アークエンジェルに乗ったままシンは、秘密裏にオーブ領海へと入った。居心地は悪いのか変わらないのに、キラは声を掛けてくる。安静にしてろと言われているのにも関わらず、抜け出してはシンのところにやってきた。今この時も、シンはインパルスを見上げながら格納庫で、キラと隣同士で座っている。
「この機体、ちょっとOS見せてもらってもいい?」
「それはちょっとって、まだ怪我治っていないのならあまりそういうことしない方がいいんじゃないですか?」
「……別に触るくらいなら大丈夫だよ。ちょっと、なんていうか君にはあっていないような気がして」
「なんでそんなこと……」
「なんでかな。戦ってみて、なんとなく感じただけなんだけど」
何を言っているのだろうこの人は。そもそもOSを見ることなんてできるのか。インパルスはザフト軍の機密でもあるので他国の人に安易に見せることはできない。当然キラもわかっているだろうに。それでもシンに合っていないのが気になるのだと言う。
「いざという時に、思った通りに動けなかったらそれは死に直結するから」
穏やかにキラは話す。だが、それはシンにも理解できた。戦場で止まることは死と同義だ。でも、そんな風にキラに案じてもらう資格などシンにはない。
「俺のことなんて気にする必要ありません。それよりそもそもまだ寝ていた方がいいのに、どうしてこんなところまで来てるんですか」
「特に理由はない、かな」
理由はないけれど一緒に居る。ここはザフト軍の艦じゃない。見知らぬ艦にいて、少なからず傍にキラがいてくれることに安心感を覚えているのは確かだ。気をつかってくれているのかもしれない。わかっていても、シンは素直に感謝を伝えることができなかった。
「俺……面白い話とか何もできませんけど」
「別にいいよ。僕はどちらかというと格納庫にいる方が落ち着くだけだから」
「なんでですか?」
パイロットなのにここが落ち着く。キラはそう話してくれた。シンならば絶対にこない。格納庫にいても楽しくもないし、整備士たちの邪魔になりかねない。もともとOS云々も得意ではないので、エンジニアに任せきりだ。ここにいてシンができることはない。それでもアークエンジェルのここにいるのは、インパルスがあるから。それ以外に身の置き場がないからだ。
「元々、プログラム弄っている方が好きだからね」
「パイロットなのにですか?」
「うん」
不思議だった。こうしてキラと話をしていることが。会話が続かなくても、キラは別に気にしていないらしかった。シンが黙っていても、話しかけてもどちらでもいい。優し気で、穏やかな人。フリーダムに乗っているなんて、信じられないくらいに細いし静かな人だった。
「おう、坊主ここにいたか」
「マードックさん」
「あまり艦長や姫さんに心配かけるなよ」
「すみません、騒がしくしてしまって」
この人は整備班のとりまとめのような立場にいる人らしい。キラとも長い付き合いで、気さくに話をする間柄だと。その周りにはオーブ軍服を着ている人たちがいる。否、ここにキラがいる間は常にその視線はキラへ向けられている気がする。シンが見られているわけではないので気に留めないけれど、キラは平気なのか鈍いだけなのか気にしている様子はない。
「キラ様!」
「あはは……」
オーブ軍服を着ている中で、キラのことをそう呼ぶ人たちが多い。元々アークエンジェルに乗っていたわけではなく、途中で合流したオーブ軍の人たちということだった。つまりそれはどこかで母艦を失い回収されたということだろう。そこまで言われれば、どれだけ鈍いシンとて気づくことはある。だが彼らはシンに何かを言うことはなかった。ただキラを案じるだけで、シンが一緒にいてもそこに触れることはない。
「キラ様、艦長より直に領海に入ると」
「わかりました。それじゃあブリッジに行きます。シン、君もおいで」
「え? でも俺……」
ミネルバの乗員でザフト軍であるシンが向かってもいいものだろうか。そもそもブリッジというのは機密も多い場所だ。
「構わないよ。マリューさんとカガリには許可をもらっているし、君も知るべきことがあるだろう」
「俺も?」
「うん。その上で決めるといいよ。君がどうしたいのか」
正直に言えばキラが何を言いたいのか、シンにはわからなかった。でも不思議と反抗する気にもならない。この人は大丈夫だと思える何かがあった。まだ足取りが不安定なキラ。先に行くとその場を立ちあがったキラに、シンは何も言わずその腕を取り首に回した。
「シン?」
「杖代わりくらいにはなりますから。負担掛けない方がいいでしょう」
「……ありがとう、シン」
「い、いきますよ」
キラと共にアークエンジェルのブリッジへと入った。入ってまず驚いたのは、そこにいる人員の少なさだった。たったこれだけで艦を動かしていることに驚きを隠せず、シンは呆然と立ち尽くす。
「まぁ、そうなるよね……」
「とりあえずキラ君はいつものところに座ってくれる?」
「わかりました……」
何が何だかわからないのでシンはキラに言われるがまま、操縦席の隣にある席へとキラを座らせた。シンはその隣に立つ。
「まず、現状の共有からしましょうか」
「ザフト側はロゴス討伐の名目を掲げて、今はジブラルタルで待機中です。
オペレータ席にいるミリアリアが情報の説明をしていく。ミネルバはエンジェルダウン作戦後、消息不明としてザフト軍から離脱している状況らしい。
「その後極秘任務としてオーブに潜入する予定とのことです」
「わかったわ、ありがとう」
極秘任務。そこでシンと合流するということなのだろう。一体どういう任務なのかが気にかかるが、シンは命令を待つしかない。
「キラ君、申し訳ないけど解析をお願いできる? たぶん例のものだと思うわ」
「わかりました。こっちにデータをください」
置いてあったPCを開くと、キラはキーボード操作を開始した。左の手が時折止まるので、まだ痛みが残っているのだろう。それでもキラは手を動かす。
「終わりました……えっと、たぶんこれはシリウェルさんではなく、エターナルを通じてからですね」
「エターナルから? でも暗号が違うわよね?」
「はい。使っているのはシリウェルさんのIDなのですが、実際にメッセージを出しているのはアマルフィさんです」
「……そう、それで内容は?」
アマルフィ。おそらくユリシアだろう。シンも何回か会ったことがあるシリウェルの婚約者だ。シンにもとても優しく接してくれて、アーシェにとっては尊敬する人でもある。義理とはいえ姉妹になることを楽しみにしているほどだ。
「……」
「キラ君?」
険しい表情をしたままキラは動かない。シンもどうしたのかとキラの顔を覗き込むと、その拳は強く握りしめられていた。
「キラさん?」
「……カガリ」
「どうしたんだ、キラ?」
「シリウェルさんが行方不明になった。アスランも一緒に」
「え……」
「なっ……」
キラの言葉にシンは何を言われたのかがわからなかった。シリウェルが行方不明になった。キラは何を言っているのだろう。
「な、なんで……シリウェルさんがいるのは国防本部のはずじゃ……」
「その通り。けど、シリウェルさんの艦であるカーリアンスにも連絡がない。ユリシアさんはラクスと共にエターナルにいるらしいけど。連絡が取れなくなっているって」
「シェル、お兄様……」
キラは立ち上がると、艦長席を見上げる。
「オーブにミネルバが潜入した後、グラディス艦長を中心にセイラン家を含むブルーコスモス寄りの首長家を拘束。カガリは内閣府官邸、国防本部を掌握して、オーブの港口をすぐに封鎖。すべてザフトがヘブンズゲートを墜とす前にやらなくちゃならない」
「キラ……それは」
「シリウェルさんの部下が動いてくれている。本当なら僕も行きたいけど、白兵戦じゃ力になれないし、今は動けないから……カガリには悪いけど、モルゲンレーテのメインシステム含めて中枢システムにハッキングはさせてもらうね」
サラっととんでもない発言をしているキラだが、その表情は真剣そのものだ。それでもシンはシリウェルが行方不明という衝撃から戻れずにいた。
「シン……」
「シリウェルさんは……そう簡単にやられるわけ、ありませんよね?」
「……うん。大丈夫、そのためにアスランが行ったんだから。彼は一人じゃない。だから今は、それを信じて動くしかない。議長が何をしたいのかはわからないし、これも政治だと言われれば納得しなければいけないのかもしれない。それでも……何かを為すためだからって、誰かを犠牲にしなければならないことだけは、認めたくないんだ。それが大切な人であればなおさらね」
「……」
キラが言いたいことは何となくわかった。正直に言えば、シンは議長が何を考えているかなどどうでもいいことだ。シンが信じているのはシリウェルだから。そのシリウェルを害するというのであれば許せない。
「俺もいきます。ミネルバと合流するためにも、シリウェルさんがそうしてほしいって言うんなら俺はそれに従うだけですから」
「シン」
「キラさん?」
シンが告げた言葉を聞くと、キラはシンの肩に手を置き、どこか神妙そうな顔をしていた。どうしたのかと首を傾げる。
「そういう言い方は良くない」
「え?」
「君がどう行動するのかを決めるのは君だ。シリウェルさんじゃない」
「どういうことですか?」
「命令に従って行動するのはとても楽だし、それが軍人だと言われればそうなんだろうけど、今の君は軍から離れている。誰かが言うからそれが正しい、誰かが言うから間違いだと、それだけで物事を判断するのはとても危険だ」
何を言っているのかシンにはわからなかった。シリウェルを信用しているから、その判断が正しいと思っている。シンからすればただそれだけのことだ。
「誰かがシリウェルさんを語って君に命令を下しても、君はそれを信じてしまう」
「そんなこと!」
「あるわけないって言える? 現に今、僕が言ったことがすべてシリウェルさんからだっていう証拠はないんじゃない?」
「そ、れは……」
確かにその通りだ。何よりもここはアークエンジェルでありミネルバではない。ザフト軍の艦ではないのだから。その情報が正しいとは限らない。でも、シンは信じている。キラの言葉を。それは……。
「俺、ここにきてまだ日は浅いですけど……それでも、他の人はともかく、キラさんがいうなら信じられるんです」
「え?」
「俺を騙すつもりならわざわざそんな忠告しないですし、そういうことを俺に言ってくるってことはそれはキラさんが優しいからで、俺のことを考えてくれているからだって思いますから。だから、俺はそう考えて俺自身がキラさんを信じられるって思うから、その言葉が真実だって思ってます」
言われてから考えた言葉だけれど偽りではない。戦った相手であるシンのことを、キラは気遣ってくれた。フリーダムとの戦闘についても色々と教えてくれた。キラがそんなことをする必要はないのに。怪我を負わせたのはシンの方なのに。
見て、触れて、知ったからこそ判断できる。この人は信用できると。
かつてシリウェルに言われた言葉。盲目的にシリウェルを信用するな。それはこういうことなのだろう。その名を騙って情報を与えてきた場合、それが真実なのかを確かめもせずに信じることをするなと。キラは同じことをシンに伝えてくれた。何よりも、戦い合ったからこそわかるものがある。
「俺、キラさんの言葉が偽りだとは思いません。キラさんだって、シリウェルさんからだっていう確証があるから教えてくれたんでしょう?」
「……うん、そうだよ」
「なら問題ありません」
「シン……わかった。なら僕はもう何も言わない。カガリたちと一緒に潜入してもらっていいかな?」
「はい!」
映画のキラとシンの関係性いいですよね!