IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~ 作:Granteed
「たあっ!!」
シャルロットが操るIS、ラファール・リヴァイヴ・カスタムIIが全速力でこちらに突っ込んでくる。その右手には先日、倉持技研で完成したチェーンソータイプの近接用ブレードが握られている。まともに食らえばシールドエネルギーが2割は削られてしまうだろう。
「うおおおっ!!」
対する統夜も打鉄の標準装備である近接用ブレード"葵"を展開する。通常は1本だけ呼び出して使用するその太刀を、戦闘スタイルに合わせて2本呼び出した統夜は真正面からその突撃を受け止める。チェーンソーとクロスさせた太刀がぶつかり、断続的な火花が舞い踊る。
「訓練機でリヴァイブの突進を真正面から受け止めるなんてね!」
「楯無さんに特訓してもらってるんだ、これくらいは出来るさ!!」
離れたらシャルロットお得意の
「流石に、近距離の動きは速い、ねっ!」
今の武装では統夜に決定打を与えられない。そう判断したのか力任せにチェーンソーを叩きつける。統夜が全力で防御に回った事で生まれた一瞬の隙、それをついてシャルロットが距離を取る。
「でも、遠距離の対応はどうかな?」
(来る!)
シャルロットの空いている左手が輝き、弾丸を装填済みのサブマシンガンがその手に握られる。しかも、サブマシンガンを呼び出してから1秒にも満たない間にチェーンソーを握っていたはずの右手は、グレネードランチャーを構えてその銃口を統夜に向けていた。
「それそれそれそれそれっ!」
「くっ、このっ!!」
上に、下に、右に、左に、ハイパーセンサーを駆使して弾道を感知しながら広大な空を駆け回る。炎と弾丸の雨に晒されながらも、反撃の為に葵を収納してアサルトライフル"焔備"を展開してシャルロットに狙いをつけて発砲する。
「そんな狙いじゃあ、僕は捕まえられないよ!」
言葉通り、統夜が放った弾丸は一度もシャルロットを捕らえていない。大して、最初こそ避け切れていた弾丸が段々と当たり始める。目減りしていくシールドエネルギーの残量を視界の端で確認すると、小さく舌打ちして当たらない弾丸を放つ事をやめて空中に停止した。
「もしかして、諦めたの?」
動きを止めた統夜に対して訝しむシャルロット。口を動かしながらも、空になった弾丸をリロードする手を止めようとはしない。そんな言葉に統夜は唇の端を吊り上げて小さく笑うと、戦意の塊をその両手に呼び出して真正面に浮かぶシャルロットを睨み付けた。
「冗談。勿論、勝つ気でいるさ」
「いいね。統夜のそういうとこ、僕は好きだよ」
「……いくぞ」
「うんっ!」
二本の葵を目の前でクロスさせながら、スラスターの推力を一方向に集中させる。迫り来る攻撃を回避する気など微塵も見えない愚直な突撃。対するシャルロットもその突撃から逃げようとすれば逃げられたろう。しかし、大切な友人の最後の攻撃を正面から迎撃する為に、リロードの終わったサブマシンガンとグレネードランチャーの銃口を統夜に向ける。
「くうっ!」
銃口から轟音と共に、生身で受ければ体が弾け飛ぶサイズの銃弾が飛翔する。シールドエネルギーが先程よりも早いスピードで減っていくが、統夜は意に介さず正面のシャルロットだけを見据えていた。彼我の距離は200m。ISのトップスピードにとっては、2秒も掛からずに抜き去る事の出来る距離だ。
「ウオオオオオッ!」
銃弾の衝撃にも構わず、猛進する統夜。確かにシールドエネルギーも減少しつつあるが、スピードの乗った一撃をシャルロットに叩き込み、近距離戦に持ち込めば勝機がある。そう考えての吶喊だった。
「止めてみせるよ!」
吼えたシャルロットは左手のグレネードランチャーを間髪入れずに4連射する。纏めて統夜の身体に命中すれば統夜のシールドエネルギーを0にする為のその弾頭は、統夜の身体に向かってくることは無く、統夜の左右上下を囲むようにその進路を取る。
「もう一発!!」
一瞬遅れて最後の一発となったグレネードを統夜へと発射した。その一発だけでは突進を止める事は出来ない。そう確信した統夜は盾代わりにクロスさせて構えていた太刀を、更に強く握り締める。
「これで、チェックメイトだよ!」
だが、シャルロットのターンはまだ終わっていなかった。右手に持っていたサブマシンガンのトリガーをで引く。今までであれば、その銃口は統夜の身体に向けられていた。しかし、ISのセンサーが捕らえたその銃弾の行き先は、統夜ではなかった。
「いや──」
全てのグレネードが統夜から1mほどの距離に近づいたところで、遅れてきた銃弾が5発全てに追突する。接触式の弾頭は、遅れて発射された金属の塊によって、強制的に目標へと当たる前に爆発した。
「まだだ!!」
爆炎が、統夜の身体を包み込まんとその花弁を開く。そのまま突っ切ればシャルロットにたどり着く前にシールドエネルギーが尽きてしまう。しかし、そこで終わる統夜ではない。
「斬り、裂けええええっ!」
「嘘っ!?」
交差させていた太刀を全力で振るう。眼前の炎が十文字に裂け、シャルロットの向こう側へと広がる青空が見えた。驚きで一瞬動きを止めたシャルロットを捕らえるべく、トップスピードを維持したまま、統夜が空を翔る。
「ここは、俺の距離だ!」
手を伸ばせばシャルロットに届く、そんな距離で統夜が太刀を大上段から振り下ろす。慌ててシャルロットは二つの銃火器を投げ捨てて、右手の上腕部に据え付けてあるシールドでその双撃を防いだ。
(よし、ここから──)
「ごめんね、統夜」
申し訳なさそうな声が聞こえてきて、思わずシャルロットの顔を見上げる。シャルロットは本当に申し訳なさそうな、同時に勝利を確信した声音で言葉を続けた。
「ここ、僕の距離でもあるんだ」
言葉が終わるのを待たずに、シャルロットの構えていた盾が爆散する。シールドに覆われていたシャルロットの武装を思い出した瞬間、統夜は内心臍をかんだ。
「いっけえぇぇぇぇぇ!」
意識の途切れる直前に統夜が見たものは、鈍色に光る鉄杭だった。
「……今回はいけると思ったんだけどな」
夕飯のペペロンチーノをくるくるとフォークに巻きつけて口に運ぶ。正面に座るラウラが、定食についてきたサラダを咀嚼してからフォークを統夜に突きつけた。
「シャルロットに不得手な距離がある訳無い。今回の失策は近距離戦に持ち込めば勝てると勘違いしたその思い込みだ」
「手厳しいな、ボーデヴィッヒさんは」
「事実を言っているだけだ。そしてもう一つ事実を挙げるとするならば、紫雲の射撃技術は確実に向上している」
統夜とシャルロットの模擬戦が終わったその後、途中から合流したラウラも含めた三人は夕食の為に食堂に来ていた。いつものように、訓練の反省会をしつつの夕食であったが、今日はなにやら風向きが異なっていた。
「何で分かるんだ?」
「紫雲の射撃に対してシャルロットが使用した回避マニューバ。あれはシャルロットが本気で避ける際のパターンの一つだ」
「そ、そうなのか?」
本気、という言葉に反応した統夜が思わず身を乗り出してシャルロットに詰め寄る。天と地、とまでは言わないがISの戦闘では彼女の方が2歩も3歩も先を行っている。その彼女に本気を出させた事実は統夜にとって嬉しいものだった。
「うん。今までの回避パターンだと、当たっちゃうって思ったから」
「そうか、俺の攻撃がシャルロットに……」
練習相手からの言葉を受けて、机の下で拳を握る。心の底からゆっくりと上がってくる一種の達成感の前では、頬が緩まないようにするのが精一杯だった。
「他にも、シャルロットのグレネード弾への対応も見事だった。幾ら耐熱処理が施されたブレードとはいえ、普通だったらそもそも『爆炎を切り裂く』という発想が出てこないだろう」
「な、なんか今日はやけに褒められるな」
『何か裏があるのでは』と勘繰る統夜だったが、当のラウラはその言葉に気分を悪くするのでもなく、淡々と言葉を続ける。
「事実を言っているだけだ。必要以上に訓練生を貶めるような趣味は持ち合わせていないのでな」
「僕、ラウラのこういう姿を見ると本当に特殊部隊の隊長さんなんだな、って思うよ」
シャルロットの言うとおりだと統夜も頷く。学校での様子や私生活を見るだけでは、外見通り小さな少女としか思わない。しかし、こうして訓練内容に的確な評価を下す彼女を見ると、住んでいた世界が違うことを実感するばかりだった。
「おい、聞いているのか紫雲」
「えっと、ごめん。何だ?」
「だから、何故あの時わざわざ爆炎を切った。今までの紫雲であれば、あの場面だとそのまま突っ込んで、シャルロットに斬りつけると思っていたのだがな」
「ああ、あの時のことか」
確かに、ラウラの言う通りだと自分でも思う。もともとISに乗っていてもラインバレルの姿を想定して動いているため、今までであれば多少の被害には目を瞑って突撃する戦法を多く選択していた。今回の場合でも、仮にシャルロットのグレネードによる攻撃を突っ切ってもシールドエネルギーは0になることは無かった。監督役をしていたラウラにとって、唐突な統夜の戦闘スタイルの変化に戸惑ったのだろう。
「僕も気になったんだ。シールド・ピアーズでカウンターは狙ってたけど、驚いて思わずガードしちゃったからね」
「それは──」
二人の質問に答えようとしたその時、統夜の右ポケットが小さく震える。ポケットから携帯電話を取り出した統夜は、届いていたメールの文面を見て小さく声を上げた。
「まずい、そろそろ時間だ」
「時間だと?」
「ああ、男子の入浴時間が今日だけ変わってさ。ほら、風呂掃除があるだろ」
「そう言えば今日のホームルームで山田先生が言ってたっけ。明日、お風呂の掃除があるから今日の入浴時間が短くなるって」
「その影響で、男子の入浴時間が前倒しになったって。一夏がそろそろ時間終わるぞって連絡くれたんだ」
「ならば早く行け。別に反省会は又の機会でも出来る。風呂に入って、今日の疲れを癒してくるんだな」
「ああ、そうさせてもらうよ」
残っていた夕食を大急ぎで掻き込むと、慌てて席を立つ。備え付けのシャワーも部屋にあるため、そこまで急ぐことは無いのかもしれないが、そこは日本人としてゆっくり風呂に浸かりたいのが心情だった。
「シャルロット、ボーデヴィッヒさん。今日はありがとう」
「ううん、お安い御用だよ。また明日ね、統夜」
「訓練したかったらいつでも言え。存分に鍛えてやろう」
こうして、IS学園の夜は更けていく。学園祭も目前に迫った10月。彼らは年相応の平和を楽しんでいた。すぐ傍に、暗雲が迫ってるとも気づかずに。