宗嗣の顔に外から入ってきたわずかな太陽光が当たる。
最初は眩しく思ったのだろうが、宗嗣は少し顔をずらして何とかその光から逃れる。
しかし、外からわずかに差す太陽光はまるで宗嗣を追っているかのように再び宗嗣の顔を照らす。
「ん?朝か?」
宗嗣はたまらず目を覚まして自分の顔に差す太陽光から逃れる。
そして、周囲を見渡す。
「何処だここは?」
全くもって見覚えがない。
いつもの露茜宮のあの開放的で広く心地の良い臥室とは全く違った閉鎖的で更には大きいけれども宗嗣の周囲に所狭しと雑魚寝をしている男たちがいる大きな天幕。
ボンヤリと呆けていた意識が徐々に回復していく。
俺は、昨日蓬蘆宮を出たわけで一日かけて爍繃に乗って黄海と青海を越えて黄海から巧国に行く際に最も近い街巽城に日暮れ前に着いたはずだ。
「そして・・・宿がなかなか見つからなくて・・・」
「おや、もう起きたのかい。
早いね。」
外に宗嗣が起きる物音がしたのだろう。
天幕の入口から一人の女性が顔を覗かせていた。
そうだ。
宿が見つからなった俺は昨夜、彼女の所属する旅芸人の一座に厄介になっていたのだった。
俺としたことが、大切なことを忘れていた。
「おはようございます。
昨夜はありがとうございました。」
「いいんだよ。
さあ、起きて。朝餉を食べていきな。」
「いや、そこまでお世話になるわけには。」
宗嗣は玉葉のその言葉に驚いた。
一夜宿代わりに天幕とは言え厄介になったのだ。
これ以上朝餉など・・・厄介になるわけにはならない。
「遠慮なんかしないで。
さあ、皆朝だよ。早く起きて!」
玉葉はこの大きな天幕で集まって寝ている男たちに起きるように促しながら宗嗣に朝餉を共にしようと誘っている。
そのままさせられるがままに宗嗣は腕を掴まれて外に出されて食事の用意されている場所まで連れていかれた。
そこには大人数で食べるための大きな鍋や皿が用意されており、そこには簡単な肉や野菜を水で煮込んだようなシチューのようなものや、雑穀米のようだが日本のそれとはどことなく違う稗や粟などの雑穀でできた主食が並べられている。
「さあ、食べていいよ。」
玉葉はそうは言うものの麒麟である宗嗣には肉は食べることは出来ないし、肉を煮込んである目の前の鍋を食べることは出来ない。
「すみません。
そこまでしていただいたというのに。
ですが、構わず皆さんで食べてください。
俺は、肉は食べられないので。」
そう言って宗嗣はその場を立った。
この料理のある場所に一座の人々が起きて集まってくる。
こういう風に言えば大丈夫だ。
ここを去る理由は出来た。少し心苦しいが肉をその肉を煮込んだ汁物を食べることは出来ないのだ。
「そうかい・・・
なら、こういうのはどうだい?」
諦めてくれると思っていたのだが玉葉は構わず新しい料理を出した。
そこにあったのはサラダのようなものだった。
流石にこれには宗嗣は驚いた。
「何でそこまで?」
「まあ、話は食事をしながらってね?」
玉葉の押しの強さに負けた宗嗣はこの旅芸人の一座で朝餉を頂くことになった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
宗嗣は一座のみんなと共に料理を囲んで地べたに座りながら食事をした。
宗嗣にとってはこの大人数で料理を囲んで話をしながら食事をするというのは小学校の頃を思いだして何だか懐かしくてそれに楽しかった。
春分までは蓬蘆宮で劉麟と一緒に食事をしていたが、最近は女仙たちは宗嗣と一緒に食事をするのを遠慮することもあって一人で相当な量と種類のある料理を相手に食事をしていたのだ。
料理は冷えているわけでもなく非常においしいからそれに対しては何の問題もないのだが、如何せん料理が多くて部屋も大きいものだから孤独感が半端ではないのだ。
「宗嗣は海客なんだね?」
「はい。
まあ、金剛山の麓に漂着したから実際のところは山客でしょうけど。
蓬莱から来たから海客でもいいですけどね。」
この一座の座長だという微真という名の玉葉の母親だという彼女に問われたためにそう答えた。
麒麟だけど海客であり山客であるため問題ない。
「なるほど。
昔からこの一座は海客には縁があってね。
20年ほど前にもあなたと同じ赤い髪の海客に会ってね。
・・・海客は皆黒い髪に黒い眼だっていうからあなたは胎果かい?」
「ええ、そうなりますね。」
「そうかい。
黄朱の里に拾われてそれで朱旌を持っているのかい。
・・・あんた、これから行く当てはあるのかい?」
・・・よく考えてみればそんなこと何も考えていなかったな。
多分王気は巧国にあるだろうと思ってここまでやってきたのだ。
麒麟の感じる王気は強い直感なんだというから感覚でここまで来たのは間違いなかったと言い切ることが出来る。
でも、これからはどうするか。
こっちに王気を感じるというわけでもないし・・・
取り敢えず翠篁宮に行こうか。
出来れば鷹恂にこの巧国での放浪がスムーズにいくように旌券を頼みたい。
仮王の裏書があれば問題なく街にも入れるし、宿にも問題なく入れるだろう。
「喜州の州都傲霜に行こうかと。」
「そうかい。
ならば私たちもそこに行こうとするかな。」
「・・・は?」
「私たちについてこないかい?」
一座の座長微真がそう問いかけてくる。
確かにそれはありがたい。
傲霜まで行ったら旌券を手に入れることは出来るだろうけどそれまでは朱旌しかないから野宿になってしまうだろう。
それが、この一座と一緒だというのならば。
「ありがたいですけど、肉も魚も食えないくらい好き嫌いが多いんですよ。
どう考えても迷惑をかけてしまいます。」
「迷惑結構。
私たちは旅の一座。
何処に行こうが構わない。
旅の途中で人助けができるなら気持ちがいいもんさ。」
答えたのは玉葉だった。
彼女は胸を張ってそう答えた。
確かにこれは良い提案かもしれない。
旅の一座の一員としてこの巧国を庶民の視線で見ることが出来るいい機会だ。
一座の他のメンバーも否やはないようだった。
本当に運がいい。
本当にいい人たちに最初の街で出会うことが出来たのは僥倖だ。
「では、傲霜までおねがいします。」
「よし、分かった。」
「ただし、条件が。
恩ばかりを受けるわけにはいきません。」
そう言って宗嗣は財布から庶民が二月楽して暮らせるだけの値段の書かれた為替を玉葉に差し出す。
彼女は必要ないのになどとブツブツと苦笑しながら言っていたが結局は受け取った。
こうして、宗嗣は巧国の首都傲霜まで同じ朱旌である旅芸人の一座と共に向かうこととなった。