魔王軍幹部の一人、デュラハンのベルディアを倒してから一ヶ月と少しが過ぎた。クエストを請けて、これといったクエストが無い日はウィズの店に通っている。今日もウィズの店に行くつもりだったのだが――――――。
「いやー、君に会えたのは運が良かったよ」
「・・・・・・僕からしたら運が無かったよ」
目の前を歩く盗賊職の女の子、クリスの後を追いながら軽く愚痴る。
「ふぅ・・・・・・それで?僕をダンジョンに誘ったのは良いけど、僕はダンジョンに一度も行ったことないよ」
「あっ、それなら安心して。今日は軽く探索するだけだからさ」
「探索?」
「うん、何でも未発見のダンジョンが見つかったらしくてさ、そこの調査をギルドから依頼されたんだ。で、未発見のダンジョンってことは何があるか分からないから前衛職の人を探してたんだ」
クリスは僕の方を向きながら後ろ向きで歩く。
「それにほら、君とは知らない仲じゃないし、ダクネスと同じパーティーだから知らない人より信頼できるからさ!」
「・・・・・・はあ、まあ乗り掛かった船だから付き合うけどさ。それで?そのダンジョンってどこにあるの?」
「えーと、ギルドの人の話だとこの近くらしいんだけど・・・・・・あった!あれだよ、あれ!」
クリスが指差したほうには木々で見えにくいが洞窟の入り口が見えた。なんというか・・・・・・如何にもな洞窟だ。
「ダンジョンでの探索ならあたしの方が先輩だから何でも聞いていいからね!」
「頼りにさせてもらうよ」
クリスは胸を張ってそう言った。クリスもこう言ってることだし・・・・・・頼らせてもらおうかな。
――――――――――――――――――――
洞窟の中は暗く、じめじめしている。天井から水滴が落ちて地面に当たる音が辺りに反響している。
「うひゃー、やっぱり人が踏み込んでないダンジョンは荒れてるねー。それより・・・・・・シュウはこんなに暗いのに転ばないんだね」
「魔力で視力を強化してるからね。はっきり見える訳じゃないけど、足下と目の前ぐらいは見えてるよ」
足下は階段で所々に苔が生えている。どうも長い年月の間、人が足を踏み入れてないみたいだ。
「へー、ルーンナイトってそんなことも出来るんだ。あたしは盗賊だからそんな器用なことは出来ないなー」
「・・・・・・出来ないと死んでたからね」
思い出すだけで背筋が凍りそうになる。凛さんに真夜中の柳洞寺に呼び出されたと思ったら、視力の強化が出来るようになるまで終わらない鬼ごっこに参加させられたりした。参加者は僕と士郎さん。魔術師としては先輩の士郎さんはすぐに出来るようになった。駆け出しの僕にはそんな高度な技が出来るわけなく、ひたすら飛んでくるガンド(最弱)を受け続けていた。視力の強化が出来るようになったのは、士郎さんと凛さんがイギリスに旅立つ前日だった。
「・・・・・・えっと、何だか複雑な事情があるみたいだから聞かないでおくよ」
「そうしてくれると助かるよ・・・・・・」
真夜中の鬼ごっこは僕のトラウマの一つだ。他にも式さんとの鍛練で死にかけたり、先生とのルーン魔術の練習で死にかけたり・・・・・・あれ、結構死にかけてない?クリスと話していると階段を下りきった。通路は真っ直ぐ続いていて、しばらく歩いていると道が二つに別れていた。
「んー、こっちに行ってみよう!」
先を行くクリスは少しだけ考えて右に曲がった。
「簡単に道を決めたけど、スキルか何か?」
「ううん、違うよ。今のはあたしの直感に素直に従っただけ。あたしって幸運のステータスが高いから直感に従ったら結構上手くいくんだ」
幸運のステータスが高いって・・・・・・。
「・・・・・・幸運のステータスが高いなら佐藤君にスティールで下着を盗られないと思うんだけど?」
「そ、その話はやめろよぉ!あ、あたしだってどうして下着が盗られたのかわからないんだから!」
盗った本人もどうして下着が盗れたのかわかっていなし、下着も装備品の一つとしてスキルが認識しているのかも知れない。あとは佐藤君の幸運のステータスが高いのも原因の一つかも。
「んー、おっかしいなぁー」
「何がおかしいんだい?」
「いやさー、こういうダンジョンならアンデット系のモンスターがいてもおかしくないのに、今まで一匹も会わないからさ」
・・・・・・確かに。街から少し離れただけでジャイアント・トードやゴブリンといったモンスターが跋扈しているのに、このダンジョンにはモンスターの姿が見当たらない。
「その事はあとで考えるとして。ほら、ゴールが見えてきたよ」
目の前に高さ十メートル程の扉がそびえ立っている。
「・・・・・・どうする?」
「・・・・・・ちょっとだけ中を覗いて、何も無かったら中に入ってみよう」
ダンジョン潜りになれているクリスに従って、扉を少しだけ開けて中を覗いてみる。室内は暗く、何も見えない。
「・・・・・・行こう」
ゆっくりと扉を開けて中に入る。どれだけ視力を魔力で強化しようが、光源がまったく無いから足下しか見えない。
「ねえねえシュウ。魔法で灯りとかつけれないの?」
「無理かな。中級魔法と上級魔法だと灯りをつける以前に威力が強すぎて僕らの方が怪我をしかねない」
クリスの気持ちもわからなくはないけど、魔法を使ってダンジョン崩落、そのまま生き埋めなんて洒落にならない。なにより初期魔法は修得していない。
――――――カチッ。
僕の足下からスイッチを押したような音が聞こえた。すると、真っ暗だった部屋が一気に明るくなり背後からガシャンッ!という音がした。
「ちょっ、いったい何したの!?」
「・・・・・・なんか足下にあったスイッチ押しちゃったみたい」
クリスが頭を抱えているのを一度置いておいて、灯りがついた室内を見回す。入ってきた扉は鉄格子で塞がれて出られないようになっている。入ってきた扉の対面には初めから鉄格子が降りている。
「クリス。これからどうする?」
「・・・・・・はぁ。よし!悩んでても仕方ないか!こういう場合はどこかに開閉ボタンがあると思うからそれを探して」
「了解」
クリスが四つん這いで石造りの床をペチペチと叩いている。僕は逆に壁沿いを見ていく。岩が剥き出しの壁にはこれと言った変わったものはない。強いていうなら入ってきた扉とは逆の鉄格子の向こうから何かを引きずる音が聞こえるぐらいだ。
「ねぇー、シュウ!ちょっと来てー!」
壁沿いを一周し終わるとクリスに呼ばれた。クリスに近寄るとクリスは床を指差した。
「ここ。ここだけ他の床と叩いた感触が違うんだ」
クリスが指差した床を触ってみて、他の床を触ってみる。・・・・・・両方とも同じ床にしか感じないけど。
「・・・・・・違いがわからないんだけど」
「そ、そうだよね。シュウはダンジョンに潜ったのは今回が初めてって言ってたもんね・・・・・・」
クリスは頬の傷を掻きながら気まずそうに目を逸らした。
「ダ、ダンジョンにはこういう仕掛けもあるから覚えておいて損はない筈だよ!!それじゃあ押すよ!!」
「あっ、その前に言っときたいことが――――――」
クリスが焦るように床の一角を押した。入ってきた扉とは逆の鉄格子が上に昇っていった。鉄格子の向こうから何かを引きずる音がどんどん近づいてくる。
「ね、ねぇ・・・・・・何か聞こえない?」
「その事を聞こうとしたんだけど?」
昇った鉄格子の向こうから出てきたのは、六~七メートルはある巨躯に五メートルはある棍棒を引きずり、眼が一つしかない頭部。元いた世界で多くの神話に登場する幻想種の一角、巨人種が出てきた。巨人は僕とクリスを単眼で睨み付けてくる。
「――――――■■■■■■!!」
凡そ人が理解できない言語で叫んだ巨人は棍棒を振り上げて――――――僕たちめがけて振り下ろした。
・巨人
ギリシャ神話に出てくるキュクロープス(もしくはサイクロプス)をイメージした感じ。