IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~   作:Granteed

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第五十九話 ~望まぬ再会~

森の一部分を切り取って、そこに街を埋め込んだような。自然の中には似つかわしくない巨大な人工物が建っている景色を見下ろす。高さは四階程だろうか、無事であればさぞ美しい見栄えだったであろう施設は、今やあちこちが崩壊し光の一つすら灯っていない。それは正に“息絶えている”という言葉がぴったりだった。そんな廃墟めがけて、ラインバレルがゆっくりと降下を開始する。

 

『楯無さんも、ここの事は調べたんですよね?』

 

「ええ。でも結局分からない事が多すぎて、途中で投げたわ。あの頃は統夜君の事も知らなかったし、特に重要視もしてなかったから。但し、貴方にも言った通り、疑問に思う点は幾つも見つかったけれど」

 

『取り敢えず、焼け残った区画に行……あれ?』

 

唐突に、ラインバレルが呆けた声を上げた。視線は眼下にある研究所に固定されたまま、降下が急に止まる。

 

「ちょっとちょっと統夜君、どうしたの?」

 

『少し……は?』

 

ラインバレルが呆けた声を上げている原因は、センサーから送られてくる情報だった。目の前の建造物はもう何年も前に活動を停止し、人どころか、生き物すら住み着かない廃墟である。だが、今現在の問題は地表に見えるそれよりも、その下から検出される反応だった。

 

『──っ!?』

 

少しの間動きを止めていたラインバレルは楯無と簪の体を巨大な手で掴むと、先程までとは比にならない程のスピードで降下を開始する。二人が悲鳴を上げる暇も無く、ラインバレルは建物からやや離れた地上へとたどり着いた。

 

「と、統夜君、どうかしたの!?」

 

『研究所の下から……地下から、何かが来ます』

 

二人を庇いながら仁王立ちするラインバレルは、音も無く太刀を抜き放った。その視線の先には、先程と何ら変わりない研究所が月明かりに照らされている。数秒間、何も起こらない研究所を見つめ続けていた簪は疑問の声を上げようと口を開く。しかし、異変が起きたのはその瞬間だった。

 

「統夜、何が──」

 

簪の言葉に重なる様に、研究所のあちこちから粉塵が立ち上る。続いて粉塵の中から空へと舞い上がるのは、四か月前に見た物体に酷似していた。顔の中心で紅く光る単眼。黒い皮膚の各所を白い装甲で覆い隠し、腰に提げているのは人を傷つける事を目的とした無骨な小銃。全部で五つの影は、物も言わずに研究所の上空で止まっていた。

 

亡国企業(ファントムタスク)、何故ここに……?」

 

楯無の疑問の声が上がる中、彼らは静かに行動を開始した。揃って腰の小銃を手に取って構えると、一拍置いて眼下の建物目がけて斉射を開始する。連続で起こるマズルフラッシュの度に、銃弾が牙を剥いて研究所へと襲い掛かる。かろうじて建物の体を保っていた研究所は豪雨さながらに降り注ぐ銃弾の数々を前にして、その身を削られ続けている。

 

『あいつら……!』

 

「統夜、待って!!」

 

静かな怒号と共にラインバレルの飛行ユニットが展開され、突風が吹き荒れる。簪の制止も聞かず、白き鬼は地上から飛び上がり思い出の場所を傷つけている敵へと襲い掛かった。

 

『やめろおおおっ!!』

 

一番端にいた敵機めがけて突撃したラインバレルはすれ違いざまに太刀を閃かせる。剣閃が二筋、アルマの体に刻まれた。

 

(次っ!!)

 

背後で爆発の熱を感じながら、手近のアルマに斬りかかる。そこで初めてラインバレルに気づいたのか、アルマ達が一斉にラインバレルに単眼を向けた。顔を向けた事で生まれたその隙をラインバレルが見逃す筈も無く、続けざまに二機のアルマの胴体を切り裂く。予想外な程あっさりと三機を仕留めたラインバレルはその勢いを止める事無く、更に加速をつけて残りのアルマに飛び掛かった。

 

(逃がさない!!)

 

自分を適わない敵だと判断したのか。上昇して空へと逃れようとするアルマを見て、頭をフル回転させる。一度では問題が無い事は既に経験則で学んでいる。であれば、やらない理由は何処にも無かった。

 

『跳べっ!!』

 

次の行動を声に出して叫ぶ。何度も何度も経験した感覚を通り過ぎると狙い通り、目の前の景色が変わっていた。真正面にいるのはつい数秒前、逃げの体勢に入っていたアルマが二機。それらの前で両手の太刀を順手から逆手に持ち返ると、体を大きく仰け反らせた。

 

『落ちろ!!』

 

叫びと共に二本の太刀をアルマ達に向けて投擲する。投げ槍宜しく夏空を飛翔した太刀はそれぞれ目標とした機械に突き刺さった。遅れて自分も投げ飛ばした太刀の後を追い、二機のアルマに肉薄する。両手を伸ばして太刀の柄を握りしめると、力任せに武器を振るって鋼鉄の体を引き裂いた。

 

(……何だ、こいつら。脆すぎる)

 

周囲に動く物が消えてから、地上へと落下していく機械の欠片を見下ろしながら考える。敵は合計で五体、対してこちらは自分一人。普通ならば苦戦どころか劣勢を強いられる数字だ。現に、四月にやりあった時はもう少し手こずった。

 

(楯無さんとの特訓で、力がついただけじゃない。ただ単純に──)

 

思考する頭の中に、喧しいサイレンが鳴り響く。慌てて周囲に目を向けてみるが、自分の周囲には何も無かった。しかし、レーダーにはしっかりと反応が存在する。その反応を頼りに目を凝らして夜空を見れば、確かに自分の周りにそれはあった。

 

『……水風船?』

 

暗闇に紛れて自分の周囲をふわふわと漂っているのは、手のひら大の塊だった。空を飛んでいる様子とその大きさから思わず水風船と口走ったが、マーブルや色彩に富んだ模様も無ければ、その中に入っている水すらない。重油でも詰め込んでいるのかと思うほどの深い黒で自分の体を染め上げたその物体は、ラインバレルを取り囲んでいた。

 

(何だ、これ……?)

 

いつの間にか自分の周囲に浮かんでいた物体を疑問に感じ、ラインバレルは思わず片手を伸ばす。その判断が誤っているとも分からずに。

 

『──があああああっ!?』

 

周囲に滞空していた全ての球体が、一斉に破裂する。その中から出てきたのは豪炎と衝撃、そしてラインバレルを粉々に砕かんとする悪意の塊だった。幾ら修復能力を持っていると言っても一度に耐え切れない程のダメージを負えば当然、活動に支障をきたす。一斉爆撃を防御も無しに真正面から受け止めたラインバレルは一直線に研究所へと落下していった。

 

『がっ、ぐ、うおおおっ!!』

 

落下の衝撃で天井を破壊した後、二度、三度と研究所の床を突き抜ける。空から落ちてきた鉄塊を受け止める力は、老朽化した施設には無かったらしい。何度もコンクリートをぶち抜いて落下を続けた結果、最後に一階のリノリウムの床に蜘蛛の巣の様な亀裂を走らせて、ようやく落下が停止する。

 

(い、今のは……)

 

咳き込みながら体の状態を確認していく。背部の飛行用ユニットは先程の爆発で原型を留めていない程壊れていた。何度も頭の中で指令を送るも、黒焦げになったラインバレルの尻尾には何の動きも無い。

 

(空は……もう飛べそうにないな)

 

動かない物を装備していても仕方がない。早々に諦めたラインバレルはテールスタビライザーの部分だけを解除する。黒く染まった部分が白い光へと分解されてラインバレルの周囲を舞う中、研究所の奥へと続く廊下から重い足音が響いてきた。

 

『……誰だ?』

 

両手の太刀を抜き放ち、暗闇にいる何者かに問いかける。その物体は一言も漏らさずに歩を進めると、ラインバレルから数メートル離れた位置で立ち止まった。夜空へと唯一繋がる穴から月光が降り注ぎ、それが乱入者の体を浮かび上がらせる。

 

『約一か月ぶりだな、白鬼』

 

『その声は、臨海学校の時の……』

 

『正解だ』

 

影から出てきたのは、単眼を光らせた兵器だった。今まで見てきた敵よりも巨大な、ありていに言えば太っている体は黒く塗り潰されている。加えて、首元から後方に伸びているアームの先端の左右には、握りこぶし大の厚さを持つ円状のポッドが装着されていた。敵は大きな片手を腰に当てて息を吐く。

 

『何の因果でここに来たかは知らない……が、全く。面倒な事をしてくれる』

 

『面倒な事、だと?』

 

『よりにもよってここを放棄する日に来るとは。お陰でこのヤオヨロズの実地試験が数週間前倒しだ。まあ……前向きに考えよう』

 

空手のまま目の前のヤオヨロズ、と呼ばれた機体が関節を鳴らす。人間の物とは決定的に違う、モーターの音を静かに響かせながら単眼を瞬かせた。正対するラインバレルも太刀の刃を擦り合わせて威嚇の音を鳴らす。

 

『殺すな、という命令も受けていないのでな。先程のダメージも治りきっていまい。この間よりは難易度が低そうだ』

 

『馬鹿にしているのか。武器も持っていないお前が、勝てるとでも?』

 

今までに見てきたアルマや迅雷と違って、目の前にいる敵は何も武器を装備していなかった。いつもの銃器も無ければ背中に背負う槍も無い。対してこちらはスタビライザーに収納していたエクゼキューターが使えないとはいえ、二本の太刀を構えているのだ。いざとなれば全身が凶器になりうるラインバレルを相手にしているにも関わらず、ヤオヨロズは鼻を鳴らした。

 

『一つ質問だ。最初に貴様を叩き落とした物、あれはどこから来たと思う?』

 

『……まさか』

 

『お前の想像の通りだ』

 

バクン、と音を立てて背中のポッドの上部が開く。ラインバレルの位置からはその中身を伺う事は出来なかったが、その中に収納されていた物体は音も無く二人の頭上へと舞い上がってその姿を晒した。

 

『随伴式炸裂弾“神火飛鴉(シンカヒア)”。この力、じっくり味わってもらおうか』

 

(マズイッ!)

 

『行け!!』

 

指揮者にも似た手の動きに追従して、神火飛鴉が動き出す。暗い廊下を埋め尽くす勢いでこちらに殺到する様子を見て、劣勢を悟ったラインバレルは敵に背を向けて逃げ出した。宙を駆ける事も出来ず、全速力で地を疾走する鋼鉄の背中を数々の爆弾が追いかける。

 

『逃げるだけか?』

 

『煩、いっ!!』

 

目前にまで迫った爆弾を、半身を向けて一刀の下に切り伏せる。ラインバレルの体には小さすぎる廊下を、巨大な爆炎が包み込む。

 

(もっと、広い場所に!)

 

自身を取り巻く炎の渦から脱出しながら、ラインバレルは思考を巡らす。今の場所では圧倒的に不利だ。現在、自分は射撃武器を持っていない。あるのは二本の太刀と体だけだ。オーバーライドして敵の背後を取る戦い方も出来なくはないが、敵は自らの周囲にも爆弾を展開させている。最悪、双方を巻き込んだ爆撃を敵は敢行するだろう。しかも狭い所内も問題だった。空を飛べない今のままでは空中へ転移したとしてもその後が続かないし、そもそも敵の意表を突こうにも転移可能な空間が余りにも少ない。

 

『取ったぞ』

 

頭の中で幾つもの考えを走らせるラインバレルの前に、数個の球体が回り込む。

 

『しまっ──』

 

『弾けろ』

 

『ぐうっ!!』

 

衝撃波が全身を万遍なく打ち付け、一瞬思考が乱れる。爆発に巻き込まれ左右前後の方向感覚を見失いつつも、何とか足を前に出す。

 

『転移させる隙は与えない。修復能力を上回るダメージを与えれば、貴様を倒す事は可能だ』

 

(やばい、これ以上食らったら!)

 

頭の中で身体の異常を示すアラームが鳴り響く。右足の付け根からは動く度に火花が舞い踊り、先程の爆撃のダメージで左腕は動かない。左の眼は完全に潰れ、太刀を握る手は感覚が無い。体を修復しようにも、今のままでは効率が悪いどころか碌な回復が望めない。修復しても攻撃を食らっては元の木阿弥だ。

 

(一旦、体勢を立て直して──)

 

『壊れろ』

 

機械的な音声と共に音も無く黒い球体が、空を滑るようにラインバレルの目の前へと移動する。目の前に浮かぶ神火飛鴉と同時に、周囲を取り巻く爆弾達が起爆の体勢に入る。

 

(あ──)

 

最後の瞬間ラインバレルが見た物は、自分を包み込む赤と黄色のカーテンだった。

 


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