彼は気付いた時にはどこかの海辺にいた。
何故こんな海の見える場所にいるのだろうか。自分が住む街から海までは車で数十分もかかる場所だ。
それに、
「一体何なんだ、この海は・・・」
彼の目の前には海があった。
しかし、ただの海ではない。
それは決して南国のエメラルドグリーンの美しい海だとか沖合にいるかのような深い海があるのを示す暗い海だというわけではない。
その灰色に淀んだように見える海はこの日が暮れ始め、辺りが暗くなり始めたこの時間において星のような光がそこら中に散らばっており、それが明滅しているのがよく見れる。
それを見て更に彼は今自分が置かれている状況というのが全くもって理解できなかった。
しかし、予想は出来る。
こんな訳の分からない光の明滅する海が存在するだなんてことは彼が日本で過ごしてきて16年、一度として聞いたことがなかった。
そんな訳の分からない海が存在するだなんて・・・
「ここが地球じゃない異世界だとでもいうのか?」
冗談じゃない。
まだタイムスリップなどは物理的に不可能とは言い切れないとして、並行世界というものも空想だがその存在を物理的にそれが存在するのを可能性だが照明しているのだとしても、全くの異世界だなんてありえない。
いや、自分でも何を馬鹿なことを考えているのか知らないが・・・
とにかくここが自分の知らない場所だなんて冗談じゃない!
いや、しかし・・・と彼はこの状況に陥る寸前のことを思い出した。
それは、友人と高校から家に帰っていた時のことだ。
別れ際に突然その友人が悲鳴を上げたのを聞いて振り返ると・・・
すぐそこにいたはずの友人がいなくなっていた。
そして、その異変に気付いて友人がいたはずの場所に駆け寄って何が起こったのか確かめようとして、その足を踏み出したところで、何故かアスファルトの道を歩いているはずだというのに沼にはまったかのような感覚に襲われて・・・
それで、今に至る。
それで彼は理解した。
理解せざるを得なかった。
今、自分は誘拐だなんて人為的な理由でここにいるのではなく、自分でそう考えるのも馬鹿らしいが何か超自然的な現象、神隠しか何かのようなものにでも巻き込まれてしまったのだろうと。
「なんで俺が・・・」
ただ、呆然と立ち尽くす。
地球においてはあり得るはずのない星のように散らばった光が明滅する海の方を向きながら。
彼、一条宗嗣の友人である林堂絢仁は蓬山にいた人々が塙麒を帰還させるために乱してしまったことで生じてしまった小規模の蝕によってこの十二国の世界の巧州国に海客として流されてしまったのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
絢仁はこの人気の全くない海辺においてまず人を探すことを最優先にしなければならないと思った。
今、絢仁があるこの状況はまさに突然のサバイバルを強いられたようなものである。
ここが何処なのかがが分からない。故に何処に人がいるのかも分からない。
食料もない。
水もない。
あるのはせいぜい薪の代わりにしかならないような教科書類と棒切れとしてなら護身に仕える木刀程度だ。
どうすればいいのか分からない。
しかし、日が暮れ始めている。
どうにかしなければならない。
「どうにか人を見つけないと。」
周囲を探ってみるが正面には船の一つも浮かんでいない海。
後ろの方は日が暮れているせいか暗くまともに先も見えない林が広がっている。
「とにかく川を探そう。」
そうして絢仁は川を探し始めた。
人間昔から川の近くに住みかを構えているものである。
川の近くでは飲み水もあるし、穀物などを育てる農耕なども出来るのだ。
絢仁はしばらく海沿いに川を探し始めた。
腹が減ったけれども食べ物がない。
春の梅雨に入る前くらいのはずなのに水分と冷え込むがライターなんて持ってないし火を焚くことなんてできない。
歩き続けていることもあってか酷い眠気が襲うけれどもこんなどことも知れないところで眠れるはずもない。
「宗嗣・・・どこにいるんだ?」
自分の考えが正しいなら宗嗣も近くにいるはずである。
遠く離れた場所にいるとして最初に消えたのは宗嗣の方なんだ。
俺がこの変な場所にいて宗嗣だけが日本の自分の家でのうのうと眠っているだなんてことはないはずだ。
絢仁はそう思って恐らくは近くにいるだろう宗嗣も探しながら海岸沿いを川を探しながら歩いていく。
そうして、何時間経っただろうかずっと歩き続けてそろそろ限界になってきたときにようやく比較的大きな川を見つけた。
その川は周囲を背の高い葦で覆われている。
確か、日本の昔の河川もこのように葦で覆われていたのだということをふいに思い出した。
せめてタイムスリップだとかならいいのだけれど・・・
そう思いながらも絢仁は葦の茂みを縫うように川に落ちないように気を付けながら河川に沿って進んでいく。
しばらく進み続けて辺りが白み始めて夜が明けたのだと絢仁が感じ始めた頃、絢仁の正面右の川とは逆の方からガサガサというもの音が聞こえてきた。
絢仁はようやく人を見つけたと気を抜いてしまった。
その音のなる茂みからはしかし、人ではなく一つ目をぎらつかせた一般的な犬ほどの大きさの狼が現れた。
「なっ!?」
その一つ目の狼は絢仁が動揺している隙に牙を見せつけるようにして絢仁に襲い掛かってきた。
それに対して絢仁はその突進にどうにか反応してその狼に向かって左手の川の方に転がった。
ほぼ全身を川の水に浸かってしまったが今はそんなことを気にしている余裕はない。
絢仁は背負っていたバッグやら防具やらを放り出して竹刀袋から唯一木刀のみを取り出して避けた絢仁に再び襲いかかってくるその狼に正眼に構えた。
絢仁は襲い掛かってくるその狼を再び避けてその合間に狼の横腹に思いっきり木刀を叩きつけた。
狼は動かない。
「どうして、一つ目なんだ。
どう考えても普通じゃない。」
絢仁は一つ目の狼の存在に疑問を抱くがそんなことを考えている暇はない。
一つ目がどうあれ狼というものは群れで行動する生き物だったはずだ。
絢仁はすぐに木刀だけを持って走り出した。
川沿いに集落を探すつもりだったがこんな視界の悪い葦の茂みにいたんじゃ命が危ない!
絢仁は駆けた。
走って走ってようやく葦の茂みを抜ければその視線の先には奥に城壁のような人工物としか言えないものを発見した。
「やっと、見つけた・・・」
星のような光が明滅する灰色の海。
一つ目の狼。
時代遅れの土かレンガのようなもので造ったであろう城壁のようなもの。
絢仁はここが自分が知らない異界であることを信じざるを得なくなっていた。
その事実に苦笑しながら救いを求めるために絢仁は人にいるであろう所へと向かう。