の裏手に定めてその座標を入力する。一瞬だけ目の前の映像が小さく揺れて、自分自身の感覚すら消え失せる。そして瞬きする瞬間の間にラインバレルは草木が生い茂る神社の裏手にいた。

 

「完了っと」

 

ラインバレルが光の粒子となって消えていく。そして数秒後、ラインバレルがいた場所には普段着の統夜がいた。首から下がるネックレスを確認して、待ち合わせ場所に行くべく足を前に出す。

 

(簪は後から来るって言ってたけど、ちゃんと来れるかな?)

 

神社の境内に入ると、既に屋台が乱立していた。原動機が幾つも稼働し、低い唸り声を上げている。境内へと繋がる歩道の両側には色とりどりの沢山の提灯がぶら下がり、温かい光が周囲を照らしている。人の熱気と騒がしい喧噪が当たりを支配する中、統夜はポケットに両手を突っ込んで一人鳥居へと向かった。

 

「……あ、いたいた。おーい、一夏」

 

「お、統夜!やっと来たか……って何で道路じゃなくて、神社の方から来るんだ?」

 

「す、少し迷っちまってさ」

 

片手を上げながら気軽に返事を返す。二人揃って石造りの階段に腰を下ろして互いの顔を真っ直ぐに見た。

 

「ありがとな、一夏。誘ってもらって」

 

「そんなに感謝する事でも無いだろ。ただの夏祭りだぜ。それよりも、統夜一人か?誰か連れてくるって話だけど」

 

「ああ、その子は別ルートで来るんだ。何でも“女の子の浴衣姿は宝物なのよ!”って事らしい」

 

「つまり、ここで初めて見せるって事なのか?」

 

「多分、そうだと思う」

 

指で足元を指し示す一夏の横で、苦笑いを浮かべながら頷く統夜。幅の広い階段なので、当然他の客も通る。何人かが統夜と一夏を指さしながらひそひそと会話しながら通り過ぎて行った。

 

「何だか、目立ってねえか?」

 

「そりゃお前、こんな所で男二人が駄弁ってたら注意も引くだろ」

 

「じゃあ、そろそろ行くか。祭りももう始まってるし、いつまでもこうしてられないからさ」

 

「悪い。連れが来るからさ。俺、待ってなきゃいけないんだ」

 

「そういやそうか。じゃあ俺、先に行ってるな。後でまた会おうぜ」

 

「ああ」

 

統夜を残して一夏が去っていく。残された統夜は階段に腰かけながら空を見上げた。常人には雲の一欠片すら見えない星空も、統夜の目には見え過ぎるくらいはっきりと見える。

先程まで浮かんでいた星空を眺めながら、統夜は昔を懐かしんでいた。

 

(そう言えば昔も、こうやって父さんと母さんと一緒に、祭りとかに行ったっけ)

 

傍らを通り過ぎていく、家族連れが目につく。父親と母親と手を繋いで歩く、小さな少年。無意識の内に心の中で、その姿を昔の自分の姿と重ねていた。見つめらている事に気づいたのか、少年が顔をこちらに向けてくる。小さく笑いかけながら片手を振ってやると、少年は満面の笑みを浮かべてきた。

 

「だ、だ~れだ?」

 

「冷たっ!?」

 

首筋に感じる冷気に驚きを露わにする。冷気から離れて手で首筋を抑えながら背後を振り向くと、見慣れた少女がいた。

 

「……」

 

「ま、前にやられた……お返し」

 

こちらに差し出されているのは瓶に入ったラムネだった。表面にはびっしりと水滴が張り付き、中身が冷えている事が伺える。

 

「あ、これ、さっきそこで買ってきたから……」

 

そう言って二本の内、一本をこちらに差し出してくるのは浴衣の美少女だった。薄い青色に桃色の朝顔を幾つもあしらった浴衣を、同じ桃色の帯で止めている。薄いメガネの向こうで揺れる瞳が、少女の心中を表していた。

 

「その……ど、どう?変じゃ……ない?」

 

少女を見つめている自分の視線に気づいたのか、確認を求める様に両手を広げる。返答を求められて、思わず統夜は心に浮かんできた言葉をそのまま口にしていた。

 

「綺麗だ……」

 

「えっ!?」

 

目の前の少女、簪が思わず声を上げる。数秒経ってやっと自分の言葉に気づいた統夜は慌てて立ち上がった。しかし口にした言葉は偽りない本心の為否定する事も出来ず、結局立ち上がったままフリーズしてしまう。

 

「そ、その……はい、これ」

 

再度簪が片手に握ったラムネを差し出してくる。赤面しながらそれを受け取った統夜は、簪から顔を隠すように明後日の方向に向けた。

 

「ゆ、浴衣、楯無さん達に着せて貰ったのか?」

 

「う、うん……私一人じゃ、出来なかった」

 

「……か、簪も来た事だしさ!もう行こうか!!」

 

「う、うん……!!」

 

簪が首を縦に振ると共に、ラムネを持った手から下げている巾着が揺れる。統夜が境内へとつながる歩道に目を向けると、大勢の人だかりが出来ていた。両側に並ぶ出店に目を向ける者、買った食べ物に舌鼓を打つ者、隣にいる人間と共に歩く事自体を楽しむ者。実に様々な人間達がいる。前にもこんな光景があったな、と心の中で思いつつも隣にいる簪を横目で見た。

 

「……」

 

簪も自分と同じことを考えている様で、ちらちらとこちらを見てくる。

 

「あっ……」

 

「ほ、ほら。早く行かないと。一夏も待たせてるからさ」

 

言葉と共に手を伸ばして、小さい手を握る。前に握った時と同じ、温かい体温がこちらにも伝播してくるようだった。簪は手を握られた事に驚きもせず、寧ろそれが当然だとでも言うような顔で統夜の顔を見上げる。

 

「そ、そういえば簪はどうやってここに来たんだ?」

 

「お姉ちゃんに車で送って貰った」

 

「楯無さんって車の免許持ってるのか?」

 

「“国家代表に不可能は無い!”って言ってた……」

 

人の波を掻き分ける様に進んでいく。会話の間に並ぶ出店に目を向けるが、会話に集中するばかりで目に映る光景が全く頭に入って来ない。

 

「あ」

 

隣で小さく声を漏らした簪の足が止まる。そこで止まると思っていなかった統夜は、簪の手に引っ張られて無理やり足を止められた。不思議に思って簪の視線の先にある物を見てみると、そこには一つの屋台があった。

 

「欲しいのでもあるのか?」

 

簪の手を引いて屋台の前に移動する。二人の目の前に広がっていたのは、数々のお面だった。祭りの屋台に良くある、少年少女に人気のあるキャラクターの顔を象ったお面がずらりと並んでいる。

 

「えっと……あれ」

 

簪が指さしているのは統夜も見覚えのあるキャラクターの顔だった。記憶が正しければ、自分達がまだ子供だった頃、流行っていたヒーロー物のキャラクターだったはずである。統夜は躊躇いもせずにポケットから財布を取り出しながら棚の向こう側にいる男性に声をかけた。

 

「あ、おじさん。それ一つ下さい」

 

「はいよ兄ちゃん、500円な!」

 

財布の中から五百円硬貨を取り出すと、差し出された男性の手に握らせる。

 

「ほらよ、隣にいる彼女さんに早く着けてやんな」

 

「わ、私……!?」

 

「さっきから物欲しそうに見てただろ?ほら、早く着けてやんな」

 

屋台の男性が吊るしていたお面を外してそのまま統夜に手渡してくる。統夜はそれを受け取ると歩道の脇に逸れて簪に向き直った。

 

「ちょっと動くなよ……」

 

「と、統夜?」

 

丁寧に整えられた髪が乱れないように、細心の注意を払ってお面をつけてやる。仮面が顔の正面ではなく、脇に来るように上手くつけると統夜は簪から離れた。

 

「前にのほほんさんから聞いてからな。簪はヒーロー物のアニメが好きだって」

 

「ほ、本音が言ってたの?」

 

「だから今も気づいたよ。ああ、欲しいんだなって」

 

「あ、ありがとう……」

 

顔を俯かせて耳まで真っ赤になった簪が蚊のの鳴く様な声で礼を告げる。周りの喧噪に紛れてしまう程の声量だったが、統夜の耳にははっきりと伝わった。お面の場所を確認するかの様に、頭に手を添える簪。

 

「ど、どう、かな……?」

 

「ああ、いいと思う」

 

「……そ、そろそろ行った方がいい」

 

簪が統夜の手を自分から引いて、人の波に戻っていく。それからは二人で回りの屋台を巡る時間は続いた。ある時は二人で射的に挑戦したり──

 

「あ、あんまり上手く当てられないな……それにしても、簪は上手いな。何かコツでもあるのか?」

 

「ISの射撃より簡単」

 

「あー、ラインバレルの射撃は勘でやってる部分もあるからなぁ……新学期に入ったらその辺、教えてくれよ」

 

「分かった」

 

ある時は綿飴を頬張ったり──

 

「こ、これ、少し大きすぎ……」

 

「か、簪、大丈夫か?」

 

「……と、統夜も食べて」

 

「い、いきなり口に入れないでくれ!」

 

「あ、ご、ごめんなさい!」

 

ある時は金魚掬いに興じたり──

 

「あ、あれ?この、このっ!!」

 

「統夜……全然、取れてない」

 

「い、いや、きっとポイが薄すぎるんだ!そうに決まって──」

 

「言い訳しない」

 

「……はい、すみません」

 

こうしてゆっくりと確実に時間が過ぎて行った。途中から一夏と約束している事すら頭から消え失せ、統夜は二人の時間に没頭していた。一時間、二時間と時間が過ぎ、小休止とばかりに二人は境内の中にあった石段に腰かけて休んでいた。

 

「統夜って意外と……不器用?」

 

統夜の隣で簪が綿飴を舐めながらつぶやく。飾り気の無い言葉に胸を抉られながら統夜は反論を返した。

 

「べ、別にいいだろ。そんな事」

 

「……家事とかはあんなに上手いのに」

 

「そりゃ、何年もやってた事だからな。自然と体が覚えていったんだよ」

 

「じゃあやっぱり、根は不器用」

 

「ぐっ……」

 

意気消沈する統夜の横で口元を抑えてくすくすと笑う簪。十数メートル先では大きな櫓が組まれて、それを中心に人々が踊っていた。喧噪の中、二人の会話がしばし途切れる。

 

「あのさ、簪。言いたくなかったらでいいんだけどさ、教えてくれないか」

 

「何?」

 

「簪の父さんとか母さんが言っていた“刀奈”って誰の事だ?」

 

「……」

 

統夜の質問に対して、簪の口が止まる。しばしの沈黙の中、聞いてはいけない事を聞いてしまったのか、と思った統夜が口を開こうとするより一瞬早く、簪が先に呟いた。

 

「統夜は、“暗部”って言葉……知ってる?」

 

「暗部って……裏の仕事とかする、あれか?」

 

「更識家はその対暗部用暗部……裏の仕事とか請け負っているんだけど、今の当主はお姉ちゃんなの」

 

「まさか楯無さんが、その暗部の当主だってのか?」

 

「うん、それで、当主は代々“楯無”を名乗るの。それで、お姉ちゃんの本当の名前が……」

 

「“更識 刀奈”って訳か……」

 

統夜の中で幾つもの疑問が氷解していく。何故IS学園のアリーナの映像をハッキングできたのか、何故あれほどまでに強いのか、何故両親の研究所に関しての情報を手に入れられたのか。

 

「それで、今はお父さんが補佐について……お姉ちゃんが当主をやってる」

 

「なるほど、そういう事か」

 

「統夜は……驚かないの?」

 

「寧ろ、納得したって感じの方が強いな。とにかく、教えてくれてありがとう」

 

「……統夜は、何とも思わないの?」

 

「何が?」

 

「その、私の家の事聞いて……怖いとか近寄りがたい、とか……」

 

「全然」

 

先程再び買ったラムネで喉を潤しながら、二の句を継ぐ。

 

「寧ろ俺は簪にそういう事を思うよ。俺の事見て怖いとか、近寄りがたいとか思わないのかなって」

 

「それは……統夜は統夜だから、気にならない……」

 

「俺も同じだよ。IS学園で簪を見て、楯無さんを見て、家とか関係無い二人を見て、そう感じたんだ。だから今更家の事とか仕事の事とか言われても、特に見方は変わらない」

 

「……統夜」

 

簪が統夜にもたれかかる様に、体を傾ける。唐突に倒れてきたのを心配して統夜が慌てて簪の体を気遣うように両手で支えた。しかし、簪の手がそれを阻む。

 

「そのままで、いい」

 

「簪……?」

 

簪の頭が統夜の肩に乗ったまま祭りの喧噪に包まれる。周囲の目も気にしないで、二人は互いに寄り添いあった。

 

「おーい、統夜!」

 

「「っ!!」」

 

不意に名前を呼ばれて、二人の体が強張る。二人が慌てて距離を取るのと同時に、人垣を掻き分けて一夏が二人の目の前に現れた。互いに顔を赤くしている二人を訝しげに見ながら、一夏は統夜に歩み寄った。その後ろには、浴衣姿の箒もいる。

 

「いたいた。どこ行ってたんだよ、探したぞ」

 

「わ、悪い悪い。すっかり忘れてた……あれ、篠ノ之さんも一緒なのか」

 

「あ、ああ。ここは私の実家だからな」

 

「そっか、だから名前が篠ノ之神社なのか」

 

「統夜、暇なら一緒に回ろうぜ。俺もこれから箒と一緒に屋台巡りするからさ」

 

「ああ、俺は……」

 

ちらりと横目で簪を見ると、彼女は統夜を見てはいなかった。不思議に思って簪の視線を追っていくと、その先にいたのは箒だ。不思議な事に箒も簪と視線を交差させている。しばらく見つめあう女子二人だったが、やがて同時にこくりと頷いた。

 

「ほら、行くぞ一夏!先ほど、綿飴を奢ってくれると約束しただろう!」

 

「統夜、そろそろ……」

 

互いが互いのパートナーを引っ張っていく。男たちは少女達にされるがままになりながらも、何とか言葉を交わした。

 

「い、一夏、またな!」

 

「あ、ああ!」

 

統夜は簪に引きずられるがまま、神社の裏手へと連れて行かれた。少し息が上がっている簪の顔に手で風を送りながら、先程の行動の真意を問い質す。

 

「な、何だよ簪。折角一夏と話してたのに」

 

「篠ノ之さんも、私と同じ事……考えてたから」

 

「はぁ?」

 

「……そ、そう言えばそろそろ花火が上がる時間」

 

「何だよ、それが見たかったのか。でも、こんな所じゃ見難いだろ」

 

統夜が夜空を仰ぎ見る。ぽつぽつと生えている木から延びる枝が、暗い空を遮っていた。統夜のその動作に合わせる様に、遠くの空で音が爆ぜた。同時に統夜達がいる場所が、数々の葉の隙間から降り注ぐ光によって瞬間的に照らされていく。

 

「やべっ、もう始まってるのか」

 

「ご、ごめんなさい。早く移動しないと……」

 

「……こんな使い方、した事ないけどまあいいか」

 

「統夜……?」

 

「ちょっと離れてて」

 

手振りと言葉で、簪に離れる様に統夜が促す。簪は怪訝な顔をしながらもそれに従う。統夜は服の中からネックレスを引っ張り出すと、それを握り込む。その拳を緩やかに胸元へと当てた。

 

「来い」

 

統夜の全身が光に包まれる。簪が驚いている間に展開は完了し、見慣れた鋼鉄の装甲が統夜を包み込んでいた。

 

「簪、来てくれ」

 

「う、うん」

 

アイドリングの小さな音を響かせながら、ラインバレルが手を伸ばす。躊躇いがちに簪が伸ばされた手を掴むと、ラインバレルはそのまま手を引いて簪を抱き寄せた。そして簪が声を上げる前に両手で彼女を抱き上げる。

 

「はわっ……!?」

 

「目、閉じてて」

 

ラインバレルの腰部にあるスラスターが静かに展開して、ゆっくりと上昇していく。統夜に言われるがままに目を閉じた簪は、自分が今どの様な状況にいるのかすら分からなかった。顔に当たる風が勢いを無くし、同時に体が浮き上がるような上昇する感覚も消え失せる。

 

「もう開けていいぞ」

 

「……凄い」

 

二人が注視する先で、色鮮やかな大輪の花が咲いていた。消えては現れ、消えては現れていく花火達が夜景を彩っている。花火と同じ高さにいる事を今更自覚した簪は下を覗き込んで思わず身を竦めた。

 

「動くなよ、危ないぞ」

 

「こ、こんな事にラインバレルを使うなんて……」

 

「事前に人の有無は確認したし、周りの人達は花火を見てるから大丈夫だって。それにこの高度じゃ、少し大きい鳥が飛んでるくらいにしか思われないよ。それより、見なくていいのか?」

 

「う、うん……」

 

大きな音を立てて花火が瞬きを繰り返す。ラインバレルの腕に抱かれながら、簪は目の前で弾けては消えていく花火を見つめた。

 

「……なあ、簪。予約、していいか?」

 

「予約?」

 

「仮に俺がIS学園に残る事になって、来年も、そのまた来年も今みたく簪と一緒にいられたら……また、こうして一緒に花火を見ないか?」

 

「……」

 

「簪だけじゃなくて、一夏と楯無さんと篠ノ之さん達と皆で一緒に。一学期の最後の日みたいに、皆で笑いながらさ」

 

「うん……それじゃあ」

 

巾着を提げている手とは逆の手を、簪がラインバレルの目の前に持ち上げる。僅かに開いていた掌を畳み、小指だけを顔の前で立てた。

 

「ゆ、指切り……しよ?」

 

「……」

 

ラインバレルの手が動いて、左手一本で簪を抱える形となる。左腕を太ももの下に敷き、簪がそこに腰かけられる様に態勢を整えた。目の前の相手を離さないように、そこにいる事を体全体で実感する為に、ラインバレルは自分の胸に少女を抱く。その右手が小さく瞬いた後、簪の目の前には先ほどよりも小さくなった右手があった。

 

「ほら、これだったら大丈夫だろ」

 

「……ゆ~びき~りげんまん」

 

夜の空を背景に、指を絡めた簪が歌うように唱える。リズムに合わせて絡み合った二人の小指が上下に揺れた。何度も何度も煌めく花火が、簪とラインバレルの横顔を照らす。

 

「嘘ついたら──」

 

「──針千本の~ます」

 

二人の最後の言葉が重なる。まるで二人を祝福するかの様に、一際大きい花火が遠い空の向こうでその花を開かせた。

 

「「指切った」」

 

他人から見たらちっぽけな物かもしれない。しかし彼らにとっては特別な意味を持つ大切な約束が、夏の夜空で交わされた。

 


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