IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~   作:Granteed

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第六十八話 ~学園祭~

「つ、疲れた……」

 

「お疲れ様、とーやん。はいこれ」

 

ありがとう、と礼を返してミネラルウォーターが入ったペットボトルを本音から受け取る。季節は既に秋に入っていたが、今日は最近でも珍しい見事な快晴だった。普段よりも何倍もいる人間の熱気も手伝って、校内の温度は外よりも2~3度は高く感じる。

 

「ごめんね、おりむーが帰ってこなくてシフト以上の担当こなしてもらって」

 

「いいよ別に。後で一夏に俺の分のシフトこなしてもらえば」

 

「あはは、そうだね」

 

「悪い、遅れた!!」

 

噂をすれば何とやら、統夜と同じく燕尾服姿の一夏が厨房に飛び込んできた。半分近く残っていたミネラルウォーターを全て飲み干すと、首元のネクタイを片手で緩める。

 

「一夏」

 

「悪い、統夜!」

 

「いいけどさ、代わりに──」

 

「分かってる。後でシフト代わるから!」

 

燕尾服のシワを伸ばして、一夏が一息つく。臨戦態勢に入った一夏を見届けてから、統夜は空になったペットボトルを握り潰して手近のゴミ箱に放った。

 

「相川さん。一夏も帰って来たし、休憩行ってきていいかな」

 

「オッケーオッケー!行ってらっしゃい!!」

 

厨房のリーダー担当、相川清香が紅茶を淹れながら顔を向けずに返事を返す。ブローチ型のマイクを外して椅子から立ち上がると、開け放っている窓から丁度良く秋風が舞い込んできた。

 

「学園祭の始まり、か」

 

「とーやん、早く休んでこなくていいの?」

 

「おっと、そうだった」

 

どの出し物に行こうかと思案しつつ、庭を眺める。左右に色とりどりの出店が並び、生徒やその家族が笑い声を上げている。その光景に心が温かくなる統夜だったが、校門のすぐ傍に出来ている人混みを見て思わず目をこする。

 

「紫雲君は休憩いかないの?」

 

「……鷹月さん、ちょっと聞きたいんだけど」

 

近くに寄ってきたクラスメイトに声を掛ける。一点を見つめて固まっている統夜を不思議に思ったのか、箒のルームメイトである鷹月静寐が統夜の後ろから首を伸ばして校庭を見る。

 

「なに?」

 

「あそこ、校庭の傍の人だかり」

 

「ああ、あそこ? 妙に人が集まってるけど」

 

「人だかりの中央にいる女の人なんだけどさ」

 

「あれ? あの銀髪の女の人、何処かで見た様な?」

 

「やっぱそうだよな……」

 

静寐は遠くの景色がぼんやりとしか見えていないが、統夜はその姿をはっきりと捉えていた。学園生徒たちに囲まれて、一際背の高い銀髪の美しい女性が立ち往生しているのを。

 

「あっ、あの人ってモンド・グロッソの総合優勝者の記録にあった──」

 

静寐の言葉を聞き終える前に、統夜は駆け出していた。廊下を行き交う多くの生徒たちとぶつからないようにしながら、最速で校門へとひた走る。そして校門までの道のりを半分ほど行き、廊下の角を曲がったところで一人の女子生徒と鉢合わせする。

 

「統夜? ど、どうしたの?」

 

急いでいる統夜を訝しんだのか、生徒が声を掛けてくる。思わず無視して横を通り過ぎようとするが、生徒の姿を見て自然と足が止まった。

 

「簪……だよな?」

 

「う、うん。もしかして、この格好、変?」

 

一見、彼女の服は白装束かと思う程、白一色だった。しかし、裾に近づくほど青に染まっている。髪と同じく空に近い青色の帯で長襦袢を留め、足元は足袋と背の低い草履で覆っている。眼鏡と髪飾りを外し、更に服装が変わっているのでがらりと印象が変わっていた。

 

「あ、ああ。変じゃない、と思うけど」

 

「そ、そう?」

 

簪に釣られるように、統夜の口調も片言に近くなる。統夜の言葉に気を良くしたのか、簪ははにかみながら両手を広げてその場でくるりと一回転した。

 

「それで、どうしたの? 急いでたみたいだけど」

 

「えっと、なぜか校門にいて、それで人も沢山いて……ああ、後で説明する!」

 

身振り手振りで説明しようと試みるが、途中から面倒になったのか頭を2度3度と掻いて、くるりと踵を返す。

 

「悪い、後でちゃんと説明するから!」

 

「と、統夜待っ──」

 

簪の言葉を待たずに、再び駆け出す統夜。草履を履いた簪では統夜に追いつけるはずも無く、あっという間に声が遠ざかっていく。簪を置いていくことに若干の心苦しさを覚えながらも、残り半分の道程を走破する。外履きに履き替えることもせず、室内用の革靴のまま校庭に躍り出た統夜は人だかりの外周に辿り着くと、大声で叫んだ。

 

「ね、姉さん!!」

 

統夜の声はそのまま人混みを掻き分け、モーゼの如く人の海を割り、統夜と女性を結ぶ空間を作り出す。人の輪の中心にいた女性は、聞き慣れた声に顔を向けた。

 

「あら、統夜。そんなに慌ててどうしたの?」

 

「それはこっちの台詞だろ。何だよこの人たち!?」

 

「わ、私のせいじゃないわよ。アリーが入場の受付するのを待ってたら、こうなって……」

 

姉にしては珍しく、申し訳なさそうに頬を掻いて釈明していた。統夜とカルヴィナの関係を全く知らない群集は、気取り無く会話する二人を取り巻いてざわめいている。

 

「紫雲君って、カルヴィナ様の弟なの?」

 

「そんな訳ないでしょ。苗字違うし、そもそも似てないし」

 

「でも今、姉さんって紫雲君が……」

 

息を整えた統夜が顔を上げてカルヴィナに近づいていく。近づくにつれて、二人の一挙手一投足を見守る群衆は自然と静まり返っていた。そして、あと数歩といった距離まで二人が近づいたところで、カルヴィナが手を口元に当てる。

 

「……ふふっ、ふふふふ!!」

 

「姉さん?」

 

唐突に口と腹部を押さえて、カルヴィナが笑い出す。普段あまり笑わない姉が、ここまで大きく笑い声を上げるなど滅多にないと知っている統夜は、驚きと困惑の入り混じった顔をする。

 

「と、統夜!そ、その格好、どうしたのよ!?」

 

片手で腹部を押さえながら、空いた手で統夜の服装を指差す。笑い過ぎているせいで、統夜を指している指もぷるぷると震えていた。衆人環視の中で、自分の服装を指摘された統夜が恥ずかしさで顔を赤く染める。

 

「う、煩いな! 俺のクラスの出し物で、この格好しなきゃいけないんだよ!!」

 

統夜自身、《この格好|燕尾服》をするのには大分抵抗があった。しかし、クラスの出し物として決まったこと、一夏一人にこの格好をさせるのは不公平であること、その他理由を併せてクラスメイト達に懇願されれば、幾ら統夜でも断りきるのは不可能だった。だが、着ることを納得することで、着ることによる恥ずかしさが消える訳ではない。そのため、学園祭に来るカルヴィナに対して、ひたすら自分のクラスの出し物は伏せていたのだった。

 

「そんな服着なきゃいけない出し物って何なのよ?」

 

「……仕喫茶」

 

「ちょっと、聞こえないんだけど?」

 

「御奉仕喫茶、だよ!」

 

やけくそ気味に、大声で言い放つ統夜。カルヴィナは最初こそぽかんとした顔をしていただが、次第に先程より大きい声で笑い出す。

 

「ご、御奉仕喫茶って! ちょ、ちょっと笑わせないでよ!」

 

「……っ!」

 

数秒間、姉の笑い声を棒立ちのまま受ける統夜。周囲の人々は場の光景についていけず、ただただ見守るだけだった。

 

「ふふふっ……ふぅ、1年分は笑った気がするわ」

 

「ああ、そうかよ」

 

「そうそう。統夜、貴方──」

 

「随分と騒がしいな」

 

直後、観衆の外側からぴしゃりと声が響く。統夜とカルヴィナが揃って顔を向けると、取り囲ん

でいる見物人を掻き分けて黒髪の美女が進み出てくる。

 

「お、織斑先生」

 

「……」

 

歩み寄る千冬に対してカルヴィナは口を真一文字に引き結んだまま、千冬の言葉を待っていた。

 

「おやおや、一線を退いて今やのんびりと暮らしている元世界最強じゃないか。戦いから距離を置いて過ごす気持ちを是非お聞きしたいな」

 

「あらあら。そういう貴方は決勝戦を前にして逃げ出した臆病者でしょう。貴方の所に私の大切な弟を預けているのが不安で仕方ないわ」

 

(な、なんだ……?)

 

喧嘩腰で言葉をぶつけ合う二人の間で、統夜は訳も分からず両者の顔を見比べる。互いに険悪な顔で相手をねめつけるその姿は、どう見ても仲の良い大人の物ではなかった。

 

(だ、だって姉さんは織斑先生のことを知り合いだって言ってて、織斑先生も姉さんのことを知ってて)

 

カルヴィナから千冬の事は何度も聞かされた。千冬もカルヴィナを慮って、学園祭のチケットを融通してくれた。そんな二人だからこそ、統夜は良い仲であると思っていた。しかし、それは全て勘違いで、実は間違っていたのかもしれない。目の前で繰り広げられている光景が全てを物語っている。

 

「言ってくれるじゃないか。今ここで、あの時の試合をやり直しても私は一向に構わないんだがな」

 

「決着がついている過去をほじくり帰す気はさらさら無いわ。あの試合は私の勝ちで、貴方の負け。その事実は揺ぎ無いのよ」

 

腰に手を当てて勝ち誇るカルヴィナに、更に千冬が歩み寄る。互いの顔が触れ合おうという距離でようやく立ち止まった千冬は、正面から相手の両目を睨みつけた。

 

「「……」」

 

口を結んで黙る二人と反対に、周囲の観客がざわざわと騒ぎ始める。今ここで一戦交えようかという両者の気迫が周りを覆い、当初の浮ついた空気はなりを潜めていた。

 

「あ、あの、二人とも……」

 

「「……フ、フフフフフッ!」」

 

一触触発の状態をなんとかしようと果敢に声を掛けた統夜だったが、同じタイミングで二人が顔を伏せて笑い出す。全く持って理由が分からない観衆と統夜は、ただただ見守ることしかできなかった。

 

「──全く、数年振りだというのに相変わらずだな。貴様は」

 

「それはこっちの台詞よ。統夜から聞いていたけど、貴方は教師になっても全然変わってないのね。そんなんじゃ生徒に好かれないわよ?」

 

「余計なお世話だ」

 

顔を上げた二人は互いに笑いあうと、両手を大きく広げて相手を抱きしめた。抱きしめあう二人を見て、周囲はようやく理解した。今までのは盛大な茶番だと。親友にしか分からない、世界で唯一つの挨拶の仕方なのだと。

 

「自分の身分を考えろ。正門から入ってくれば、騒ぎになるのは目に見えているだろう」

 

「貴方に連絡取って迎えに来てもらうのも悪いでしょう。今の私、一応一般人よ」

 

「馬鹿を言え。友人を迎えるに悪いも何もあるか……ん、何だ貴様ら。見世物ではないぞ、散れ散れ」

 

先程の空気はどこへやら、仲の良い有人同士の会話へと興じる二人。そこでようやく周囲の様子に気づいたのか、ぱんぱんと手を叩いた千冬が観客を散らせる。名残惜しくちらちらと視線を向けながら去る生徒もいたが、流石に真正面から言う勇気も無く大人しく散っていった。

 

「すまないカリン、遅くなった」

 

「お帰りなさい、アリー。紹介するわ、千冬。こちらアル=ヴァン・ランクスよ」

 

「アル=ヴァンランクスだ。呼ぶ時はアル=ヴァンで構わない」

 

「織斑千冬だ。宜しく頼む」

 

アル=ヴァンが伸ばした手を、千冬が握る。握った手から何かを感じ取ったのか、小さく微笑んだ千冬はアル=ヴァンの瞳を覗き込んだ。

 

「成る程。流石、カルヴィナの相方を務める男だけのことはある」

 

「御冗談を。私など、カルヴィナや貴方の足元にも及ばない」

 

「ISならともかく、生身でなら分からないだろう。いつか手合わせ願いたいものだ。さて、立ち話も何だろう、二人ともついて来い」

 

「それじゃ統夜、また後でね」

 

千冬とカルヴィナ、アル=ヴァンの三人が去った後、残された統夜は呆然と立ち尽くしていた。抜け殻の状態となっている統夜に近づく小さい影が、その背中に声を掛ける。

 

「え、ええっと統夜、何かあったの?」

 

「……簪、俺決めたよ」

 

「う、うん」

 

「次、姉さんと織斑先生に会ったら、絶対文句言う」

 


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