「何で、日本語を話しているんだ?」
突然宗嗣の部屋に入ってきて問うてきた黒髪黒目の男性は相当に驚いたような表情をしていた。
「もしかして、海客いや、日本人か?」
宗嗣は突然現れた男性のその言葉を放った理由を想像してその男性がどんな人物なのの辺りを付けた。
「そうだが・・・
君ももしかして日本の方か?
・・・いや、その髪と眼は染めたものでもカラーコンタクトというわけでもなさそうだ。
そうとなれば日本人ではなく外国人か?
いや、それも違うか。
顔は日本人のそれと似ている。
・・・ということは君はハーフだろうか?」
目の前の男性は正面にいる宗嗣の顔を見ながら一人でブツブツと呟く。
「いや、日本で生まれて日本人の両親を持つ日本人なのだが・・・
あなたは一体?」
「そうだった。
紹介を忘れていた。
僕は永田義ヨシ衡ヒロ。
十年ほど前にこの世界に流れ着いた日本人だ。」
「そうですか。
俺は一条宗嗣。
同じくこの世界に流れ着いた日本人です。」
宗嗣は何故こんなところに海客である彼がいるのかということが分からなかった。
しかし、それはお互いが思っているだろうと思って互いに互いのことを話すこととなった。
お互いに久しぶりに同郷の者同士だったこともあって話は弾んだ。
だからと言って宗嗣は自分が麒麟であると話すつもりはないのだが。
「それで、どうして一条君はそのような容姿をしているんだ?
髪を染めたにしてもそんな複雑な髪の色はこの世界でも地球でも見たことがない。
同じ海客だとしてもその違いは何なのだろうか?」
「海客については知っているんですね。
ところで、卵果については知っていますか?」
「ああ、海客も卵果も知っている。
この十年の間でこの世界の言語も少しは話せるようになったおかげでこの世界のある程度の知識については分かっているつもりだ。
しかし、未だに僕たちを指す海客という存在についてはよく分かっていない。
それで、卵果がどうかしたのか?」
どうやら彼の知識は未だに言語に不自由しているためかこの世界について詳しくは知らないのだという。
しかし、中国語とは全く異なる言語を用いる人々がいるこの古代の中国のような世界において海客として流れ着いた彼がある程度の日常で不自由がないくらいに話せるようになったということに関して宗嗣は驚いた。
「俺は胎果という存在です。
胎果というのはこの世界の卵果が海客が流れ着く原因ともいえる蝕という時空間の乱れによって生じる台風のようなもので日本に飛ばされ、その卵果が母親の胎内に流れ着くことによって生まれた存在。
俺のようにこの世界に戻ってくると天に与えられた姿に戻るとそう言うことだそうです。」
「なるほど。
その胎果という存在には会ったことがなかったから知らなかったな。
それに、俺達海客がそのようにしてこの世界に流れ着いたのだとは・・・
君はそれについてはどのように知ったのだ?」
「えっと、それは・・・
俺を拾ってくれた黄朱の民に教えてもらいました。」
自分の存在を明らかにすることが出来ないで宗嗣は言い淀むがどうにか彼に訝しまれることはなく答える。
「黄朱の民というのは朱旌のことだったかな?」
「まあ、そのようなものですね。」
「・・・ところで君は何時この世界へ来たんだ?」
「三年ほど前です。」
「そうか、僕はさっきも言ったように十年前だ。
台風によって自分が住んでいた町が洪水して、気が付いたらこの世界にいた。」
彼はそう言って自分自身がこの世界でどのように過ごしてきたのかを語った。
やはり、最初はここの人々の話す言語が分からなくて苦労したということだった。
宗嗣は麒麟であったために海客だとしても言語に関しては全く困ることがなくて黄朱の里の人々の中でも物知りな鄭楽に助けられたこともあって意思疎通を難なく出来て苦労しなかったからその思いに共感することは出来なかったが海客の苦しみを少しは知ることが出来た。
彼が今この世界で海客にしては普通に暮らしていけたのは自分自身の技術によるものなのだと言っていた。
永田義衡は、この十二国の世界に流れ着いた時はちょうど研修の2年間をこなしている途中だった。研修医つまりは、研修生とはいえ医者だったのである。
彼はこの巧州国の淳州の下に位置して虚海に接する珞州という州の沿岸部だった。
彼は、未だに海客に対して強い反感を抱く虚海沿岸部の里の人たちの中で難なく生きてこられたのは運よく蝕による被害が軽微で済んだことと、蝕によって怪我を負った人を限られた機材で救ったことであった。
その後、彼はその里に常勤する医者として10年近く過ごしてこられたのだ。
その里で彼はこの世界の言語を学び、この世界の知識を学び、それをもって生きてきたのだという。
そして、最近になってド田舎であるその里で彼は海客とその海客の知識を欲するこの珞州の北に位置する淳州の変人の州候がいることを聞いて、もしもその州候に会えるのならばもっとこの世界のことを知ることが出来るのではないかと、そう思ったのだという。
奇しくも宗嗣と彼の目的地は同じ柯柊だったのである。
「そうか。
君も柯柊へ行くのか。
しかし、どうして?」
「特に理由はないのだけれど、柯柊に海客がいるのだと知り合いに聞いて・・・
この世界に流れ着いた同郷の存在に少し興味があって。
とは言え海客には会ったのだけれど。」
宗嗣はそう言って義衡の方を見る。
「ところで、日本に帰りたいとは思わないのですか?」
「思わないね。
もう十年もこの世界にいるんだ。
今更日本に帰ったって・・・
せっかくここまで頑張ってきたんだ。
最後までこの世界で生きていこうじゃないか。」
それで義衡が言うには、この世界の言語を話せることをいいことに彼は海客であることをだましだましこの街までやってきたのだという。
この郷城は淳州の境にも近いが珞州との境もここから同じくらいの位置にあるのである。
そして、身元のはっきりしない宿に関してはタダで診察をするからなどといってここまでやってきたのだという。
「結構苦労してますね。」
「そうだね。
でも、海客ならば君も同じようなものだろう。
それで、君は今まではどうやって?」
まあ、分かってはいたことだが彼は宗嗣のことについても尋ねてきた。
それに対して宗嗣は自分の存在についてバレないようにして話をした。
「俺は黄海に流れ着いて近くを通った黄朱の民の方に助けられて黄朱の里で過ごしてました。
知識についてもそこで。」
「そうなのか。
言語についてもそこで?」
「え、えーっと。まあ、そうですね。」
「そうか。」
どうやら彼をだまし切ることは出来なかったようだ。
何やら訝し気な視線を宗嗣の右腕に嵌めてある霊馴綜を見て相槌を打った。
「ところで、目的地が同じならば共に行かないか?
同じ日本人同士で。
それに、君も日本に帰る術があるのならば知りたいだろう?」
「え?
ええ、まあ。そうですね。」
宗嗣は突然の彼のその誘いの言葉に驚いたが困惑しながらも頷いた。
日本へ帰る方法ならば知っている。
俺はどうすればいいのか分からないが麒麟が蝕を起こせば帰ることが出来るのだ。
流石にそんなことを知っているのはこの世界では庶民にもそうはいないために言えなかった。
そして、宗嗣と永田義衡は一緒に淳州州都柯柊へと向かうこととなった。