エーミールvsメカエーミール \総天然色/   作:えみるん

1 / 1
※シュールです。そうか、そうか、つまりこれはそんなやつなんだな、という寛大な心でお読みいただければ幸いです。


エーミール最後の戦い

 僕の隣の家には、いっぷう変わった奴が住んでいた。

 名をハインリヒという彼は、僕と同じくして蝶の熱心な蒐集家である。

 

 だが僕は、彼と相容れることはないだろうと直感していた。

 いや、それは直感ではない。確信だ。

 なぜなら彼と僕とでは、その蒐集において決定的なちがいがあるからだ。

 

「へい、エーミール!」

 

 その日も彼はやって来た。

 反復横跳びを繰り返しながら僕の家にやって来た。

 徐々に徐々に間合いを図るよう、横向きのままやって来た。

 意味がわからない。

 

「何しに来た」

 

 訊ねた僕に対し、彼は親指を立てて気持ち悪いくらいの笑顔でこう言う。

 

「反復横跳びを繰り返していたら、いつのまにかこちらに来ちまったのさ!」

 

 言っていることがひとつとして理解できなかった。

 おかしい。僕の知る限り、彼はこんな性格の奴ではなかったはずなのに。

 

「反復横跳びでなぜいる場所がずれるんだ」

「こう、なんだろな。右の……そう、右のほうが少し脚力が強かったらしいね」

「知るか」

「あるいは君に会いたいという気持ちが、自然と僕をこの家へ引き寄せたのかもしれないぜ☆」

「気色悪い」

「HAHAHA!」

 

 今の彼はとにかく存在そのものがやかましい。

 

「君って奴は、今日も非の打ちどころがないくらい決まっているね!」

「そうか。ところで君の家は中庭の向こうだが」

「おいおい、エーミール。僕は自分の家の位置を忘れるほど間抜けじゃないぜ! 用があるに決まってるだろう」

「反復横跳びはどこ行った」

「反復横跳び? なんだい、それは。反復横跳びをしていて移動するわけないだろう。君は意外と抜けているところがあるようだね」

 

 ここまで腹の立つ煽りはいっそ才能だろう。

 この世のありとあらゆる不幸が彼に降りかかればいいのに。

 

「というわけで君に用があって来たのさあ!」

「そうかそうか。僕にはない」

「はっはー! まったく君って奴はいつ見てもウザいな!」

「そうかそうかそうか。君にだけは言われたくないな」

「じゃあお邪魔するよ」

 

 邪魔すぎる。

 

「何しに来たと訊いている」

「おいおい、決まっているだろう?」

 

 彼は白い歯を見せて言った。

 彼はいつだって喋るときは必ず白い歯を見せる。

 折れろ。

 

「――ムシバトルさ!」

 

 僕は無視をして家に戻った。

 彼は当たり前のように後ろからついて来た。なんで。

 

「やあやあ先生! 隣の僕です! はっはっは、いやいやお構いなく、お紅茶はミルクを後入れでお願いしますよ! いやなに何々、エーミールのような奴と付き合えるのなんて僕くらいのものですからね! ええお構いなく!」

「お前本当に黙れよマジで」

 

 予告もなく来ておきながら信じられないくらい厚かましい要求を平然と僕の父親に求めていやがった。

 これまでの彼と言えば、下手くそな標本をこそこそと誰にも見せずひっそり楽しんでいた根暗な奴だったのに。

 ある日突然、彼は豹変したのである。

 それは、まるで蛹から蝶へと羽化するように。

 

 つまり変態って意味だ。

 

 その日、もはや怪人と化した彼は言った。

 

「へい、エーミール! 突然だがいっしょに遊ばないかい?」

「……誰だお前」

「おいおいおいおいおい! 大親友の僕を忘れるなんて酷い奴だな君は!」

「おやあ、あれえ、えっと君はこんな奴だったかな……?」

「僕は僕さ。君が君であるように、ネッ!」

 

 指をパチンと鳴らして、彼は僕にウィンクをした。

 三日も煮込んだオートミールを食べるときでさえここまでの吐き気はしないだろう。

 

「……僕の知ってる君はそんな奴じゃなかったんだが」

「はっはっは! まったく笑わせるぜ。男子三日合わざれば刮目して見よっつーことわざを知らないのかい?」

「知らないんだが」

「そうかそうか。つまり君はそういう奴だったんだなあ」

 

 コイツ本当に信じられないくらいウザいな。

 

「まあまあまあ。小さいことは気にすんなって! ほら、僕が根暗な君と遊んでやるからよ。感謝しな」

 

 死ね。

 という端的な返答が心に浮かんだが、これでも僕は自分の身分というものを弁えている。

 その自制が、僕に汚らわしい言葉の遣い方を躊躇わせるのだ。何もこんな奴に付き合う必要はない。

 

「虫ばっかと遊んでっと、そのうち人間の言葉を忘れちまうぜ、エーミール?」

「死ね」

 

 彼が堪えることなどなかった。

 

 さておき。何度忙しいと告げても自室までついて来る彼を振り払うことはできず。

 結局、当たり前みたいなツラして部屋に居座ったた彼は、僕の親に集った紅茶を小指だけ立てて飲みながら(本当にウザい)偉そうにさらなる要求を重ねてきた。

 

「茶菓子はなんでも構わないぜ? ただしセンスは問われることになる」

 

 敵地を占領した侵略者でさえ、もう少し慎みという概念を知っているだろう。どんなコンキスタドールもインベーダーも、彼よりはまだ話が通じる。

 

「エーミール。君という男がいったいどんなもてなしをするのか。ここに、なあ? 男の度量が問われるんだぜ?」

「霞でも食んでろ」

「おいおい、エーミール。古今東西、人間が空気だけで生存した事例はないんだぜ! そんなことも知らないとはね。いやはや畏れ入るよ。君という奴は実に――」

「ただの皮肉だ! 流れでわかるだろうが!」

「――ん、肉? いいねえ、夕食はバーベキューと洒落込もうじゃないか。ランクはA5で頼むよ。もっとも僕の舌で肉の味など判別できないんだけどね☆」

「君はいったい何語で喋っているんだ!」

 

 あらゆる意味で言葉が通じなかった。何言ってるのかひとつもわからない。

 結局、もてなしがなされないと知った彼が「そうかそうか、つまり君はそういう奴だったんだなあ……」とがっかりしながら黙るまで、僕は肩を怒らせ続けるほかなかった。

 

「ふふん、まあいいさ」

 

 それでも彼はめげない。

 僕はもうめげている。

 

「いいか。もう部屋に入ったことはどうこう言わない。だが書かれている決まりは守ってもらおう」

 

 それでも釘を差す僕は自分でも健気すぎて涙が出てくるほど。

 

「任せろよエーミール。僕が君との約束を破ったことが一度でもあるかい?」

「数え切れないほどにあるだろう!」

「悪いね。僕の記憶には存在していない事実だぜ」

「なんて都合のいい記憶力をしてやがる」

「だいたい数えられないほど多い数ならもうゼロと変わらないだろう?」

「なんて都合のいい数学しやがる」

「こうして君の都合のいいときに来てやっているわけだしな。優しさって、なあ、エーミール。きっとこういうことだと思う」

 

 僕は彼を殴った。彼は座ったまま横にぶれて躱した。

 反復横跳び移動法を極めた僕にその程度の拳が当たると思わないほうがいい。

 という台詞で僕はもう泣きそうだった。

 

「まあまあ。心配するなよ、君に迷惑はかけないさ」

「君が僕に迷惑をかけない手段なんて、呼吸か心臓のどちらかを止める以外にないだろう」

「七日くらいでいいなら」

「七日くらいなら止められるのか!?」

 

 こいつならやりそうだと思ってしまう自分は、きっともう彼に毒されている。

 いったいどうすれば除染できるのだろう。僕にはわからなかった。

 

「この約束を守ればいいんだろう?」

「もう破ってるんだよなあ」

 

 僕は死んだ目で壁を眺める。

 その張り紙に、彼が侵略してきたときのための決まりが何項目も書き連ねてあるのだ。

 

 

 

《ハインリヒがやってはならないことリスト》

 

 1、ハインリヒは許可なく僕の部屋に入らない。

 2、許可とはひと声かければいい、という意味ではなくしっかり許しを得ること。

 3、プレゼントと称して僕の部屋で蛾を大量孵化させてはならない。

 4、卵から孵さなければいい、という意味ではない。野生の蛾を持ち込むこともいけない。

 5、蝶と蛾は本質的には同じものであるというコトを理解しなければならない。

 6、蟻もダメ。

 7、昆虫類全ての持ち込みを禁じる。

 8、僕の父親はめだかの先生ではなく、ここはめだかの学校ではない。生物を持ち込まない。

 9、標本にしてもダメ。

 10、こっそりポケットに忍ばせても「持ち込んだのはエーミール」という理屈は通らない。

 11、この家の敷地内にある全ての食料は君のために用意されたものではない。

 12、勝手に紅茶を淹れてはならない。

 13、茶葉のまま食べればセーフという意味ではない。

 14、たとえ君の作る紅茶のケーキが絶品であろうとそれを餌に僕の母親を懐柔してはならない。

 15、この家の住人の体重を増やす行いを禁ずる。

 16、僕の体重をストレスで減らす行いを禁ずる。

 17、僕の部屋で「朝目覚めたら自分が蝶になっていた」ごっこをすることを禁ずる。

 18、この家のエンゲル係数を増やすことを禁ずる。

 19、この家の家具を増やすことも禁ずる。特に寝具の持ち込みは即刻退室である。

 20、僕のベッドは君のベッドではない。僕のものに君のものであるものは何ひとつとしてない。

 

 

 

 

 見ているだけで吐き気がしてきた。

 これまでのトラウマを思い出してしまうからだ。痩せるぅ。

 本当は二枚目以降まで百以上の項目があるのだが、僕はこれ以上その内容を見ていたくなかった。

 

「結局、君はいったい何しに来たんだ」

 

 頭を抱えて訊ねた僕に、彼はこの世で最も腹の立つ笑顔を見せて言った。

 

「ムシバトルだと言っただろう!」

「僕の家の昆虫は全て標本になっている。生きたものはいない」

「またまたー。知ってんだぜ、お前がヤママユガを孵化させたっつー情報をよぉ」

「……、どこで知った?」

「SNSには気をつけろってコト」

「SNSってなんだ」

「Sそこに Nないしょで S仕掛けた機械」

「おおおおおおおお前何をしたァ!?」

 

 怖気を覚えて、僕は彼が指差した方向を見た。

 特に何も置かれていなかった。

 

「う☆そ」

「オァアアアァァアァ……ッ!」

 

 僕は自律神経を失調し、呼吸の方法を忘れ、脈動の感覚を喪い、危うく人間ではない何かに変態する寸前だった。

 すでに人間ではない何かに変態してしまった彼はといえば、おぞましい笑みを浮かべながらこう言った。

 

「そう怒るなよ、えみるん」

「誰がえみるんだ!」

「そんなにカリカリすると早死にするぞ? カルシウム足りてないんじゃないの? 牛乳飲む?」

 

 彼が設置した僕の部屋のミルクタンクを指差した。本当に畜生。

 

「誰の……せいだと……ッ!」

「自分でやらかしたことの責任は常に自分で取るべきさ、エーミール。少なくとも僕はそうしている」

「あ゛あ゛あ゛お゛あ゛――――ッ!!」

 

 なぜこの国の司法は、彼の如き悪鬼をのさばらせているのだろう。理解できない。

 迅速にして早急なる法改正が必要であることは判断を待たないというのに。

 それともこの国はもはや彼を持て余しているというのか。ならば敵国に送って生物兵器として運用するのはどうだ。

 なんでもいい。とにかく僕とは離れたところでだけ存在ていてくれ。もしくは存在しないでくれ。

 

「まあまあ。そんなことより、ムシバトルしようぜ!」

「僕はそんな野蛮なことはしない!」

「えー。なんだよなんだよ、お前のヤママユガの力を見せてくれよ」

「知るか! 知るか知るか知るか知るか知るか!」

 

 何か、嫌な予感がした。僕は彼にだけは大切なクジャクヤママユを披露するまいと心に誓う。

 それは直感だ。そう、たとえるなら正しい歴史の流れを察知するのに似た、神託とも言うべき直感。

 彼にアレを見せては必ず酷いことになる。僕はそう、疑いなく確信していたのだ。

 

 ――そうだ。それだけは許せない。

 きっと、どこかの世界には、あのヤママユガを守り切れなかった僕がいる。

 それは僕の過失、僕の弱さなのだろう。なぜだか、そういう直感が僕にはあったのだ。

 

 ならば守ろう。

 僕はヤママユガを見つめながら、そう誓った。

 守るよ。僕が、君を。どんなことがあっても必ず、僕が守り通してみせる。

 

 だから僕は口を開いた。

 

「だいたい、なんだ! 君は別に虫を持っていないじゃないか! 何をどう戦わせるって言うんだ!!」

「え? そりゃお前、男が戦いに誰かの力を借りるなんて恥ずかしいだろ?」

「お前がやんのかよォ!」

「当たり前だろ」

「どこの並行宇宙の当たり前なんだそれは! 一匹の虫を相手に人間が相手取るほうがどう考えても男らしくないだろうが! それ以前に君は虫ですらないだろうが!!」

「長い。ひと言で」

「くだばれやあ――――――――ッ!!」

 

 大声で叫んでしまったせいで、なんだか呼吸が荒くなっていた。

 だが、これほど騒いでも階下の両親は反応しない。「いいお友達ができたなあ」とそっぽを向くだけである。

 

「……仕方ないなあ」

 

 やがて、彼はそう言って溜息を零す。

 お? と僕は思った。彼がこんな風に引くなんて、きっと明日はスコールだ。

 だが違った。

 

「じゃあこっちも虫を用意すればいいんだろ?」

「は。いや――そういうことじゃ」

「それじゃ仕方ない。カモン、マーイ、メカエーミール!」

「めかえーみーる」

 

 鸚鵡でももう少し豊かな感情の機微を見せるだろう声音で僕は彼の言葉を繰り返した。

 というかこいつ今なんつった?

 

 ――シュゴゴゴゴゴッゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――。

 

 そのとき、窓の外から何か蒸気が迸るような音が届く。

 僕は反射的に窓際へ駆け寄って、外を見た。

 そこには、ヤママユガがいた。

 

 メタリックカラーのボディから煙を噴き上げぎちぎちとゼンマイを駆動させながら空を舞うヤママユガ、じゃない!

 

 これはヤママユガじゃない!

 ていうか生物じゃない!

 嘘でしょ。え、いや、ていうかこれはないでしょ。なんなの。何が、え、――は?

 

「これ、は……?」

 

 訊ねたというより、単に漏れただけの疑問。彼はそれに答えて曰く。

 

「――メカエーミールだ」

「メカエーミール」

「そう。メカエーミールだ。ヤママユガの鱗粉には特別な力があってな」

「ないよ」

「そうして生まれたのがメカエーミールである」

「メカヤママユガじゃなくて?」

「君に対抗するために創り上げた機械の体を持つ虫だからな。君から名前を貰った」

「それは虫ではないのでは?」

「だからメカエーミールだと言っている」

「だからて」

「ほら、よく見ろよ。胴体はちゃんとエーミールになってるだろ?」

「それは虫ではないのでは!」

 

 混乱しながらも、窓へ近づいてくるメカエーミールを僕は見た。

 すると確かに、それは人間の体から蝶の羽と触覚を生やしているってイヤァこれ化物ォ。

 

 そいつと目が合った。

 その瞬間、メカエーミールはものすごい勢いでこちらに向かって飛翔してくる

 

「ひい!?」

 

 思わず僕は窓を閉ざした。

 メカエーミールがガラスにぶち当たって墜落した。

 

「ああっ、メカエーミールが!?」

 

 その惨劇に顔を覆った彼は、メカエーミールを助けるため窓を開けて地面へと飛び降りた。

 僕は再び窓を閉めると、ついでに窓の鍵も閉める。

 

「大丈夫か、しっかりしろ!」

「ガガ……ま、ますたー……ぼく、ハ……」

「くっ。もう喋るな、メカエーミール!」

「ガ――ガガ、ピ――ぼ、ぼくハ――アナタト、アエテ、シアワセ――でした……」

「メカエーミール? メカエーミール、やめろよっ。そんな、これで終わりみたいな……!」

「オシアワセ、ニ――ます、た――ぁ…………蛾蛾蛾蛾蛾蛾蛾蛾蛾蛾蛾蛾」

「メ――メカエーミールぅ――――――――ッ!!」

 

 僕は屋敷中のあらゆる鍵を閉めて。

 それから言った。

 

「……引っ越そうかな」

 

 

     ※

 

 

 その後、各地を逃げるように転々としながら、エーミールは昆虫採集に明け暮れた。

 もう二度とあのような悲劇を繰り返さない。僕は僕らしく、自分らしく生きてやるのだから。

 その決意が、数十年にわたる時をたったひとりで過ごしたエーミールの心の支えであった。

 だがあるときのこと。彼の住む山小屋に訪れた客が、

 

「やあ、エーミール、久し振り!」

 

 メカエーミールからさらなる進化というか変態を遂げたメガエーミールを目にしたエーミールはその場で気絶した。

 けれど、彼は確かに、ヤママユガの標本を守り通したのである――。

 

 本来の歴史とは少しだけ異なる、それが、エーミール最後の戦いの顛末であった。

 

 

 

 ~完~ \テーレッテレー/

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。