宗嗣は不快な血の匂いを感じながら目を覚ました。
馬車で寝ているのだろう。
ガタガタと小刻みに揺れているを感じる。
天井は幌付き馬車の上の布が見える。
前にもこんな体験をしたような気がする。
そう言えば、朱旌の旅芸人である玉葉や微真たち一行と首都傲霜まで向かった時も妖魔を相手にして血に濡れてしまって倒れてしまったのだったな。
「大丈夫か?」
顔を覗かせてくるのは義衡だ。
そういえば、近くで人同士の争いが起こったのだったな。
それで、妖魔のそれとは違う怨嗟の籠った濃い血の匂いにぶっ倒れてしまったのだったか。
義衡には心配をかけてしまったようだな。
「悪い。
心配をかけた。
それで、俺達を襲った匪賊たちは?」
血の匂いに酔ってしまって倒れる前に見えたのは数十人はいるだろう軍隊が商隊に襲い掛かろうとしたところに向かってくるのを見た後だった。
恐らくはこうして見覚えのある馬車に乗せられて旅を続けているということはその軍隊に救われたのだろう。
「君が倒れている間に偶々通りかかった淳州州候の軍が僕たちを救ってくれたのさ。」
そうか、よかった。
・・・しかし、随分と死者が出たことだろう。
商隊の護衛をしていた人たちはあの時の記憶が確かならば恐らく全員死んだのだろう。
そして、匪賊たちも・・・
「・・・どうなったんだ?」
「商隊の護衛をしてくれた人たちは皆駄目だった。
それに、商隊の中にも・・・」
そうか。
しかし、そのことについては予想できた。
「そっちじゃなくて、匪賊は?」
「襲ってきた方の心配かい?
随分と優しいな。
・・・それに関しては軍が殲滅したよ。」
殲滅ということは全員殺されたということだろう。
確かに、無用な心配かもしれない。
「でも、彼らだってこの荒れてしまった巧国の被害者だ。」
「まあ、そうとも言えるだろうね。
でも、君が心配する必要はないだろう?」
その義衡の言葉に何も言うことが出来なかった。
今回の件は、匪賊となって人を襲ってしまった彼らのせいだが、自分のせいとも言えるのだから。
「その俺らを救ってくれたのだという軍は周囲にいる彼らのことか?」
宗嗣の視線の先には、この馬車を含む商隊一行の周囲を囲むようにしている武装した人たちがいた。
宗嗣は彼らに目をやって顔を顰める。
周囲に漂う不快な血の匂いは彼らからしている。
いくら自分たちを救ってくれたとは言え麒麟である宗嗣にとってこの死臭はきつい。
気分がよくなるものもよくなることはない。
「そういえば州候の軍の中に海客がいた。」
顔を顰めている宗嗣を訝しく思いながら義衡はそう言った。
「州候が海客を匿っていると聞いたな。
日本人が軍人になったということか。
変わってるな。」
宗嗣がそう言って馬車の周囲を囲むようにしていた州候の兵士たちを見れば、その中からこちらに向かってくる影が見えた。
その彼がだんだんと近づいて来るほどにその彼の顔がよく見えるようになる。
どうして?
何故、お前がここにいるんだ?
「彼から聞いたが日本の知り合いなんだって?」
義衡の言葉なんて聞こえない。
その鎧を身に纏い、帯剣という武装をしている彼は・・・
「久しぶりだな、宗嗣。」
「何でこの世界にいるんだ?
絢仁。」
俺の日本での友人、林堂絢仁だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
匪賊の騒動のせいで夕暮れまでに柯柊に着くことが叶わなかった州師の兵士百人も含めた一行は野木の下で野営をすることとなった。
宗嗣と義衡、絢仁の三人は冬の冷える寒空の下暖まるために焚火を囲んでいた。
「それで、宗嗣がそんな風に容姿が変わったのは胎果という元々はこの世界に生まれるべき存在だったからということなのか?」
「まあ、そういうことになるな。」
宗嗣は自分が今までどうして来たのかを黄朱の里で朱旌として過ごしてきたと言いそして、絢仁が特に疑問に思っていた容姿の変化についてを答えた。
麒麟であるということについてはわざわざ言おうとは思わない。
「それにしても、随分と容姿が変わったよな。
まあ、髪の色と眼の色くらいで顔はあんまり変わってないみたいだけど。
というよりも、あの時から変わってないんじゃないか?
身長もあんまり伸びてないようだし。」
「まあ、それについては・・・
もう身長はこれ以上伸びないってことなんだろうね。」
「それに、髪も随分と伸びてしまって。
髪を切る暇がなかったというのは分かるとしてもまとめるくらいしたらどうなんだ?」
「いや、それは・・・
気にしないでくれ。」
義衡は元々の宗嗣を知らなかったのだから特に何も言うことはなったのだが絢仁に関しては違う。
絢仁とは二年半前に別れて、しまったわけだけど、宗嗣はこの世界にやってきてしばらくしてから麒麟として成獣となってこれ以上成長することがなくなったのである。
少しどもりながらだが、うまくごまかすことが出来た。
「そういえば絢仁は今までどうしていたんだ?」
「宗嗣が突然いなくなったと思ったら俺もどこかの海辺に倒れていてな。」
その絢仁の一言で宗嗣は理解した。
絢仁は俺に巻き込まれてこの世界に流れ着いたのだと。
そんな風に考える宗嗣をよそに絢仁は語り続ける。
「淳州の州候椁夭様が海客に興味を持っているおかげで淳州の州都柯柊に来ることが出来た。」
「そして今はどうにか剣道の技術を生かしてこの州の武人として生きているんだ。」
「どうりで・・・
酷く血の匂いがすると思ったら、人を殺したんだな。」
宗嗣は絢仁の身体から感じる血の匂いに顔を顰めながらそう言った。
「仕方がないだろう。
仕事なんだ。俺はそれで食っていってるんだ。」
「しかし、あの匪賊たちを皆殺しにする必要はなかった!」
宗嗣は絢仁から漂ってくる血の匂いに酔ったからか、先程までの濃い血の匂いを思い出して思わず声を張り上げてしまった。
「・・・何か、宗嗣変わったな。
昔から血も争い事も嫌っていたのか知っていたけど、血の匂いでさえも嫌うようなことはなかったし、そこまで慈悲深くはなかった気がするな。
お前は現実を分かるはずだ。
匪賊となったものは殺さなくては他の善良な人たちに危険が及ぶ。」
宗嗣は絢仁の言葉で気付かされた。
自分はこの世界で麒麟として力を取り戻しつつあったのは分かっているが、日本にいたときとは別人なのではと。
「そうだな、大声で怒鳴って悪かった。」
この後も日本人同士ということで話を続けた。
別々の場所に流れ着いた三人の日本人は野木の下で語り合った。
俺が巻き込んでしまった絢仁は日本に帰さなければならない。
絢仁がいるべきはこんなところなんかじゃない。
そんな中、宗嗣は血の匂いを漂わせた絢仁を横目に一人そう思っていた。