「おう、起きたか。」
目を開けると目の前に白髪で壮年の男性がこちらに顔を除かせていた。
宗嗣は相手の言葉に答えることなく周囲を見渡す。
部屋は五畳もないような小さな部屋。部屋の造りは木材と土壁と言う非常に質素な造りだ。
こんな部屋はとても日本では見たこともないようなものだった。
「ここは一体・・・?」
確か俺は赤い虎に襲われそうになって・・・
腕輪が光ったような・・・
最近の記憶を思い出してその中で気にかかった自分が嵌めている金の腕輪を見る。
何となく役に立つと思ってつけていたがまさかこれのおかげか?
「それ、結構いいものだな。
一体どこで拾ったんだい?」
そこまで考えたところで宗嗣は横から不意に声をかけられた。
さっきからいたようだが海辺に倒れていた頃から頭が混乱していたからかついさっきまで横になっていたからかどうにも頭の回転が遅いようだ。
「・・・あなたは?」
毛皮と木綿と思われる質素な布で出来た衣を見に纏っている白髪の男性を見上げる。
どうやら俺はとんでもない所に来てしまったようだ。
ずっと混乱したままの宗嗣の頭は比較的冷静にこの状況を整理する。
タイムスリップか何かだろうか?
「お前が血を流して海辺に倒れていたのをうちの里の者が見つけたのさ。
それで怪我をしたお前を俺らが治療したのさ。
その場所が里の近くだったから良かったな。」
どうやら俺はこの人に助けられたらしい。
確かに助けられたのはありがたいが、この人は一体誰なのだろうか。
「おっと、そうだった。
俺は黄朱の里の鄭楽という。
一応、剛氏だ。」
顔に出ていたのだろう。目の前の壮年の男性、鄭楽は宗嗣の疑問を解いてくれた。
「・・・一条宗嗣だ。」
「ところで黄朱や剛氏というのは何なんだ?」
聞いたことのない言葉が聞こえてきて訳がわからなくなる。
一体どういうことだ?
「何だお前。その年で黄朱も剛氏も聞いたことがないってのか?
そりゃ一体どういう・・・あ。」
「?どうしたんだ?」
鄭楽はなにかを思い出したからのような顔を見せる。
「そうか。お前、山客だったのか。」
鄭楽はぼそりとつぶやき一人で納得する。
「だから山客って何なんだ。黄朱は?剛氏は?」
勝手に一人で納得しないでもらいたい。
「そういうことか。
ああ、分かった。ちゃんと説明する。」
そうして鄭楽は一拍おいて答える。
「お前は異界からこの黄海へ来たのさ。」
異界から、つまりここは別の世界と言うことだろうか。
確かにそれを匂わせるようなことはあった。
まず日本には野生の虎なんていないし世界中をみても赤い毛並みをもつ虎なんて存在しない。
それにそもそもいくら意識がなかったからといっていつの間にか都市部から人の気配のない海辺にいるなんてことは非現実的だ。
ここが別世界であることを認める他ない。
「詳しく言うならば、お前は恐らく崑崙又は漢からこの黄海に来たのだろうさ。」
崑崙は聞いたことはあるけれどもどういう意味だったかは分からないが、漢とはもしかすると中国のことだろうか?
いや、だとすると、
「違う。俺の故郷は中国、漢ではなくて日本だ。」
「日本?もしかすると倭や蓬莱のことか?」
「ああ、多分それで間違ってはいないと思う。」
倭という言葉は知っている。
昔、日本が“日本”という国号となる前の中国が称した日本のことだ。
「となるとおかしいな。」
「ん?何が?」
「山客というのは崑崙から来てこの黄海に辿り着いた人達のことで倭から来た海客は虚海から雁、慶、巧等に辿り着くはずなのだが。」
「?それはどういうことなんだ?」
「ああ、えっと。
そうだな。まず、この世界の事を話した方がいいだろう。」
そう言って鄭楽はこの世界十二国の事について話し出した。
この世界は八の国がまるで開いた花のように国が位置しその八の国の四隅に四の島国があり十二国と中央の黄海という丸い島が存在し、この十二の国にはそれぞれ王と宰相の役割を担う麒麟が存在するのだという。
そして、この八の国と黄海の間に広がる海を4つに分けて黒海、白海、青海、赤海がその名の通りの色合いで存在しているのだという。
黒い海はともかく白い海や赤い海などといった海は想像できずありえないと思ったが宗嗣が見たすぐ近くの青海も普通の海の青さとは違い不自然な青さだったなとあの海の景色を思いだした。
そして、八の国の外の方には虚海という海があり、海客はその虚海の先の日本つまり鄭楽曰く倭から来るのだという。
今、宗嗣がいる黄海はこの世界の中心であり、山客は中国つまり鄭楽曰く崑崙からこの黄海に来るのだという。
このことに関して宗嗣はどがうして自分は倭にいたのに山客としてこの黄海にやってきたのかと鄭楽に尋ねるたがそれに対する答えは分からないとのことだった。
また、この世界には妖魔や妖獣などというような生物が存在しているのだという。
鄭楽に聞くところ宗嗣を襲った赤い虎は妖獣つまり人が飼いならせる類の生物の中の赤虎という妖獣なのではないかということだった。
特に鄭楽の話を聞いている中で驚いたのが卵果の存在だった。
この世の生物は妖魔や妖獣は分からないが須らく卵果という植物から生る果実から生まれるのだという。
人や家畜、穀物は里木から、それ以外の動物や植物は野木からというようにそれぞれから卵果が生るのだという。
「それで、さっきから疑問に思っていたんだが山客なのか海客なのかはどっちでもいいとして恐らくお前は胎果なのではないかと思う。」
「胎果?それは一体?」
「卵果については今話した。
それで、胎果というのはその卵果が誤って蓬莱や崑崙に流されて女性の胎内に宿ったことによって生まれた者たちのことだ。
向こうじゃ人は腹から子供が出てくるんだってな。」
おっかないなーなどと言っている鄭楽をよそに宗嗣はぼんやりと今聞いたことを考えていた。
もしも鄭楽の言っていることが本当で俺がその胎果なのだとしたら・・・
「俺は元々ここの人間なんだと、そういうことなのか?」
「ああ、そうなるだろうな。」
いや、しかし、
「ちょっと待ってくれ。
どうして俺がその胎果というやつならその根拠は?」
そうだ。俺は山客または海客のただの日本人だ。何を根拠にそんなことを・・・
「胎果というのは蓬莱や崑崙にいる間は胎殻という殻を被った状態なのだそうだ。それで、胎果は一度こっちに戻ってくるとその胎殻脱ぎ去って本来の姿に戻るのだそうだ。
・・・確か山客や海客は黒髪黒目という姿をしたものが多いそうだな。」
「・・・そうだな。」
髪を染めていたりしない限りは日本人や中国人は黒髪黒目が基本だ。
「宗嗣。お前の髪色は前から赤色だったか?」
「は?」
訳が分からないと思ってすぐさま伸びたまえがみをつかんで注視すると宗嗣の髪色は赤色になっていた。
ということは俺は胎果だということか?
「まあ、あまり気にすることはない。胎果基本そうなのだという。
それにお前の髪ものすごく綺麗だぞ。夕陽のように赤と金が混じったような色をしていて。青海のような紺碧の瞳とよく似あう。」
「紺碧の瞳・・・」
どうやら俺は黒髪が赤色に変わっただけでなく黒目も青色に変わってしまったらしい。