目を覚ましたら目の前には青い海が目の冴えるような紺碧の海が広がっていた。
立ち上がり周囲をぐるりと見渡せば海の反対側には高い山脈が聳え立っている。
「ここは・・・どこだ?」
確か絢仁と一緒に家路についていたはずだ。
それなのに俺は今海辺に横たわっている。
「どういうことだ?」
宗嗣の街にはすぐ近くに海もそして山もなかった。
こんなところは見た覚えも来た覚えもない。
いや、唯一この景色に見覚えがあるのだとしたらそれは屋久島の宮之浦港だろうか。確かあそこから見る景色は海も山も近くそして山も高かった。
でも違う。
ここは屋久島などではない。
海はこんなに深い青の海ではなかった。
山はこんなにも高くはなかった。
屋久島はこんなにも空気が重く恐ろしい場所ではなかった。
「屋久島でもないのならここは一体どこなんだ?」
戦々恐々としながら声を出す。
ここはダメだ。
ここにいてはダメだ。
ここは只人がいていい場所などではない。
第六感というやつだろうか。酷く嫌な予感がする。
「・・・とりあえずここを離れよう。」
倒れていた時から身に付けていた教科書等が入ったリュックを背負いながら周囲の砂浜に落ちていた防具や竹刀袋を拾い集める。
「ん?」
何だあれは?
目の前に太陽光に照らされて光る物が見える。
それを拾い上げる。
金色の腕輪のようだ。
「何でこんなものが・・・」
その金色一色の腕輪の明らかに高価そうな細かな彫刻はどちらかと言えば世界史の教科書等で見たような古代中華の装飾に似ている。
何でこんな高価そうなものがそこらの砂浜に転がっているのかは分からないがとりあえず取っておこう。
このよく分からない状況だ。
いちいち躊躇などしていられない。
宗嗣は金色の腕輪を自らの右手首に嵌めた。
さて行こうかと腰を上げた時、山のある方の茂みというよりも暗く不気味で一寸先の見えない森の方から葉をこするような物音がした。
腰を上げるのをやめて中腰のまま森の方を見据える。
周囲を見渡す限りでは電柱や船などのような人工物はなく人の気配がなかった。何故馴染みの街から見たことも来たこともないような海辺に倒れていたのかは分からないが、下手な小説でもあるまいにここは日本だと仮定するならば狼などといった害獣が日本の海辺にいたりはしないだろう。
だとすると、ただの人かはたまた野生の鹿だろうか?
屋久島にも鹿はいるもんな。
と考えながらも危険信号を送り続ける宗嗣の身体は無意識に抱えていた荷物をすべてゆっくりと浜辺に下ろしていく。
そして竹刀袋を左手に持って森の方から現れるだろうものをじっと見つめる。
森の茂みから現れたのは、赤い毛並みを持つ体高が大人の男性ほどもある大きな虎だった。
「ッ!?
な、なんで虎が!?」
赤色の毛並みというのもおかしいがそんなことはどうでもいい。
こちらを見て唸る虎はどう見ても宗嗣のことを敵視しているとしか思えない。
いや、もしかしたら餌だとでも思っているのだろうか。
宗嗣は虎に背を向けて逃げ出すのではなくすぐに竹刀袋から木刀を取り出して、そして正眼に構える。
この非常な事態においてどうすればいいのか全く分からないし頭が混乱して何も考えられなくて咄嗟に木刀を構えたが回らない頭でぼんやりと目の前の熊に背を向けて逃げ出すと襲われるということを思い出してこれでよかったのかもしれないと考えた。
何でこんなことになっているのか。
何で目の前に虎がいるのか。
何で赤色の毛並みをした虎が存在するのか。
ここは一体どこなのか。
聞きたいことは数あれど宗嗣は虎と対峙する。
しかし、
「な、なんでだ?」
宗嗣が木刀を構えると体がそれを拒否するかのように木刀を持つ両手に力が入らなくなっていく。
どうしてだ。
確かに争い事は嫌いだ。
血も嫌いだ。
だけど剣道場で竹刀を木刀を持つたびに身体に力が入らなくなるなんてことは今まで一度だってなかった。
「グルァァァァア!」
この混沌の状況下でグルグルと考えに耽っていた宗嗣を赤い虎の咆哮が現実に引き戻す。
正面を注視すると赤い虎が俺の方に向かって突進してくる。
赤い虎は右前足を振り上げ宗嗣に向かって爪を振りかざす。
宗嗣は構えを解いて左に飛び込むようにしてその巨大な爪を避ける。
「ぐっ!」
右足に熱を帯びたような痛みが襲う。
どうやら赤い虎の攻撃を完全に避けることはできなかったみたいだ。
怪我をしただろう右足を見れば膝から下がザックリと裂けてしまっていた。
制服のズボンの下からドクドクと赤い千賀流れ出ていっているのがよく見える。
「し、しまった・・・」
宗嗣はその血を見てすぐにサーッと頭から血の気が引いていくような感覚に襲われる。
くらりと貧血になり体が痺れるようにして動かなくなってしまい宗嗣の体はゆっくりと砂浜に倒れ込んでしまう。
俺は昔から血が嫌いだ。
それは知っている。
でも、こんなに体が動かなくなってしまうほどに酷い状況に至ったことは一度だってなかった。
何でこんなことになったのか。
疑問に思うことはあっても今はそんなことを考えている暇はない。
すぐ近くに宗嗣を食おうとしているのか赤い虎がゆっくりとやって来るのが砂浜に横になりながらもよく見える。
宗嗣は死に瀕しているというのになにもすることができない。
焦りはあっても体が動かせないし、さらに出血が多いせいか頭がぼんやりとして強い眠気に襲われていっているのだ。
宗嗣は自分の死そのものである赤い虎を見ながら後悔の念を抱きながら少しずつ目蓋を閉じていった。
最後に見えたのはすぐ近くにあった右手首から放たれる光だった。