サン猊。
その正体は四凶の一体である最凶の妖魔饕餮に並ぶほどではないものの、龍から生まれたが九種類の神獣のことを指す竜生九子の一体である。
煙や火を好み炎を吐き、その姿はまさにその名の通りサン猊つまりは獅子であるという。
この黄海には多種多様な妖魔や妖獣が生息しており、その中にはもちろん人の手には負えないような化け物さえもがいた。
事実、一昔前まではこの黄海に四凶の一体である饕餮が抄っており、当時未だ王すらいない黒麒麟に襲い掛かったのだという。
今ではその饕餮はその黒麒麟、泰麒によって折伏されてこの黄海には存在しないが、未だ四凶のうち三体がこの黄海に巣食っていてもおかしくはない。
そこでサン猊の件だが、一度合えばその獅子の顔より放たれる火炎によって死に瀕してしまうほどに危険なために黄朱の民は危険から自ずから避けるためにサン猊の居場所を命がけで探り当てていたのである。
このサン猊は令巽門から蓬山へと向かう道中から結構外れた場所に巣食っているのだということ剛氏の間では知られていた。
更には、今回のように令巽門からの昇山において剛氏連中は必ずサン猊の縄張りに近づかないようなルートをたどっていたのだ。
しかし、現在その令巽門付近の黄朱の民たちにとって畏怖の象徴ともいえるサン猊が昇山の途中で宗嗣たちの目の前に現れてしまっのである。
今、宗嗣たちの目の前にいる妖魔のその大きさは体高は優に2メートルは越えているだろうほどに巨大だ。どう頑張っても獣に共通の弱点である目を狙うことは非常に難しいだろう。
サン猊の外見は基本的には獅子の顔に身体をもっているがその頭には木のように捻じれ雄々しい角が二本はえていた。
それに、両前足と両後ろ足は堅い鱗でおおわれその先にある大爪は鋼鉄をも砕かんほどの威圧感を与える。
尻尾は獅子のそれではなく蜥蜴、いやまさに龍の子とでもいうような太くしなやかな龍の尾が生えている。
「ご、ごめん、鄭楽。」
せっかく自分を頼ってくれて今回の昇山に参加させてくれたというのに余所見をして正面から注意を逸らしてしまったせいでこのような事態になってしまったのだと宗嗣は後悔した。
「気にするな。
大体お前の直感に完全に頼りきりになってしまうというのがおかしいんだ。
それに、こいつがこの場所に現れるなどとは俺ら全員誰も思わなかったし考えもしなかった。
ま、お互い様ってやつだな。」
鄭楽が宗嗣を励ましたがそれでも宗嗣の胸中に渦巻く後悔の念は収まらない。
「ほらっ!宗嗣!ぼさっとしてんな!
俺らが相手をしているからお前はとにかくこの場から邵珀と共に離脱しろ!」
鄭楽にそう言われてハッと気付かされた。
そうだ。今はみんなをこのサン猊から守らなければならない。
鄭楽がサン猊と俺を対峙させないようにしているのは気のせいではないだろう。
血を嫌う俺はまともに戦うことなど出来ない。
せいぜいが獣から自分の身を守る程度しかできないのだ。
未だ血を嫌う自分を克服できないのが呪わしい。
「分かった。
皆のことは任せてくれ!気を付けろよ!」
そう言って宗嗣は昇山者のみんなをまとめてサン猊を大きく迂回するような道を通って剛氏は見習いの自分だけで蓬山を目指すこととなった。
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「さて、お前ら。こいつが宗嗣のもとに行かないように少しでも長いことここに留めないとな。」
鄭楽はそう気楽に他の二人に話しかけた。
「全く、鄭楽は随分と格好つけたがりだな。
まさかその方がかっこいいからといってこいつを相手にしてくたばるなんて事は無いよな?」
「まさか。
いくらか時間稼ぎをしたら俺らもしらばっくれるのさ。
なあに、宗嗣のことは問題ない。
あいつの直感は獣並だ。例外を除いて基本的にはあいつの危険察知はすさまじいのは知っているだろう。」
三人は気楽に話しながらもサン猊をダラダラと脂汗をかきながらしずっと注視し続けていた。
そして、その時はやってきた。
サン猊に動きがあった。しかし、こっちに向かってきたわけではない。
サン猊は鄭楽たちを睨みながら顎を引いて顔を徐々に上に上げていた。
(・・・まさかっ!)
サン猊を発見したものは皆死んでいる。
黄朱の民がサン猊の居場所を知ることが出来たのは黄朱の民の中でも隠密に優れた者が茂みに忍んでやっとの思いで見つけそして逃げることが出来たからである。
故にサン猊がどのような攻撃をしてくるのかは分からない。
サン猊が今何をしようとしているのかを知っているのは書物などを呼んで多少なりともサン猊のことを知っていた鄭楽だけであった。
「クッ!避けろっ!」
鄭楽はその一言を言うので精一杯だった。
鄭楽は叫びながら大きく右に跳んでサン猊の正面から逃れた。
その後、すぐだった。
全身に火傷を負ってしまうのではないかと思うほどの熱気を浴びたのは。
「グゥ・・・だ、大丈夫か・・・」
声を掠れさせながら二人の剛氏のいる方向を見るとそこには消し炭が残っているだけであった。
「な、なんだと?!」
二人はサン猊の吐き出した火炎によって少量の炭のみが残して焼滅してしまっていた。
「何ということだ・・・」
鄭楽はただ呆然とするほかなかった。
しかし、はたと気付いた。
「あいつはサン猊は何処だ?」
正面には先程まで威圧的な存在感を放っていたサン猊が見当たらなかった。
「ま、まさかっ!?」
ようやく気付いた鄭楽は叫んだ。
「宗嗣っ!」
つい先ほどこの場を去った自らの弟子のいるであろう方向を見て。