正面には今までで一番と言ってもいいほどの大きさを誇る隔壁が現れていた。
高さに関しては巽城の隔壁と変わりがないように見えるものの、元々巽城は黄海のすぐ近くの街であり、つまり妖魔の襲撃を他の街よりも警戒しなければならないのだ。
それを考えると、目の前の隔壁の高さは巽城を抜くと今まで立ち寄ってきた多くの都市の中でも特に高い。
それに、目の前に位置している正門である南の午門がすぐそこまで近づく頃には左右の隔壁の両端が見えなくなってしまってこの傲霜という街の大きさを実感させてくれる。
この傲霜の街に巧州国の首都をはじめ各国の州都もそうだが首都には国府もあるというのだからその街の大きさが黄海の近くに位置している巽城よりも大きいことは明らかである。
それに、特筆すべきは左手にある頂上の見えない凌雲山、傲霜山だ。
傲霜の街の西に位置するその真っすぐに天地を貫く柱のような山はこの傲霜の街へと向かう宗嗣たち一行に2,3日ほど前からその存在感を示していた。
真っすぐ凌雲山へと向かう旅の途中、特に一昨日のころから太陽を見る時間が目に見えるように減って夜の時間が増えたのだ。
きっと、凌雲山の麓の街は夜が長いことだろう。
現在は、この街にとっては明け方と言ったところだろうが太陽の位置から時間を計るというのならば今は昼前と言ったところだろう。
いつものようにこの一座の座長である微真一人がみんなの門衛による身分証明をまとめてしてしまって宗嗣たちは傲霜の午門から街の中へと入っていく。
傲霜の中は一度訪れた州都はもちろん、巽城にいた人数よりも多く王がおらず国が荒れ果てているというのに多少の活気はあった。
しかし、活気はどちらかと言うと巽城の方が上なのかもしれないが。
巽城よりも大きな都市故にその活気は少し寂しく思えた。
他の都市とは違って隔壁の手入れはちゃんとされているようだが、それは外面だけで内面はどうしようもないようだ。
「微真さん。
じゃあ、俺はここで失礼したいと思います。」
宗嗣たち一行は門に入って芝居のために必要なスペースを見つけて、そこにしばらくの間の銭を稼ぐための場所と就寝などの生活のための場所を見つけてそこに天幕を張った。
ひと段落した時に宗嗣は座長である微真に言った。
「そんな。
まだ、ここにいていいんだよ?
宿はどうするっていうんだい?」
「もう、これ以上は迷惑かけられないですよ。
元々、お世話になるのはこの傲霜に着くまでだって言ってましたから。」
この一座には本当によくしてくれた。
あの馬腹の件の後も一座のみんなは宗嗣が麒麟なのだろうと思うながらもぎこちないながらも今までと同じように接してくれたのだ。
恐らくは、変に麒麟として接されるのを嫌う俺を思って微真か玉葉が宗嗣が寝ている二日の間に話してくれたのだろう。
この一座のみんなとの旅は非常に有意義なものであった。
本当に感謝している。
しかし、これ以上は駄目だ。
自分でいうのも何だが、変に庶民が高位の者と関わる者ではないのだ。
人の嫉妬を受ける可能性があるのだ。
「迷惑なんてとんでもない。
この後、話がつくまでこにいればいい。
まだ俺たちはあおの馬腹の件の恩を忘れてなどいないのだからな。」
そう言ったのはこの一座の護衛をまとめている年配の黄鉄だった。
「しかし・・・
巧の・・俺が一つの朱旌の旅芸人に入れ込んでいるなんて他の人たちに知られてしまったら。」
「構わないさ。
私たちは土地を持たず世界を渡り歩く朱旌の旅芸人なんだ。
そんなことを宗嗣は気にする必要はない。」
心配は無用!と、言い放つ玉葉とそれにやはり押し負けてしまう自分自身に苦笑しつつ言った。
「かっこよく言い切って去ろうと思ったんだけどな・・・
格好がつかないけど、もう少しここにいていかな?」
宗嗣は座長を見る。
「構わんよ。
宗嗣の気が済むまでいるといい。」
こうして、傲霜に着いたら別れるつもりだった宗嗣は玉葉や微真たち一座たちの好意に甘えてもう少しの間だけ厄介になることとなった。
しかし、これが本当に最後だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
昨日、まだあと少しだけ一座に厄介になることとなった宗嗣は今日もいつもの男たちがみんなで雑魚寝する天幕で起きた。
傲霜の人たちの朝は早い。
いや、早いというわけでなくまだ暗い間に起きるというだけであって朝早くに起きるというわけではない。
ただ、凌雲山の存在によって傲霜の街に太陽光が差し込む日照時間が朝の部分だけ削られてしまって夜が長くなってしまうためである。
そういうわけで、旅芸人の一座は皆で太陽が見えない暗い時間帯に朝食を摂るという少し変な体験をしていた。
とは言え、このような不可思議な現象に興味を持つのは基本宗嗣だけで他のみんなはこういう現象を別の国を渡り歩くがために体験しているのだ。
宗嗣は巽城のあった禄州の州城にこの傲霜の街へと向かう途中で立ち寄ったもののその一度きりだ。
周囲のみんなは食事を摂りながら座長である微真を中心にして今日一日の予定について話し合っていた。
宗嗣はそれをボンヤリと聞きながら昨日のことを思い浮かべる。
傲霜に着いたとしてもまだもう少し一座のみんなのところに厄介になるということになってからその後は、宗嗣は国府へと向かったのだ。
鷹恂に宛てて文を送るためである。
宗嗣はこの傲霜の街に着く前に鷹恂に宛てた文を道中書いていたのである。
内容はしばらくの間巧国を見て回りたいから旌券を用意してもらいたいというものだ。
いくら仮の旌券で朱旌あろうとも巧国の冢宰の裏書きさえあれば宿に泊まることが出来るだろう。
問題は送り主である宗嗣の名前を一条宗嗣としていることなのだが、宗嗣も鷹恂も蓬山公という呼び名で納得していて、宗嗣は自分の名前をあろうことか鷹恂に言い忘れていたのである。
恐らくは、鷹恂に向けて蓬蘆宮から塙麒が抜け出して巧国へ向かって居るのだと言っているはずだから塙麒が会いたいと言えばどうにか納得してくれるだろうと思っているのだが・・・
大丈夫だろうか?
それを不安に思いながら中々朝食が進まない宗嗣に対して周囲から心配されるものだから、それに対して宗嗣は大丈夫だと答える。
朝食も終えて凌雲山の縦長の稜線から光が出てきたとその神秘的な光景を眺めているとその方向から何かの影が見えた。
「ん?何だあれは?」
「騎獣か?」
皆にも見えているようだ。
その影は確かに馬の形をしていて10体近くいるのがよく分かる。
その騎獣の集団は一座の天幕のあるこちらの方に向かってきた。
周囲の一座のみんなを含めて傲霜の街の民の中でも数人ほどが見ている中、それは一座の天幕のある広場へと降り立った。
そして、そこから一人の男性だろうか、未だ薄暗くて分からないがその人物がこちらへ向かってきた。
その人物は宗嗣の近くまでやってくると膝をついて拱手の礼をとった。
「お迎えに上がりました、宗嗣殿。」
「・・・鷹恂か。」
朝陽が辺りを照らしたことでようやくはっきりとその人物の顔を見た。
傲霜の何処にいるのかも教えたが、まさか仮王本人が来るとは。
それに、こんなにも早くこの場所に来るとは思いもしなかった。
宗嗣は困惑しながらもこの尋常ならざる状況でで混乱が広まっている周囲を横に鷹恂を真っすぐに見た。