宗嗣が転変をしてどうにか数日かけて人に姿に転化することが出来たその数日後の朝。
「塙麒、今日は離宮にお出ましくださいませ。
準備がございますので。」
いつものように劉麟と一緒に朝食を摂った後に樟崋が宗嗣にそう言った。
宗嗣の身体が緊張する。
いや、昇山者たちと会うことに緊張しているのではない。
確かに初めてだし多少は緊張しているといえるのだが宗嗣が考えているのは別のことだ。
宗嗣は未だに王を選定することに対して覚悟が決まっていない。
「大丈夫?
・・・取り敢えず、昇山者に会ってみないと分からないよ。」
対面の席に座って食後のお茶を楽しんでいた劉麟が心配そうに宗嗣の顔を伺う。
宗嗣は劉麟には自分が王を選ぶということについて納得していないというようなことを劉麟から昇山者たちのことについて聞いていた時に一緒に聞いたことがあった。
だから劉麟は宗嗣の悩みを知っている。
自分でも馬鹿らしいと思っている。
王を選ぶことが嫌だなんて何を怖がっているのか。
自分はとんだ臆病者だ、と。
しかし、そうだな。
劉麟の言う通り昇山者たちに会ってみなければ分かるものも分からないだろう。
決められるものも決められないことだろう。
「劉麟、ありがとう。」
劉麟は宗嗣は微笑んでそれに答えた。
この蓬蘆宮にやってきてから劉麟には世話ばっかりかけている。
いくらこの蓬山では劉麟の方が先輩だからと言っても俺の方が明らかに年は上なのだ。
「さて、劉麟。
ここでじっとしていろよ。
お前が甫渡宮までいったら皆が混乱してしまうだろうからな。」
そういって宗嗣は茶碗に残ったお茶を一気にあおって徠河と樟崋を伴ってその部屋から出ていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
宗嗣は気持ちを落ち着かせるためにいつものように木刀を振るった後にその時の汗を流すために水場で沐浴をした。
その後に少し遅くなったが樟崋が言っていた甫渡宮と蓬蘆宮を繋ぐ門に近いところにある建物に向かった。
「なあ、もう少し動きやすい服装にならないか?」
今、宗嗣は女仙たちの着せ替え人形にされていた。
いつも宗嗣は木刀を振るったり動き回ったりとするために女仙たちに動きやすい衣服を用意してくれと言っており、麒麟という上位の人物には似つかわしくない服装を宗嗣本人が願っていたのだからそれに従って宗嗣はいつもこの世界に住まう一般男性の着ている袍衫というような感じだったが今回は違う。
今回に関しては塙麒にとっては巧国の民にとって初お目見えであり、女仙たちは義務としてその国の麒麟として恥ずかしくない服装を宗嗣にしてもらわなければならなかったのだ。
「いえ、駄目です。
衆目がございますので今日からそのような服装で皆の前に出てもらいます。」
女仙たちがいつも着飾らせることのできない鬱憤を晴らしたその結果が今の宗嗣の服装だ。
吉兆を表す黒色のの上品な絹でできた膝下まである長袍は控えめでしかし美しい装飾が施されている。
長袍の下の薄着の着物は白く清潔な絹でできた衫を。
ズボン状の袴はいつもの灰色ではなく白色の袴を着ている。
腰には繊細な装飾が施された黒と白とそして金の帯がある。
「はあ、まあこの期間だけならしょうがないか。」
結局宗嗣は根負けしてこの服装で甫渡宮まで向かうことになる。
「美しい赤髪が黒の袍に映えますこと。」
「黒に白となんと清涼感のある揃えであること。」
なんだか女仙が騒いでいるがまあいいか。
出来れば肩まで伸びてしまった髪を切れないのだから何か紐で括ってしまいたかったのだが、麒麟は転変するときに引っ掛かったりしないようにと皆紐で纏めてしまうことはないのだという。
そういうわけで今の宗嗣の髪は軽く整えるために切る以外には伸ばしっぱなしだ。
「さあ、塙麒。
皆が待っております。行きましょう。」
「ああ、分かった。」
宗嗣は十数人の女仙を連れて離宮を出た。
そしてそのまま門に辿り着いてその門をも越えて真っすぐ甫渡宮へと向かっていく。
この道を歩いていくのは初めて蓬蘆宮へと玉葉様や女仙たちと向かった時以来だ。
蓬蘆宮を出て劉麟と一緒に黄海に向かうことはあったが、門から歩いて甫渡宮へと向かうなんてことは態々しなかったのである。
宗嗣たち一行は宗嗣を女仙たちが囲むようにして真っすぐに甫渡宮へと向かう。
門から甫渡宮へと続く道は石畳でできており、その道を進んだ先には以前宗嗣も鄭楽と共に天幕を張る予定だった結構な広さを持つ広場が甫渡宮の前に広がっている。
宗嗣はその広場を見て以前ここへ来た時の三、四倍はあろうかというほどの人だかりと天幕の数々に圧倒された。
出店や店舗は一切ないがまるで甫渡宮の前にどこかの寺社の門前町が出来たかのような錯覚を覚えてしまうほどだ。
宗嗣たち一行はその広場へと足を踏み出すと、一番門の方の近くに天幕を構えていた者たちが宗嗣たちを見て驚いたような表情をしてから地面に膝をついて頭を下げた。
石畳の端の草原の部分に天幕を構えている人々が最初に平伏したのを見て徐々に波紋が広がるようにして石畳の方に向かってみんなが宗嗣たちに向かって平伏する。
宗嗣は平伏されるのに慣れていないため昇山者たちの視線に居心地が悪く思いながらも甫渡宮へと向かっていく。
「赤麒麟か・・・」
「随分と大きいな、いや、若いのか?」
宗嗣たちが過ぎ去った後ろの方で宗嗣について囁かれているのを聞き取る。
宗嗣は周囲の視線や声を無視して真っすぐに甫渡宮へと向かう。
ようやく甫渡宮に入って人々に視線もなくなって一安心したが、すぐに女仙たちに言われるがままに祭壇に一礼して進香した。
その後に、祭壇の右ての一段高くなったところに控えて取り敢えず昇山者たちが進香するのを見ながら一日を終えた。
今日は特に何の問題もなく終わった。
唯一何かあるとしたら退屈だったことだろうか。