IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~   作:Granteed

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第六十五話 ~猛攻~

「なあ、ちょっと相談に乗って欲しいんだけど」

 

目の前でカレーライスをぱくついている鈴にむけてそう切り出したのは、学園祭を三日前に控えた夜の事だった。今日は珍しく楯無が一夏と特訓で遅くなるらしく、簪も本音と用事があると出て行ってしまったので久しぶりに一人の夕食を取っていた。

 

「あら、珍しいわね。アンタが私に相談なんて。明日は雨かしら」

 

「茶化すなよ。人が頼んでるのに」

 

「ごめんごめん。それで、何を相談したいの?」

 

一人で今夜の目玉メニューである鯖の味噌煮定食を食べていた所、後から来た鈴がこちらのテーブルに加わってから、数分立っての事だった。何故か統夜はきょろきょろと周囲を見回して誰もこちらに注目していない事を確認してから再び視線を鈴に向ける。

 

「あ、あのさ──」

 

「紫雲に鈴か」

 

声の方向に顔を向けてみれば、そこには箒、セシリア、ラウラ、シャルロットといつものメンバーが揃っていた。それぞれ手にお盆を持っており、自分達と同じく夕食を食べにきたらしい。

 

「あれ、一夏はどうしたの?」

 

「私達、先程学園祭の準備が終わりまして。それで、一夏さんと夕食をご一緒したかったのですが」

 

「部屋に居なかった。どうやらこんな時間も例の生徒会長と特訓をしているらしい」

 

立っているのも何なので、鈴と統夜がテーブルの端に移動してスペースを作る。四人は空いた場所に陣取ると、シャルロットが言葉を引き継いだ。

 

「それで、皆で一緒にご飯を食べようと思って来たんだ。鈴と統夜は何を話してたの?」

 

それぞれが片手に食器を持ってから、話が再開する。その場の視線は自然と今まで会話をしていた鈴と統夜に集まるのだが、不思議と口を開こうとしない統夜に代わって、鈴が返事を返す。

 

「何を話すっていうか、ついさっき統夜から相談を持ちかけられてね」

 

「あ、ああ……」

 

「相談か。一体何を悩んでいるのだ?」

 

「えっと、やっぱ話さなくちゃダメか?」

 

「何だ、歯切れが悪いな。一人でくよくよ悩んでいるよりも、吐き出した方がすっきりするぞ?」

 

横にいる箒から肘で突かれてから、統夜は二度、三度と深呼吸を繰り返す。この話題を口にすることは相当悩んだ。自分の中に仕舞って置くのが最上ではないかと何度も考えた。だが、このままでは前に進めないと、一人では答えが出ない命題だと昨晩悟った。そして十秒後、その場にいる女子全員の視線を受けながら、重苦しく口を開いた。

 

「あ、あのさ……」

 

「うんうん」

 

「……じょ、女子って何考えてるんだ?」

 

「「「「「ご馳走様でした」」」」」

 

統夜が相談内容を口にした途端、五人全員が揃って席を立った。全員一様に唇を噛みしめるような、苦虫を噛み潰すような同じ表情を浮かべている。慌てて統夜が手を伸ばして彼女らを引きとめた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ、まだ一言しか言ってないだろ!?」

 

「いやぁ、流石にその先は予測できるよ、統夜」

 

「そうだな。部下から教えて貰った日本のギャグである“押すなよ、絶対押すなよ!?”というのと同程度に、先の展開が予想出来る」

 

「それに紫雲さんだけならともかく、私達は同じ相談を既に簪さんからも──」

 

「セ、セシリア!」

 

鈴から悲鳴が飛ぶと、苦笑いと共に語っていたセシリアが慌てて自分の口を塞いだ。幸い、自分の相談事が一蹴された事によるショックで統夜の耳には入らなかったようだが。周囲から冷たい反応をされて、期待が打ち砕かれた統夜は更に狼狽していく。

 

「い、いいだろ別に少し位!」

 

「……まあ、寧ろ答えが分かっている分、簡単な悩み事だな」

 

「そうね。統夜、この貸しは高いわよ?」

 

揃ってため息を吐いた後、席に座り直す。女性とが揃って”聞きたくないが話せ”と言わんばかりの視線を統夜に浴びせるも、遅い来る威圧感に萎縮してしまったのか、統夜がそれ以上口を開くことは無かった。このままでは埒が明かないと判断したセシリアが会話の口火を切るべく質問を投げかける。

 

「えっと、紫雲さん。つまるところ、紫雲さんがお知りになりたいのは何ですの?」

 

「お、俺の友達の話なんだけどさ、最近、妙にスキンシップを取ってくる子がいて。で、そいつにどうしたら良いか相談を受けたんだけど、そういうのは俺も分からないから皆に聞きたいんだけど……」

 

「「「「「……」」」」」

 

一同揃って額に手を当てて俯く。今時小学生でも吐かないような嘘を苦し紛れに話す目の前の男の頬を引っぱたいてやりたい。しかし、一度引き受けた以上最後までやり抜こうと決めた箒が顔をあげた。

 

「まず聞くが、最近というのはいつ頃からだ?」

 

「ああ、はっきりそう思ったのは二週間くらい前かな。ほら、9月の頭に、一夏と楯無さんが素手で勝負した日あっただろ。あの後からだよ」

 

友人から相談を受けたにも関わらず、なぜ箒の質問に対してそこまで詳細な回答が出来るのか。すでに化けの皮が剥がれている所ではあるが、既に察していた五人は何も触れずに会話を続ける。

 

「ああ、僕とセシリアが道場で一夏を見つけたあの日ね」

 

「そうそう。二人に会った後、気絶してた一夏を俺がアリーナまで運んで、そのままISの訓練してたあの日だよ」

 

「ちょっと待て。あの日は確か、夜に簪が我々を呼び出し──」

 

「わわわわわあああっ!?」

 

何かを思い出したのか、手を打ちながら口を開いたラウラの口を、隣に座っていたシャルロットが全速力で塞ぎにかかる。

 

「ど、どうしたんだ?」

 

「な、何でもないよ!」

 

「予想通りと言えば予想通りだな……」

 

「まあね。それで統夜、スキンシップって言うけど、どんな感じなの?」

 

鈴にとって二人は学園に来て始めて優しく接してくれた友人である。幾ら答えの分かっている問題だからといって無下にはしたくないし、真摯に接したい。二人が幸せになるのならば歓迎できることだし、力になりたい。そう思ってかけた言葉だった。しかし、数秒後、鈴はこの言葉をかけた事を後悔することになる。

 

「ああ、最近だとあれかな。三日前の事なんだけどさ、急に俺の代わりに昼の弁当を作ってくれたんだ。その日は昼は食堂で食べるって約束してたから弁当の用意はしてなかったんだけどさ、当日の昼になってその子が屋上に行こうって言ってさ。それでついていったらベンチの所に用意したあってさ」

 

「……」

 

「それがまた美味しくてさ。何でか分からないけど、俺の好きな料理ばっか入ってたんだ。偶然って事は考えられないし、どうやって知ったんだろうな?」

 

「そんなの知りませんわ……」

 

「あ、あとうちのクラスって学園祭での出し物でケーキとか出すだろ?料理出来るって事で俺も作る側に回って欲しいって言われたんだけど、そういうお菓子って作ったこと無くてさ。それでその子に相談したら色々と教えてくれて」

 

「……このお茶、砂糖でも入ってるのかな」

 

「例として幾つか作ってくれたのを食べてみたんだけどさ、その辺の店で食べる物より数段上だったんだよ。でもさ、本当に得意なのは和菓子らしくって、今度食べさせてもらう約束もしてるんだけど」

 

「羊羹を喉に詰まらせて悶えていろ……」

 

「それとな、その前なんだけど──」

 

「もういい、はい、おしまい!!」

 

机を叩いて統夜の話を無理やり終わらせる。唐突に中断されたことを不快に思ったのか、眉をひそめながら統夜が口を尖らせた。

 

「何だよ鈴。聞いたのはそっちだろ」

 

「それはそうだけど、誰がそこまで話せって言ったのよ!誰も死者を出せとは言ってないでしょ!」

 

そこで初めて、統夜は周りを見渡す。平日の夕食時なので、勿論統夜達以外にも食堂の利用者がいた。だがしかし、彼らは皆まともに食事を取れていなかった。少なくとも、統夜の声が聞こえる範囲にいる生徒たちは皆食器を持つ手を止めて、視線を伏せている。ひどい者は、両手で頭を抱えてテーブルに突っ伏していた。

 

「みんな、何してるんだ?」

 

「おい紫雲。頼みがある」

 

「どうかした?」

 

「少々喉が渇いた。コーヒーを持ってきてくれ。ブラックで頼む」

 

「でもボーデヴィッヒさんのそれ(夕食)、俺と同じメニューだけど」

 

ラウラが箸をつけているのは統夜と同じ鯖の味噌煮定食だ。和食のそれにコーヒーは合わないのではないか、そう思っていた統夜だが、他の四人が手を上げて”自分達にも持ってきてくれ”と意思表示をしたことで腰を上げた。統夜が席から離れて、十分距離が開いたところで一同が揃ってため息を吐く。

 

「……どうすればいいと思う?」

 

「正直なところ、あの二人なら放っておいてもくっつきそうだよ」

 

「そうだな。二人の話を聞く限り、時間の問題だと感じる」

 

ダメージから復帰したシャルロットと箒が率直な感想を述べる。隣にいるセシリアとラウラも同じように頷いていた。実は彼女らは九月の頭、ついさっき統夜が言ったその日の夜に簪から、今の統夜と同じような相談を持ちかけられていた。その時に彼女の思いをすべて聞いている以上それぞれの心の内を知っている彼女らからすれば、そう結論を出すのは当然の事だろう。ただ一人、鈴だけは腕を組みながら苦い顔をして唸っていた。

 

「……気掛かりな事でもあるのですか?」

 

「いやぁ、気掛かりって程の事でも無いんだけどね」

 

「じゃあどうしてそんな顔をしているのだ?」

 

「あの二人ってさ、結構似てると思わない?」

 

「統夜と簪が似てる……とはちょっと思えないけど」

 

「ええ、紫雲さんも良く話す方ではありませんけど」

 

「二人が似ているかと言われると、少しな」

 

「……まあ、私の考え過ぎならいいけどね。それに簪、今度の学園祭で決めるつもりでしょ」

 

「そうだな、紫雲の話を聞いている限、り……」

 

そこで先ほどの話を思い出してしまったのか、箒が口元を押さえながら視線を下げる。四人も箒の姿を見て思い出してしまったのか、同じく顔を青ざめかけている所に、統夜が戻ってきた。

 

「皆、風邪でも引いてるのか?」

 

お盆に載せて持ってきた五つのコーヒーを、それぞれの目の前に置く。

 

「……ありがとう、統夜」

 

「シャルロットも、体調が悪いなら医務室に──」

 

統夜の言葉を無視して、全員がコップを手に取る。そして、そのまま一言も喋らずにコーヒーを喉に流し込んだ。唖然とする統夜を前にして、五人は空になったコップをテーブルに置いて、元通りの色になった顔を統夜に向ける。

 

「何をしてる紫雲。座らないのか?」

 

「あ、ああ……それで、皆で何話してたんだ?」

 

「結論から言うと──」

 

五人で話した結論を鈴が口にしようとしたその時、統夜の胸元が震える。バイブ音が気になるのか、ちらちらと胸元を見ていたが、鈴がしぐさで促すと統夜は胸ポケットに入れてある携帯電話を取り出した。

 

「……まずい、時間だ」

 

「時間がどうかしたか?」

 

「ああ。今日の風呂の入浴時間なんだけどさ、8時からって事すっかり忘れてた。今、一夏が浴場に行ってるみたいなんだけどさ、俺がいないから心配になってメールしたらしい」

 

「じゃあそっち優先でいいよ。統夜の相談だけど、僕たちの間で話はまとまったから」

 

シャルロットが全員に確認を取るように視線を走らせると、全員が順番に頷いていく。

 

「ほ、本当か?」

 

「うん。だから残っているご飯、食べちゃいなよ。行かなきゃ行けないんでしょ?」

 

「ああ、うん」

 

促されて、一割ほど残っていた夕食を平らげる統夜。最後に”ご馳走様でした”と手を合わせると、お盆を持って立ち上がった。

 

「悪い皆。俺から相談しておいてなんだけど、この話はまた後日──」

 

「大丈夫ですわ。紫雲さんの相談に対する答えは、一言で済みますもの」

 

「そうなのか?」

 

「そうね。統夜、相談への答えは……」

 

「こ、答えは……?」

 

「……”機会を待て”よ」

 

「……そ、それだけか?」

 

「ええ。それだけよ」

 

もう少し具体的なアドバイスを期待していたのか、肩透かしを食らった様子で統夜が佇む。物欲しそうな顔をしつつ、他の四人にも目だけで問いかけるが、異なる意見を持つ者はいないようで一人も口を開くことは無かった。

 

「……あ、そ、それじゃ俺はこれで」

 

「じゃあね。あと、貸しは少しおまけしてあげるわ」

 

最後まで腑に落ちないといった顔で、統夜はお盆を下げてそのまま寮へと戻って行った。十分に距離が離れた所で、一同が再び大きなため息を吐く。

 

「……何でカップル間近の二人の惚気話を聞かなきゃいけないんだろうね、僕達」

 

「言うなシャルロット。これも二人の為だ」

 

「それにしても気になるのだが、紫雲は簪の思いに気がついているのか?」

 

「気づいて無かったら、あんな相談そもそもしないと思うのですが」

 

「どこかの朴念仁も、統夜の十分の一で良いから、向けられてる気持ちに気づいて欲しいんだけど……」

 

一同が三度大きなため息を吐く。その脳裏に浮かんだ男子の顔は、揃って同じだった。

 


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