今より18年も昔のこと。
蓬山は蓬蘆宮の捨身木に五年も経っても未だに孵ることのない塙麒の卵果があった。
いくら麒麟の卵果なのだとしても流石にまだ孵らないとはおかしい。
蓬蘆宮にいる碧霞玄君玉葉や女仙たちは皆訝しんでいた。
さらに、芳の卵果も蝕に流されていたこともあり蓬山にいる者は蓬山公がいる時とは違って皆どこか雰囲気が暗かった。
しかし、塙麒の女怪である徠河だけは違った。
ただ彼女はひたすらに塙麒が孵るのを待っていた。
それが女仙たちをわずかながらに勇気付けていた。
しかし、18年前のある時、徠河や蓬山の女仙たちは唐突に捨身木に生っていた塙果を蝕によって奪われてしまった。
その数年前には峯麒が蓬山に崑崙より帰った来ていて、塙果が流されて数年後には柳の卵果が捨身木に生って何の問題もなく劉麟が孵ったことで暗いムードだった蓬山中の雰囲気が明るくなったからよかったが、今まで蓬山の女仙たちを勇気付けてくれていた塙果を失ってしまった徠河が落ち込みながらも失った塙麒を探すために生傷を負いながら度々黄海の東の方をくまなく探し回る様を見過ごすなんてことは出来なかった。
特に碧霞玄君玉葉に関しては胎果である延麒に頼み込んで崑崙か蓬莱に渡ってしまった塙麒の捜索を峯麒を見つけてくれてすぐのことで申し訳なく思いつつも頼んだ。
延麒は現在いる麒麟の中でも特に古株に当たる。
胎果であることもあってか現在蝕によって流されてしまった泰麒や峯麒を見つけてこの蓬山へと連れて帰ってきてくれたのだ。
玉葉にとってみれば塙麒を見つけ出すにはこれが最善の方法だった。
延麒の捜索空しく塙果が蝕に流されてから15年以上も経ってしまった。
麒麟にとっての毒も多い蓬莱や崑崙ではもう塙麒の生存は絶望的である。
しかし、塙麒が蝕に流されてから17年、今より一年と半年前に転機が訪れた。
なんと延麒が蓬莱にて16になった塙麒を見つけてきたのだ。
その報告に蓬山中が喜びに沸いた。
もちろん徠河もだ。
すぐに廉麟を呼んで呉剛環蛇によって泰麒や峯麒の例に漏れずこの蓬山へと連れてくることが決まった。
塙麒は確かに呉剛環蛇のその先にいた。
さっそく徠河は廉麟の協力で塙麒をこの蓬山へと連れて帰ろうと呉剛環蛇の先に手を伸ばした。
徠河の手はしっかりと塙麒を掴んだ。
しかし、塙麒は一瞬は許した徠河の手を振りほどいた。
この世界とあちらの世界を繋ぐ塙麒と徠河の手が無理矢理に離れたことによって空間は不安定になり蓬莱に小さいながらも蝕が起きてしまった。
徠河は混乱の中、せめて塙麒を守ってくれと思いを込めて巧州国の宝重である霊馴綜を無意識に放り込んだ。
・・・確かに塙麒はいた。
そして、この十二国の世界へと連れて帰ることは出来た。
しかし、塙麒はこの蓬山に帰らなかった。
徠河はこの一件以降今まで以上に落ち込んでしまった。
廉麟のおかげで塙麒はこの世界にいる。
しかし、どうしても動けなかった。
せっかく見つけたというのに自分が手を放してしまったせいで塙麒を安全にこの蓬山へと連れて帰ることが叶わなかったのだ。
それに、徠河はその手をいきなり手が現れて混乱していたとはいえ当の塙麒に振り払われてしまったのだ。
いくら女怪が麒麟のために命を賭してでも動く生き物なのだとしてもやはり生き物なのだ。
感情くらいはある。
そうしてその時から一年と半年が流れた。
今、蓬山は劉麟に面会に来る昇山者に対する準備で忙しい。
劉麟ももうすでに12になった。
「そうか。もうそろそろかえ?」
「はい、玉葉様。
昇山者たちはもうすぐ近くまで来ていることでしょう。」
この蓬山のなかでも上位に位置する玉葉に対し話をしているのは泰麒に続き現在の蓬山公劉麟の世話役に選ばれた蓉可である。
「しかし、徠河は未だに捨身木の前から動かぬのかえ?」
「・・・はい。」
普通は金の麒麟の卵果が生るはずだが果実の一つもない枝だけの捨身木の前にじっと伏しているその姿は女仙たちの心に哀しみを募らせるに余りある。
事実、それを思い出した二人の表情は悲哀に満ちている。
「・・・この世界に戻ってきたのは分かっているのだ。
せめて、慶国や雁国に辿り着いてくれればよいものを・・・」
ここで塙麒の生国であるはずの巧国の名が出ないのがまた二人を哀しみに浸らせる。
他の二国に比べて王のいない巧国は荒れているのでしょうがないといえばそうなのだが。
「黄海に流れ着いたというのもありえなくはないでしょうね。
もしかしたら今回の昇山者の中に混じっていたりして・・・」
蓉可はどうにかしてこの空気を変えようとしたが失敗に終わる。
もしも本当に使令一匹すらいない塙麒が黄海に流れ着いていたら命がいくらあっても足りないからだ。
二人の間に何とも言えない空気が流れる。
「ぎ、玉葉様っ!」
その時緊迫した様子の一人の女仙の声が聞こえた。
塙果が生った時から決められていた塙麒の世話役ともいえる女仙である樟崋だ。
「どうしたというのだ?」
「徠河が、徠河がっ!」
樟崋は息を荒げながら答える。
「徠河が突然風のように門の方まで駆けて行ったのです!」
その言葉に玉葉と蓉可は非常に驚いた。
今まで一年半もずっと落ち込んでじっとしていた徠河が突然起きて駆けて行った。
ということは・・・塙麒か?
「蓉可よ。もしやそなたの言っておったことが真になったやもしれぬ。」
「っ!?
それは、もしかして!」
玉葉は蓉可の言葉に対して頷いて答えた。
「では、甫渡宮まで行くとしようかの。」
玉葉は蓉可や樟崋、女仙たちを連れ立って昇山者たちが揃いつつある甫渡宮へと向かった。