卵果
この世界の中心である黄海。
その黄海の中央に一際高く連なる五山のうちの一つ蓬山といわれている山の中腹に蓬盧宮があり、その中に世界で唯一麒麟の実る木、捨身木がある。
その捨身木の地下の空洞は広い洞窟になっており、その薄暗闇の洞窟には一人の老婆がいる。
この洞窟内には老婆以外にももう一つ生き物の気配がある。
黄金色の獅子の脚に魚鱗のある腕、背中には鷹の翼があり同じような色の羽毛が上体を覆っている。更には、蜥蜴の尻尾まである。
異形の姿をした女だ。
「いい女怪だ。」
老婆が洞窟内の空気を震わせて声を上げる。
「獅子の脚に魚鱗の腕、蜥蜴の尾。上体は鷹だね。いい具合に混じっている。」
洞窟の上方には捨身木の根が広がっており、そこには金色の果実がいくつか生っている。
異形の女の足元にも先程まで果実の形をしていたそれが殻となって転がっている。
彼女はつい先ほど金色の果実から孵ったのだ。
「ライカ。お前の名前は白徠河だ。」
先程から洞窟内に響く老婆の声など彼女、徠河には一切聞こえてなどいない。
頭の中にある言葉はただ一つ。
「ーー塙麒」
生まれれたばかりの足を震わせながら目の前にある石段を徐々に昇っていく。
「ー塙麒」
やがて石段の向こうに光が見えると先程までは震えていたその足で地を踏み駆ける。
徠河が陽の光の下に出ると目の前にある低く大きな木に駆け寄る。
真っ白な枝を伸ばした木、これこそが捨身木だ。
「・・・塙麒」
捨身木には徠河を実らせた根と対を為す位置に金色の果実がある。
まだ小さなその金色の果実を徠河はその魚鱗に覆われたしかし人の手で優しく慈しむようにして包み込む。
決して離さないとでもいうかのように。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「・・・かの塙果はまだ孵らないのかえ?」
蓬山の主で蓬盧宮の女仙たちの長である碧霞玄君玉葉は遠目に塙果の生る捨身木を見ながら訝しむ。
それも当然だろうか。
塙果が生ってからもう既に五年が経っているのだ。捨身木になる麒麟の果実が普通は十月十日で孵ることを考えると五年経っても未だ孵らない塙果はおかしい。
「はい。塙麒の女怪である徠河もずっとあのままで・・・
まあ、つい最近帰山なされた峯麒のように蝕に流されないだけましなのでしょうが。」
七年前にこの捨身木に生った峯果は蝕によって崑崙へと流されてしまったのだ。
それもつい最近、蓬山へと帰ってきてどうにかなった。
このままいけばもう少しで芳国に待望の麒麟旗が上がることだろう。
しかし、目下注目すべきは塙果なのだ。
長い時を生きる天仙の玉葉でさえ五年経っても未だ孵らない麒麟の果実など見たことがなかったのだ。
玉葉が未だ孵らない塙果のことを案じていたその時。
突然、大気が、蓬盧宮が、蓬山が震撼した。
「っ!?何事か?!」
蓬山が震えている、蓬盧宮が鳴いている。
不気味な音が辺りの大気を震わせ響かせる。
玉葉は天を仰ぐ。
「・・・天は巧国を如何にするおつもりか。」
玉葉と話していた女仙が玉葉のそのつぶやきを聞いて同じように天を仰ぐ。
「蝕・・・」
赤みを帯びた空間の歪みが天を覆っていた。
その不気味な空間の歪みが塙果の生る捨身木の方へと向かう。
「!そんなっ!塙麒・・・」
五年も孵らない巧国の麒麟の果実がその上更に蝕に流されるか。
玉葉と蓬盧宮の女仙たちの思い空しく塙果は蝕によって流されたしまうのだった。