オーブ領海からオノゴロ島へと侵入したシンたち。シンはザフト軍のパイロットスーツだが、周りはすべてオーブ軍。この場にいること自体が不思議だ。戦闘では対立していた関係だというのに。少なくとも、ここにいるオーブ軍の人たちはクレタ沖で対峙した人たちなのだ。
「この先、シェルお兄様が指示した地点までは警戒を緩めるな」
「はっ」
まだ近くに人の気配はない。だがここは既に監視下に入っている場所だ。ここまですんなり入り込めたのも、事前にシリウェルの部下が配慮してくれた結果らしい。監視カメラなどに映ったデータは即時削除していると。つまり、彼らには既にこちらが侵入していることは伝わっているということだ。
「止まれ」
カガリが先頭で足を止める。そもそも代表首長なのだから、本来ならば護衛される立場の人間であり、こういう場では中ほどにいるのが当たり前だろうに、何故堂々と先頭を歩いているのか。溜息を吐きながらも警戒を緩めずにいると、前方から近づく気配があった。
「誰か来る」
「あぁ……おそらく、アスハの者だ」
「え?」
「ご明察です、カガリ様」
建物の陰から出てきたのは、メイドのような服装をした黒髪の女性だった。
「シリウェル様よりご指示を受けております、サクヤ・ハマラと申します。アスハ家に仕える者です。見知りおきくださいませ」
「は、はい」
「サクヤ」
「ひとまずは皆様モルゲンレーテの方に。オーブ軍の方々はそのまま戻っても違和感はないはずですが、カガリ様とその子は別です。見られれば必ずセイランの耳に入ります」
「わかった」
「それとモルゲンレーテは、セイランはもとより他の首長の皆さまに肩入れする者どもは既に排除済みです。ご安心ください」
にっこりと笑みを深くするサクヤに、シンは背筋が凍るような感覚を抱いた。何故か、それ以上突っ込んではいけないと思わせるような何かが彼女にはある気がして。
「サ、サクヤその……穏便、に」
「若様に歯向かおうとするのであれば、そのような温情は不要ですから。カガリ様の害になるのであれば、多少の手荒い手段をとっても構わないと若様より言われておりますので」
「あ、あぁ……その、ありが、とう」
「当然のことです」
怖い。この人には逆らってはいけないと本能的なものが悟った。
モルゲンレーテに入ると、シンは外套のようなモノを羽織らされた。パイロットスーツでは目立つからということらしい。この後、ミネルバと合流するにしても、それまでは隠しておいた方がいいだろうと。
「先ほどメインシステムがハッキングを受けまして、相手がわかっているので好き弄ってもらっている状態です。多少警報が鳴ることもありますが、あまり気にしないでください」
「キラ……」
「キラさんって」
「あいつ、やると言ったら本当に容赦なくやるんだ……たぶん、あいつなりの怒りなんだろう」
途中にあるPCは放棄されているようだった。画面には警告が出ているが、それ以外は何かが起きている節はない。
「警告を出さないようにセキュリティーを弄ることも出来ると言われましたが、終わった時がわからないので出したままにしておいてくださいと私がお願いしました。若様もご存じのようですから問題ないと」
「キラならば大丈夫だ。信用していい。私の弟だから」
「……カガリ様と若様お二人が信用しているのであれば、なおのこと問題ありませんね。キラ様のことは、私たちの方でも共有しておきます」
「頼む」
シンたちが向かったのはモルゲンレーテにある地下。その奥にはドッグもあるらしく、そこでアークエンジェルは修理補給を行うらしい。すべて現オーブ首脳陣には内密に行われているため、本部には連絡が届けられていない。それはそれでどうなのかと思うが、オーブに至ってはもはや突っ込むだけ無駄な気がした。
「内閣府官邸に突入し、ウナト以下を拘束する。国民にはどの程度ロゴスの情報が伝わっている?」
「ロゴスメンバーが表示された辺りで、映像は打ち切られました。セイラン家を含め、どの家が関わっているかなどは国には流れておりません」
「汚ねぇ奴らだ」
「えぇ。ですがそれはそれで意図的だと懐疑的な者たちもおられます。オーブは常に公平に、そしてオープンに進めてきました。ああいった状況であっても包み隠さず、状況を伝え、その上で判断し行動するのだと示してきたのです。それを自ら破っていると示した現政権に疑念を抱くのも当然でしょう」
サクヤはオーブ国内の状況に詳しかった。アスハ家に仕える者だというが、単なる使用人がここまで国の情勢に詳しいものだろうか。ファンヴァルト家にいる人たちも、情勢には詳しいけれど、プラント政権について色々と話をしていた姿は見られなかった。そう思ったのはシンだけでなかったらしい。カガリが険しい表情をサクヤに向けていた。同じようなことをカガリも考えていたということだ。
「サクヤ……それはお兄様の指示か?」
「はい」
「どこまで……いや、いつからだ?」
「……先の大戦が終わり、条約が締結されてまもなく。正式に命じられたのは、その後に若様がオーブに来られた後になります」
「そんなに前から、このような事態を予期していたというのか……」
カガリ曰く、二年近く前からだということだった。その時からシリウェルは準備していた。いつか来るであろうこの日を。オーブがセイラン家主導によって、誤った道を選ばざるを得ない日が来るかもしれないと。
「若様とてすべてを予想していたわけではありません。常に最悪を想定して動いていただけのことです。現に、同盟締結の件は何もできないことを謝罪しておられました」
「それはだって――」
「はい、どうすることもできない状況でした。仕方のないことではあります。それでも若様はオーブにおいても責任がないとは言い切れないと、遠くプラントにいてもあの方は常にオーブのことを想ってくれているのです。我々はそれをよく知っていますから」
「そうだな……私もよく知っている。いつだって、シェルお兄様は私たちのことを想ってくれている」
ふとシンの脳裏にシリウェルの悲し気な表情が浮かんだ。シンを庇って亡くなったクレアというシリウェルの母親。悲しむ資格も泣く資格もないのだと寂しく微笑んだあの時の顔を。縁ある場所、そこにいる人たちを守りたくてもシリウェルにはできなかった。結果がわかっていても動けなかった。わかっているからこそ辛いこともある。それでもシリウェルは誰かを責めることはしない。
「カガリ様、それでも若様にも予想できないこともたくさんあります。正しくあろうとしても、それが間違いである可能性もある。だからこそ必要なのは情報だと。私たちはそれを届けるために、今も動いております。今も、この先も……」
「サクヤ」
「今のカガリ様ならばお分かりになるでしょう。それが必要だと。そのために、この手を。その身を汚すことがあろうとも」
「うん……わかる。わかっている。綺麗ごとだけでは収まらない。理想だけで作れるほど、世界は甘くはない。わかっていたつもりだった。でも、私は本当の意味では理解していなかった。今ならわかることがたくさんある。ロゴスがやっていることも、ある意味では間違ってはいないのだろう。それが世界であり、社会だ。必要とするものがいるから成り立っているのは事実なのだから」
「あんた何を……」
ロゴスもある意味で間違いではない。何を言っているのだと、シンは非難する視線をカガリに向ける。だがカガリはただまっすぐにシンを見つめ返す。
「私はロゴスを支持しない。誰かを犠牲にしてまで作る世界が正しいとも思えないからだ。私はオーブという国が何よりも大切だ。そこに住む人々も。彼らには自由に、己の意志で、選んだ道を生きて幸せになってもらいたい。それを自分たちの利になるからという理由だけで争いをはじめ、奪うことは許せない。誰にでもあるはずなんだ。この世界に生きて、幸せになる権利が」
ロゴスを許せない。ウルスレイも同じことを言っていた。けれど、あの時はどこか他人事のように感じていたのに、カガリの言葉はシンの中にスーッと入ってくる。
ロゴスは討つべきものだとウルスレイは言った。在ってはならないものだと。カガリはロゴスがあることまでは否定していない。存在ではなく、その行為が許せないのだと言っていた。
「……あんたは、ロゴスを討つべきだと言わないんですか?」
「思っているさ、今はな」
「え?」
「ただ今のロゴスに属する者たちを討っても、また新たな者たちがロゴスになるだけだとも思っている。既にロゴスの者たちは世界に引き金を引いてしまった。ならば私も、守りたいもののために銃を取る。易々と奪われるのを見ているつもりはない。だから私はここにいる」
「……何がいいたいのかよくわからなくなってきたんですけど」
色々と話を聞いたけれど、結局何を言いたいのだろう。そう問いかけると、カガリは強い意志を宿した瞳をシンから逸らし、天を仰いだ。
「我がオーブにロゴスは必要ない。オーブの理念と意志を内から崩そうとするのであれば、それを討つ」
「カガリ様」
「まずは内閣府官邸に向かう。ヘブンズゲートが墜ちる前に港を封鎖しなければならない。この先誰にもオーブ内に誰も立ち入らせないために」
「でも、そもそもなんでそんな期限付きなんです?」
キラからも言われた。ザフト軍が墜としきる前にと。何故、そんな条件を付けるのだろうか。
「オーブにもロゴスメンバーがいる。向こうが墜ちたあと、それを頼ってここに来る可能性がある。月にでもあがるのであれば、ここにはカグヤもあるんだからな」
「あ……」
「マスドライバーの使用を制限するのは、キラ様にお願いしておきます。オーブ軍の中にもセイラン寄りの者が入り込んでいることもあり、カグヤまでは手が回っておりません」
「厄介だな……だが、今は動くしかない。時間がない、いくぞシン」
「え? あ、えっとはい!」