塙麒放浪記(仮)   作:カラミナト

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二章
一年


黄海は蓬山からも他の五山からも離れたしかし、金剛山の近くでもない黄海の奥地。

今、そこに宗嗣がいる。

 

宗嗣は黄海の散策の際に偶然見つけた温泉に入っている。

 

この場所はどちらかというと金剛山の近くにあって、しかし四令門から蓬山へと向かうルートからは随分と離れているような場所である。

そのためか、周囲には蓬山を下山する人々の姿も見えず、現在のこの辺りの気候は秋分が過ぎたためか肌寒さを覚えるような気候である。

しかし、その外に気温が肌寒からこそこの温泉の暖かさが身に染みる。

 

「あ~、やっぱり温泉は良いな。」

 

宗嗣は随分とここに入り浸っているもののやはりここの温泉に飽きるということはない。

黄海の奥地にあって人なんてそう簡単に会うようなこともなく、周囲にいくら妖魔や妖獣がいようともそれらが近づいてきたら徠河や爍繃たち宗嗣の使令がいるから安全である。

 

この危険な黄海の中だからこそこの温泉がいっそまるで砂漠の中にポツンとあるオアシスのごとく極楽のように思える。

 

宗嗣は口元までお湯が来るほどに温泉にどっぷりと浸かる。

 

髪の毛いや、鬣がお湯に揺蕩い水面にゆっくりと広がっていくのを感じる。

ふと、宗嗣は自分のその鬣を掴んで顔の横に持ってくる。

まるで今の黄海の縁の金剛山に沈みゆく太陽のようにその鬣は赤色の中に金色が混じっていて夕陽の光をキラキラと反射している。

 

・・・この鬣の色にも随分と慣れた。

最初の頃は自分の髪が何故か赤色に変わっていたのに随分と驚いていたが、今ではこの色が自分のものであると自覚しており、更にはこの他の麒麟の金色とは違った鬣の色を自慢に思ってすらいる。

 

人がその環境に順応するのは本当に早い。

いや、俺の場合は元から麒麟だったからそうなのかもしれないのだが。

 

この鬣も日本にいた時は普通の高校生男子くらいの長さだったのが麒麟は伸び続けるまでそのままにしなければいけないのだと言う蓬蘆宮の女仙たちに強く言われて伸びすぎた前髪の方を軽く切りそろえる程度で二年半も伸ばし続けているからもう既に宗嗣の赤い鬣は背中の肩甲骨の辺りまで伸びている。

これで結いあげることも出来ないのだからしょうがないとはいえ非常に鬱陶しいと感じる時がある。

 

そう。

宗嗣がこの十二国の世界に帰ってきてから二年と半年も経ってしまった。

今もまだ日本の高校に通っていれば今頃は受験勉強でものすごく忙しい時期だろう。

そう考えればこの麒麟の生まれた時から将来が決まっていて裕福な生活も約束されている状況というものは悪くないと思わないこともないかもしれない。

 

まあ、その代わりに王を選ばねばならず、王がしくじったら数年しかたっていなくとも真っ先に死ななくてはならないというものは嫌なのだが。

 

閑話休題。

 

宗嗣がこの十二国の世界にかえってきてから二年半、そして蓬蘆宮にやってきてから優に一年は経っている。

もちろん、この一年の間に年に四回の昇山者との対面もした。

最初の昇山者との対話では全く知らなかったところから多くを知ることが出来たが二回目三回目は特に国の情勢に変わりはなく、他国においても特になかったのでつまらなかったし、一応、塙王となる人物にも和えはしなかった。

 

今は、秋分から随分と過ぎていると言ったがつい最近甫渡宮の門が閉められて昇山者たちが次の冬至に開く令艮門へと向かっている途中である。

 

それと、他国の情勢は変わりないとは言ったがそもそもすぐにそれを知ることが出来たために例外とした大きなニュースがある。

 

それは、蓬山公として宗嗣と一緒にこの蓬蘆宮にいた劉麟がこの年の春分の昇山者との対面で見つけたことである。

新たな劉王は女王であった。

 

本当は今年の夏至の前には柳北国の王宮にて盛大な即位式が開かれたようなのだが、蓬山公たる宗嗣はそう易々と女仙たちが黄海から出るのを許してはくれなかった。

 

とはいえ、劉麟の王の即位式なのだから実際のところは蓬山を抜け出して爍繃に乗って柳国の首都まで行って民衆に混じって盛大に開かれた即位式を見させてもらった。

まあ、この後は首都で一日遊んで六日間も何も言わずに蓬山を留守にしてしまったのがいけなかったのか怒られているのかと言わんばかりの気迫で非常に心配されて少し戸惑った。

実際にあの時は怒っていたのだろう。

 

とにかく次に長い間蓬山を留守にするときはちゃんと行先でも知らせとかないとなと思った。

 

この一年間で宗嗣はこのように黄海の中の秘湯を探し当てるほどには随分と黄海の散策を行ってきた。

もちろん、女仙たちに伝えて日帰りでだ。

まあ、それでも言い忘れたときなんかもあって偶に樟崋に注意されるのだが。

 

・・・そういえば今日樟崋にこの温泉に出かけるのを言い忘れていた。

まあ、いいか。

 

それで、宗嗣はこの黄海で二体の妖魔を新たに折伏した。

 

崢という一本の角を持ち、五本の尾を持つ白豹の晧コウ霍カクと鴆という青を主体とした極彩色で翼開長が2メートル以上もあり、猛毒の羽を持つ禍カ悸キという二体の妖魔だ。

 

爍繃は攻撃に対して有利だが、晧霍はその足が麒麟ほどではないが非常に早いのだ。

そして、禍悸の猛毒は他の使令三体には持ちえないものだ。

 

この一年において宗嗣は成獣になった。

これ以上は成長することがなくなったのだ。

 

これは高校一年のこの十二国の世界に来る前に測った身長は170cmを少し超える程度だった。普通の男子高校生は大体この頃から大きく伸び始めるものだろうから少し悲しいと思った。

しかし、これは自分が人でいう成人したようなものだったから少し嬉しくもあったために複雑な感じだった。

 

「さて、もう帰ろうか。」

 

宗嗣は温泉から上がる。

女仙たちに知らせるのを忘れていたし、もう日も暮れてしまっているのだから星は綺麗だが早く蓬蘆宮に帰った方がいいだろう。

 

宗嗣は温泉から上がって麒麟の姿に転変する。

 

暗くなった温泉に赤麒麟の赤い鬣が月明かりに照らされて陽の光の時とはまた違ったようにキラリと反射する。

 

宗嗣は麒麟の姿に転変してこの黄海の温泉に向かって、温泉に入る時は人の姿に転化して入っていたのである。

 

何故麒麟の姿に転変してここまでやってきたのか。

理由は簡単。

一つ目に、外の温泉に入って時に着替えを必要とせず、蓬蘆宮にて脱衣と着衣をすればいいので楽だからである。

二つ目に、往復は自分の麒麟の姿の方が早くできるからであり、夕方に温泉に入ってすぐに蓬蘆宮に戻れるからである。

最後に、必要があるか分からないが麒麟の姿に慣れることが出来るからである。

 

だから宗嗣は今麒麟の姿に転変したのである。

湯冷めを気にする必要はない。

麒麟は基本、仙と同じく病気にならないのだから。

 

麒麟の姿となった宗嗣はその蹄で地面を蹴ると宙に浮かび上がり、更に空中を蹴り上げて空を駆けだした。

 

明るい月光のもと優美な麒麟の姿で宗嗣は蓬蘆宮へと駆けていく。

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