宗嗣は三人一部屋のこの部屋でようやく日の出の時間を過ぎた頃に一人起きていた。
外は宗嗣の鬣のように夕陽のような赤色ではなく真昼のような明るさとは違って濃い青色の空に薄く白い太陽の明かりが見える。
窓の外には朝早くから活動し始めている人々の動きかちらちらと見える。
寝たくても寝れなかった。
まさかこんなにも早く王が見つかってしまうとは思わなかった。
宗嗣はこの世界に流れ着いて自分が麒麟だと思い知らされて蓬山に帰ってからいろいろと考えていた。
麒麟の将来は例外はあるものの王を選定して国を回していくその王を支えていくと決まっている。
蓬山育ちだろうと蓬莱や崑崙育ちだろうとそれは変わらない。
事実、現在戴国と芳国の二つの国の麒麟は胎果でありながら王を選んで荒れた国を立て直している。
日本では個人に尽く自由が与えられているからだろうか。
宗嗣は王を選ぶことしか道がないということに対して最初は憤りを感じた。
この世界に流れ着いてから当初は、もう日本に戻れないというのならばどうせならばこの未知の世界を渡り歩いてこの世界を見て回ろうじゃないかとその冒険のようなことに胸を期待に膨らませていたのだ。
それが、日本に帰ることが出来るのと引き換えにいきなり己の進路というのを決定付けられたのだ。
最初はそれはもう何で俺がそんな知りもしない国のために一生を捧げなければならないのだと思った。
しかし、今は違う。
王を選ぶということに嫌悪感を抱いていた宗嗣はやはりその王となるものを知らなければ始まらないのではないかと思って巧国のへと行くことにした。
そして、巽城からこの郡城までの道のりで宗嗣は自分が宰輔として中枢となって動かしていく予定の巧国の現状を確と見せ付けられて、宗嗣はこの酷く荒れた国を変えることが出来るのは自分しかいないのだということに気付かされた。
宗嗣は麒麟の慈悲であれ人としての偽善であれこの国がよくなって欲しい、変えてやりたいとそう思った。
昨日、塙王になりうる男性に会った。
というよりもこの宿を経営している妙齢の女性の息子だ。
王気とは何かは王に会ってからもよくは分からない。
しかし、やけにその男性が気になった。
そして、彼が王なのだと気づいた。
彼は自身を玄瑞と名乗った。
とは言え、昨日は簡単に名前を聞いただけで王を選ぶことに対して多少の恐怖のようなものを感じてしまったために逃げてしまったのだが。
宗嗣は薄暗闇の中一人この宿屋の井戸に向かった。
玉座に座るだけでこの国を救ってくれる王が近くにいるというのに宗嗣は決断できずにいた。
「早いのだな。
こんな時間に起きているとは。」
宗嗣が向かったその井戸には現在の悩みの種である玄瑞がいた。
「まあね。
いろいろ考えてて眠れなかっただけだけど。」
この早朝の寒空の下、彼は頭から水を被っていた。
黒髪には水が滴り足元は地面が水浸しになっている。
「何故こんなに寒いのに水浴びを?」
「ああ、先程まで狩りに行っていて森の中にいたからな。
血と泥と汗にまみれて気持ちが悪かったから水浴びをしたまで。」
こちらには顔を向けずに身体をタオルのような布で一心に拭いていた。
確かに彼からは微かに血の匂いがする。
「そういえば、あなたは海客なのだったな。」
「ああ、そうだが・・・
それがどうかしたのか?」
「出来れば蓬莱の宿屋についてお聞きしたい。
もしかしたらその蓬莱の知識が商売繁盛のために何やら役に立つやも知れないので。」
今まで堅物のような雰囲気を醸し出していたのに、それが一転表情は変わらずとも好奇心に満ちた視線を向けてくる玄瑞に宗嗣は困惑した。
そこまでではないがまるで椁夭のようだと思った。
「な、何故そんなことを?
海客は未だにこの巧国では海客は避けられていると聞いたが?」
「蓬莱の方が技術の点ではこの世界よりも上だと聞く。
事実、淳州州候は海客の知識を得るのに積極的であられる。
海客だからと避けていては進歩はない。
雁国のように有用な知識は取り入れるべきなのだ。
海客だけでなく現在の仮王は労働力を得るために差別されていた半獣に対して戸籍と土地が与えられている。
有用なものは何でも取り入れるべきだと私は思っている。」
宗嗣がそんな話を玄瑞としてしているうちに太陽がこの街の全体を照らし始めているようだった。
空は濃い青色から薄い青色へと変わっていた。
そんな中、この井戸のある広場に一人の人影が入り込んできた。
「玄瑞。
さっき、南西の森で妖魔が多く出没していたと話を聞いたのだ。
それを退治に・・・」
「それならば、さっき道すがら狩ってきたところだ・・・
ってどうしたんだ?」
入ってきた彼は玄瑞の他にもう一人いることに気付いて話している途中で宗嗣の方をチラリと見た。
彼はただその存在がこの場所にいることに困惑するのみだった。
口が開いてふさがらない。
「衒笙か?
そういえばこの瑚斗の街というのは聞いたことがあったな。」
「ほ、蓬山公!?」
宗嗣の言葉でようやく理解できた彼、衒笙はその場に跪いて拱手の礼をとった。
「蓬山公って・・・
あなたは、塙麒だというのですか?」
衒笙のその言葉を聞いた玄瑞はその普通ではない事態に驚いて遅れるも彼も同じようにして拱手の礼をとった。
「二人とも立ってくれ。
どうせお忍びで来たようなものだしそもそもそのように膝をつかれるのは好きじゃない。」
「しかし・・・」
「衒笙、遠慮はいらない。」
宗嗣がそう言うと二人ともその場に立った。
「衒笙、そういえば前に自分には同じ半獣の友人がいると言っていたよな?
もしかして玄瑞のことか?」
「はい。
姓名を陸璋、氏字を梁玄瑞と申します。
狼の半獣です。」
そうか、半獣だったのか。
もしかしたら同じように差別を受けていた者同士だから海客のことを悪しく思わないのかもしれない。
しかし、
「玄瑞、俺は麒麟だが王としてこの国を救いたいと思っている。
しかし、それは絶対にかなわない。
俺は、この国が半獣も海客も浮民も関係ない皆が過ごしやすい国というものであって欲しいと思っている。」
いきなりの宗嗣のぶっちゃけに対して二人とも驚いたようにして宗嗣の方を見る。
「俺は玄瑞の海客の知識に対して何の偏見も持たず利用しようとするその姿勢が気に入った。
あなたにならこの俺の一生を与えてもいい。」
その言葉を聞いて大体気付いたのだろう。衒笙はまたも驚いて隣の友人を見る。
対して玄瑞は何かを覚悟したような顔をしていた。
「衒笙、あの時お前の言っていた通りお前の友人はこの巧国を変えてくれると思う。
俺はそう信じる。
半獣や海客に対する偏見の視線が強いこの巧国を半獣の王ならば変えてくれるだろう。」
衒笙が頷く。
そして、宗嗣は玄瑞を真っすぐに見据える。
宗嗣は地面に膝をついてそのまま玄瑞のつま先に額がくるように跪く。
初めて宗嗣は人に対して頭を深く下げた。
そして言う。
「御前を離れず、詔命に背かず、忠誠を誓うと制約する。」
「俺と一緒にこの巧国を救ってくれ。
そして、この国の民を誰も見下すことのない心の豊かな国民にしてくれ。」
「ーーー許す。」
王の選定はなった。
これより、巧国は長い冬が明けて暖かな春の季節がやってくる。