塙麒放浪記(仮)   作:カラミナト

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間章
慶東国


「主上。

地官長大司徒より以前の蝕によって被害を被った宣州の虚海沿岸の復旧作業の結果が届いています。」

 

「ありがとう、景麒。」

 

時は赤楽24年の夏至も過ぎてしばらくした頃。

慶東国首都州瑛州の堯天にある金波宮は内殿の王の執務室に彼女はいた。

 

姓名を中嶋陽子、字を赤子という彼女は胎果の生まれのこの部屋の主である。

字のとおり鮮やかな真っ赤な髪を持つ彼女は見た目は十代後半だが既に20年以上もの間一国の国主として慶東国の采配を振るう景王である。

 

登極当初は朝議において右往左往したり、慶国内の乱に参加して自らの手で混沌とした慶国内の官僚たちに沙汰を申し渡したりと忙しい日々を過ごしてきたが、もう20年にもなると慶国内の荒れた土地や不完全な治水に関しても整備が行き届き、更に整備された道路網も働き始めて国内に活気が戻すという状況まで陽子の手腕によって持ち直し始めた。

 

現在はつい最近発生した蝕が慶国は宣州の虚海沿岸に家が倒壊し作物がダメになってしまうなどといった被害をもたらしたが、陽子の日本の被災地にすぐさま駆けつける自衛隊を真似して王師の一部を食料などを持たせて派遣するという迅速な対応によって当地の復興がはかどるようになった。

 

今、地官長から上がってきた報告書によると壊れてしまった水路などの修復作業も進み、後一月もすれば復興が完了するというものであった。

 

陽子の日本の知識を利用した政策は古式ゆかしい儀礼などを大切にする朝廷から反感の声が上がることもあるがその効果が認められ始めており、それに合わせて朝廷内での陽子の評価も上々である。

 

「うん。被災地に関してはもう大丈夫そうだな。」

 

「最初は王師を動かすなど吃驚するようなことでしたが、うまくいっているようですね。」

 

「そうだな。

大軍を動かすわけではないのだ。

食料のある場所からない場所へと送る役目を軍に担ってもらっているだけなのだ。」

 

陽子は景麒が近くに控えているのを知覚しながらも報告書を読むために中断していた仕事に取り掛かる。

 

紙の音と御璽を書類に押す音だけが広い執務室の中に響く。

 

「さて、今日の仕事は終わりだ。」

 

「主上ももう手慣れてきていらっしゃる。」

 

「ふふ、もう20年以上もやっていればな。」

 

「そうですね。

主上が登極なされてからこの慶国もよい国になって来ました。」

 

「そうか。

民意の具現たる景麒に言われると照れるな。」

 

「事実を言ったまでです。」

 

「・・・無表情でいうこともないだろう。」

 

陽子と景麒は仕事の合間にと雑談をする。

 

「・・・問題は巧国だな。」

 

「巧国ですか・・・

確かに玉座は空位のままに23年も経っていますからね。」

 

「隣国のことだからやはり気を配ってしまう。

仮王の鷹恂殿はしっかりした方だから20年経ってもやはり妖魔などは出るがよく治めておられるものの、それでも王がいないというのは問題だ。

つい最近に蓬莱に流されていた塙麒が蓬山に帰還したというのは蓬山からの知らせで聞いていたが景麒は他に何か聞いていないか?」

 

「そうですね、長い間蓬莱で過ごされていたためか女仙たちが見た最初の姿は鎧姿に帯剣をした様子だったようで。」

 

「そ、それは凄いな。」

 

陽子は蓬山に胎果の塙麒がようやく帰ってきたのだということ以外の詳細なことを聞いてはいなかった。

 

「それに毎朝武人のごとく木刀を振るうのだとか。」

 

「塙麒は随分と変わっているのだな・・・

普通武器を持つことすらまともにできないのが麒麟なのではないか?」

 

「そうですね。

しかし、木刀は武器ではなく鍛錬の道具。

そういうことで木刀を何ということもなく振れているのでは?」

 

「そんな・・・気持ちの問題だというのか?」

 

陽子は尋常でないほどに驚いた。

そんな精神論のような感じで麒麟が木刀とはいえ剣を振られてはかなわない。

 

「それに、蓬山に帰った時点ではすでに使令を一体折伏していたとか。

しかも、竜生九子のサン猊を折伏したというのですから私も驚きました。」

 

「・・・聞いている限りではなんとも変わった麒麟であられるな、塙麒は。

それに、赤麒麟と言うではないか。」

 

「はい。

麒麟の姿はそれはもう日輪のごとく美しかったと。」

 

「・・・胎果といったよなその塙麒は?

胎果の麒麟でもそう簡単に転変出来るものなのか?」

 

「麒麟の力が泰麒の時とは違ってこの世界に帰ってきた時点で解放されていたのかもしれません。

何も知らない状態でサン猊を折伏したというのですから。」

 

「・・・そうか。

塙麒がそのような麒麟なのだとすれば王を見つけるのも早いかもしれないな。

柳国も劉麟が王を見つけたのだから。」

 

劉麟はこの年の春分の時に王を見つけて、すでに劉王は登極して劉麟と共に柳国の王宮にいるのである。

近いうちに即位式も華々しく催されることだろう。

 

「ようやく十二国すべてに王と麒麟が揃うことになるのだな。

塙王が即位すればそう遠くないうちにそのようになるだろう。」

 

「そうですね。この数十年は多くの国が混乱に見舞われていましたから。

ようやく平和になることでしょう。」

 

今までは王が即位してもどこかの王が崩御してしまったり、麒麟の卵果が捨身木に生っても蓬莱や崑崙に流されてしまうといった凶事が多く起こってしまったのだ。

しかし、塙麒が王を見つけて塙王が即位すればその長く続いた凶事も鳴りを潜めることだろう。

 

「ところで、景麒。

巧国に海客が一人久しぶりに漂着したと聞いたがその後どうなったか知っているか?」

 

「それについては淳州州候が保護したと。

本人の意思で州師として軍役に就いているのだとか。」

 

「椁夭殿か・・・その海客にとってそれは運がいいのか悪いのか・・・」

 

陽子は慶国に接する巧国の淳州の州候椁夭の異様な海客や海客の知識に対する好奇心を知っている。

陽子に最初に会った時もためらわず陽子に蓬莱のことを尋ねた蛮勇であり猛者である。

 

「それに、軍役に就くとは・・・

平和な日本人にしては過激的だな。

20年で随分と変わってしまったということだろうか?」

 

「まあ、いい。

とにかく塙麒が早く王を見つけてくれることを祈るとしよう。」

 

そう言って用のなくなったこの執務室から景麒を伴って陽子は出ていった。

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