宗嗣が掌客殿に招かれてからそこに二泊し、翠篁宮を出ることとなった。
今日はこの傲霜の街にやってきてから4日目だが、宗嗣は掌客殿にて一泊して傲霜の街にて旅のための食糧など必需品を購入し、ついでに傲霜の大きな街並みを観光してその翌日、現在に至る。
現在、宗嗣は爍繃と共に雲海下の路門で鷹恂と会っていた。
「鷹恂。今回は本当にありがとう。
世話になった。」
本当に世話になった。
普通ならば麒麟が蓬山から下りてきてこの傲霜の翠篁宮にいるのだと知られることになったら文字通り上も下も大騒ぎになっていただろう。
しかし、今回は鷹恂が気を利かせてくれて傲霜の街はもちろん翠篁宮の官吏たちにも基本的には知らせるようなことはなかった。
とは言え、宗嗣としても王を探し意にこの巧国までやってきたわけであり、翠篁宮では簡単に身分を隠して燕朝の散策をして、傲霜の街でも同じように王を探しいてみたのだが王たりうるものはいなかった。
しかし、宗嗣は周囲の視線を気にせずに翠篁宮と傲霜の街の散策を行ったのだ。
もちろん、その中には昇山したことのある者もいるわけで昨日あたりから麒麟が蓬山から下りてきて傲霜の街にやってきたのだという噂は広がっているだろう。
この街はやはり巧国の首都だけあって翠篁宮も入れると他の街よりも昇山して宗嗣の顔を見たことがある者は多くいるのだ。
恐らくは、この傲霜の街から宗嗣が蓬山から下りてきたということは巧国の国民に広がることだろう。
「いえ、蓬山公におかれては道中お気をつけ下さい。
今回、傲霜でも翠篁宮でも王となりうるお方が見つからなかったのは残念ですが。」
「そうだな。
しかし、王は必ず見つける。
俺が理由はなんであれ北に行きたいと思ったのだからもしかしたら北にいるのかもしれない。」
「そうですね。
そうであることを祈ります。」
「ああ。
じゃあ、ありがとう。」
宗嗣は鷹恂に礼を言って爍繃に股がる。
そして、門卒を含めた10人程の人たちに見送られて路門を離れた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
宗嗣は自身の影に遁甲している徠河たち使令を伴って巧州国北部は淳州の州都柯柊へと東に遠回りするように毫州を通過して淳州へと向かっていった。
何故、わざわざ宗嗣は東の方に遠回りに行くことにしたのか。
それは、宗嗣が巧国のあらゆる面を見ておきたかったからである。
宗嗣は朱旌の旅芸人の一座と共に巽城から巧国の首都傲霜へと向かった。
それによって確かに宗嗣は巧国の実情を知ることが出来た。
しかし、それは人通りの多い巽城から首都へのルートであって巧国にはまだ他にももっと酷い状況の場所があるのではないだろうかと思ったのだ。
事実、巽城から首都への街道は他のところよりも人と物の動きが活発であり、それは他の州都と首都との間も同様に人と物の動きが活発である。
首都と主要な都市間の街道網にかかる街はそれ以外の街よりも巧国中で妖魔による被害があったとしても明らかに裕福なのだ。
だからこそ宗嗣はわざと首都から州都の大きな街道を通らずにかろうじて道が残っているような道を通って淳州州都柯柊へと向かうこととなったのである。
そして、その宗嗣の行動によって傲霜までの旅路では知ることの叶わなかったことを色々と知ることが出来た。
人通りの多い街道などから外れている里はそうなのだが、人通りの少ない街道の近くでも妖魔による被害というものが目に見えてはっきりと知ることが出来た。
宗嗣は一晩泊まるために近くにある里でもいいから泊まろうとしたのだが、その里の6割ほどが廃れてしまっていて更にその3割は確実に害獣や妖魔の類による被害によって廃れてしまっていたのである。
つい最近妖魔に襲われてしまったのであろう未だに血の匂いの濃く残る里もあった。
行政区分における里は人の少ないし場所も多いからか廃れてしまった里が多く見受けられたものの、族からこぞって人がいなくなっていたようなところもあった。
この遠回りな淳州州都柯柊への旅路で問題だったのが妖魔に関してだった。
巽城から首都への旅路とは違って何度も小さいものから大きい妖魔までそれらに出くわし襲われたのだ。
これは麒麟であり使令を従える宗嗣だからこそいいのであって、周囲には誰もおらずに宗嗣だけとはいえ人が通る街道でこのように頻繁に出会うような状況であれば何の力もない庶民は一体どうなんだろうかということまで考えてこの現在の巧国の実情に恐ろしくなった。
こうして、宗嗣は狙い通り巧国に関して傲霜から柯柊へと向かう過程で遠回りをすることによっていろいろといることが出来た。
しかし、その代償として最近人が襲われてしまったような里に訪れたり何度も妖魔に襲われてそれを爍繃たちに制してもらったりと血の気の多い旅路となってしまったために宗嗣は血の匂いに酔ってしまったために今現在は毫州の淳州との境から少し離れたところにあるとある郷城の宿屋にて休んでいるところである。
しばらくはこの街で養生するつもりである。
『塙麒、そこまで無理して巧国を知ろうとしなくとも・・・』
「駄目なんだよ、徠河。
自分の眼で見て知らないと。
俺はこれでも王の補佐として生きていかなくてはならない生き物なんだ。
せめて俺の命を握っている王を何もしないよりは国政で手助けしたい。
これが、今俺が考えていることなんだ。」
まあ、王がそれを許すような人だったらなと心の内で宗嗣は思う。
宗嗣はこの巧国を放浪している間に少しは考えていたのだ。
麒麟は王を選ばなければならないし、この巧国の現状を打開出来るのは王を選ぶことのできる自分自身なんだと理解し、宗嗣はこの国を助けたいと心の底から思っている。
だからこそ、宗嗣は王を選ぶことに関しては妥協しよう。
しかし、その代わりにこの国の国政に少しでも関わりこの国をみんなが怯え苦しむようなことのない国に変えたいと思った。
「さて、問題は会ってみないと分からないということだが・・・
何処にいるんだろうな俺の王様は。」
庶民が利用するような普通の宿だが相部屋ではなく一人だけのしかいない部屋でそのように呟く。
そこに突然この部屋の襖が開く音がした。
「誰だ?」
念のためにいつでも出てきてもらえるように影に潜む晧霍に小声で話しかける。
そして、その人物は現れた。
久しぶりに見た黒髪に黒目の日本人のような顔立ちをした壮年の男性だった。
「何で、日本語を話しているんだ?」
彼の表情は驚きに満ちていた。
その言葉で宗嗣は理解した。
「もしかして、海客いや、日本人か?」