巧州国の民が列になって黄海の北東の方向にある令艮門からぞろぞろと蓬山は甫渡宮へと向かって居る。
前王錯王が崩御してのち優に22年の歳月を経てようやく巧州国の各祀に麒麟旗が掲げられたのである。
普通は麒麟が昇山者と対面するまでに10年ほどの時間があれば十分のはずなのだが、この巧の麒麟である塙麒に関しては塙果が孵らなかった5年の間のことを蓬山が情報を流すのを伏せていて、更に蝕に流されてしまったことも伏せていたことでそのまま20年以上もの間を塙麒についてのことを聞くことが叶わなかったのである。
巧国の中枢である喜州傲霜は翠篁宮や各州城の官吏たちは塙麒は蓬莱か崑崙にて息絶えてしまっているのではないかと噂されていたのである。
上位の官吏たちは新たな塙果が捨身木に生ったという知らせを蓬山から待つばかりであった。
しかし、久しぶりに翠篁宮に蓬山から届いた知らせは塙麒が蓬山に帰還したという非常に喜ばしいものであった。
その後、巧州国待ちに待った麒麟旗が国中に掲げられたのである。
そして現在、妖魔や天変地異によって20年以上も多大なる被害を被った巧国の民たちはそれでもこの今の王のいない状況をどうにかするためにこぞって蓬山へと昇山している。
その数は異例とも言える千をも越えんとするほどの人数であった。
今回の昇山においては仮王である杜耀を始めとした多くの官吏が巧国が乱れることがない程度に昇山しており、それ以外にも荒れた巧国において比較的裕福な商家の者たちも多くが昇山しているのだ。
この昇山者の数でどれだけ巧国の民が20年以上の年月を苦しみそして、塙麒を待っていたのかということがありありと分かるというものだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
この昇山者の中に多くの護衛を連れて昇山するもの達がいる。
この昇山者たちは巧国を動かす官吏の中でも上位の者たちであり、この者たちの中心は現在仮王を務めている元冢宰の杜耀、字を鷹恂。
巧国において錯王が崩御したのち杜耀は仮王として巧国翠篁宮にて政の采配を振るった。
最初に行ったことは錯王が明らかな差別をしていた半獣に対して半獣差別の緩和を行うことであった。
杜耀は自他ともに認める実利主義というやつだ。
前王の勅令を犯してまで杜耀はこの荒れたそして、今後王がいないために荒れるであろう巧国のために巧国中の全ての半獣を戸籍に入れて労働力としようとしたのだ。
この政策は比較的上手くいった。
巧国の半獣はその政策によって力強い労働力として働いてくれたのだ。
しかし、問題も多かった。
今まで半獣に対して差別を行ってきた巧国の民の多くは半獣差別の撤廃に対して反感の意を示した。
人間、一度自分よりも下のものがいれば気持ちがいいものなのである。
差別をすることによって日頃の溜まりに溜まった鬱憤を晴らすことだって出来るのだ。
それが国の方針によって失ってしまったのだ。
他国が差別をしていないからというのは理由にはならない。
巧国の民は自分よりも下のものがいるのだと信じたいのである
これは民だけでなく官吏にも反感の意を唱えるものが多くいた。
これに関しては民よりも酷いといったところか。
官吏にとっては優秀な半獣よりもそこそこの自分の方が官吏に採用され、更に階級も上がるというのが今までのことであった。
しかし、もしも半獣が実力で官吏に採用でもされれば自分の地位が危うくなる。
そういう連中が官吏には多くいたのである。
そのため、ただの仮王でしかない杜耀は半獣差別の撤廃ではなく半獣差別の緩和とするしかなかったのである。
現在、仮王杜耀のおかげで巧国では半獣差別の緩和によって問題も多くあるが半獣という労働力を得ることによってどうにか政はまわっているのである。
「ああ、疲れた。
・・・どうして俺が昇山なんか・・・」
この杜耀一行にあって特にやる気のないものがいる。
姓名を玄珀、字を椁夭という。
椁夭は周りに聞こえないようにボソリと呟く。
「そう言うな椁夭。
一州候ともあろう者がそのような口を叩くでない。」
椁夭は巧国の北部淳州の州候であり、鷹恂が仮王となって初めて命じた半獣差別の緩和のために錯王崩御の際に空いてしまった淳州の州候に任じられたのである。
「しかし、鷹恂様。
まさか俺が王になることはないと思うのですが。
いや、絶対にないですよ。」
今回、鷹恂はこの椁夭をただ何の確証もなく昇山のために連れてきたのではない。
夏官府の山師として優れた頭脳とその頭脳ほどではないが武力を鷹恂が自分の政治に役立つと引き抜いてきた優秀な官なのである。
この椁夭は鷹恂の人を見極める目をもってして引き抜いた人物の中でも優秀な人物で、だからこそ彼を州候に任じたのである。
しかし、面倒くさがりで自分の興味のあることにしか本気にならず。現在の椁夭は海客の知識を得ることにしか興味がないのである。
事実、最近淳州に現れた海客から多様な知識を得ることに夢中だったのである。
その趣味の合間に片手間に州候の仕事をこなしてしまう椁夭も椁夭なのだが。
「その方はその在り様以外は間違いなく上に立てる者の資質があるのだ。
黙って付いてこい。蓬山はもうすぐそこなのだぞ。」
「はあ、王になったら今よりもっと忙しく・・・」
「黙って付いてこい!」
「分かりましたよ。」
鷹恂一行は鷹恂が引き抜いた20人ほどの者と淳州師を含めた多くの護衛を伴って蓬山へと向かう。
◇◆◇◆◇◆◇◆
昇山する者の中に一人だけ半獣がいた。
姓名を朱廉、字を衒笙と言った。
衒笙は寧州のとある郷都の郷長の半獣の息子として生まれてきた。
錯王の半獣を差別する巧国において衒笙は非常に生きにくい場所に生まれてしまったといえるが、実際は半獣だからと言って差別をしなかった郷長である父親のおかげで勉学にも生活にも不便はしなかった。
問題は戸籍も与えられていないために土地ももらえずまともにな仕事にも就くことが出来なかったということだが、これに関しても父親が面倒を見てくれており、衒笙は父親の仕事を出来る限り手伝うことによって親孝行をしていた。
そんな中、仮王の最初の政策によって半獣に戸籍も土地も与えられたことは衒笙にとっては非常にありがたいことであった。
衒笙は王になって未だに差別が広く行われているこの巧国を変えるために自分が王になってやるという気持ちをもって唯一の半獣として昇山してきた。
出来れば衒笙は自分よりも王に向いているのではないかとも思う一人の友人と共に昇山しようかとも思ったのだが断られてしまって知り合い一人いない中多くの昇山者と5人の剛氏を伴って蓬山へと向かっていた。
「衒笙さんよ、聞いたぜ。
あんた半獣なんだってな。」
「ええ、まあ。」
衒笙は剛氏の一人確か5人を纏めている人に話しかけられた。
「ああ、違う違う。半獣が昇山するなって言いたいわけではない。
確か、巧国ってのは法的にも半獣差別が行われているん場所なんだってな。
まあ、最近緩和されたらしいが。」
衒笙は半獣差別がまかり通ってしまう巧国の民である。
差別されて馬鹿にされたり笑われたりするのには慣れているつもりだがやはり気分がよくない。
どうやらそれが顔に出てしまっていたようだ。
「そうですね。
でも、自分は郷長の息子ということで他の人よりもいい環境で育ってこれたからでしょうか。
今回の旅費も父が持ってくれまして。」
「へえ、いい親父さんだな。
半獣差別が緩和されているからって獣の姿にはならない方がいいだろうけどな。」
そうだろう。
人の姿の今のままでも周囲の視線はあまりいいものには思えない。
とはいえ、塙麒と対面するのだそんな塙麒に失礼なことをしようとは思えない。
「まあ、あいつはそんなこと関係ないとでも言うだろうがな。」
「は?」
「ああ、気にするな。」
ハハハと笑いながらごまかすその人物を見る。
「ところであなたは?」
「ああ、悪い。名乗っていなかったな。
俺は黄朱の里の剛氏を生業とする鄭楽という。」
衒笙を含む昇山者たちは蓬山へと向かう。
鄭楽含む剛氏を伴って。