仕事が一段落したので、食事を終えたシリウェルはコーヒーを味わっていた。
同じリビングには母と妹アーシェが座っている。こうして家族で過ごすことは、半年以上振りだった。
「……兄様、また直ぐに出られるのですか?」
「そうだな……」
食事の時は嬉しさを全力で表していた顔が曇っているのを見て、シリウェルはアーシェをかまってやれていなかったことに申し訳なさを感じていた。
どのくらい邸にいられるかをスケジュールで考え、今日と明日位は問題ないと結論付ける。
「……後で本部から報告を受ける必要はあるが、今日は家にいるつもりだ。どこか行きたいところがあれば、付き合えるよ」
「本当ですか兄様っ!?」
「あぁ」
沈んでいたアーシェが嬉々とした表情に変わった。その変わりように思わずシリウェルも苦笑する。
「あらあら、アーシェ。シリウェルは任務を終えて疲れているのよ。あまり無理を言ってはいけないわ」
「問題ありませんよ。たまには、妹孝行しないと忘れられてしまいますから」
「全く、貴方はアーシェに甘いのだから」
「母上ほどではありません」
軍内部にいるときとは違い、久方ぶりに感じる穏やかな空気は張り詰めていた緊張感を解してくれるものだった。ここには、ファンヴァルト家の者以外はいない。ナンナや執事たちなども下がっている。それは、家族の団欒を邪魔したくないという配慮からだった。
アーシェと出掛ける約束をしたシリウェルは、その前に報告を受けるため自室にて、回線を開いた。
『隊長、本日は休暇ではないのですか?』
「そういうレンブラント、お前こそ今日は非番のはずだが?」
『それは……流石に艦を空けるわけにはいかないでしょうし』
「そうだな。悪い。明日は俺が代わるよ」
誰もいなくなる訳ではないが、いつ何が起こるかわからない戦時中なのだ。レンブラントの判断は正しい。
『いえ、隊長はこれまで休暇を取られていません。休暇といっても、別の仕事を抱えられていると聞きました。こちらは私に任せて下さい』
「……そうか、わかった。お言葉に甘えるよ」
『それで、何か艦に用件でもあったのですか?』
「あぁ。留守組の様子を見たかったんだが、レンブラントがいるなら不要だったな。何かあれば連絡してほしい」
『はっ』
「数日は何もないはずだが、スピットブレイクのシナリオ次第で変わることもある。機体はいつでも動かせるようにしておいてほしい」
『承知しました』
伝えるべきことを伝え、通信を切る。
更に本部へと通信を繋げ現状の情報を得ると、シリウェルは通信を終わらせた。
明日の夕刻には一度付き合わせと製造ラインの確保を行わなければならない。
未だ例のMSと艦を墜とすこともできず、ザフト側の被害は増えるばかりだった。アフリカさえも退けられてしまったという。相手はたった一機だ。支援があったとしてもMSはそれのみ。相手の技量が余程優れているのだろう。どちらにしても、厳しい状況であることは間違いない。
「……荒れることを考えた方がいいのか」
連合を直ぐにナチュラルと紐付ける者たちもいるだろう。追い込まれているのはプラント側なのだ。これ以上犠牲を増やすことは、戦争が終わることさえも遠ざけてしまう。何が最善か、シリウェルは考えなければいけない。
コンコン。
「シリウェル兄様?」
「!?」
扉の奥から呼ぶ声がする。アーシェの準備ができたのだろう。シリウェルは思考を振り切り、身支度をした。
「今行くよ」
「はいっ」
これが戦争が終わる前に家族でいられる最後になるだろうことを感じながら。
☆★☆★☆★☆
たっぷりと家族と過ごした次の日。
シリウェルは一人、車である場所へと向かっていた。アプリリウス市にてシリウェルと二分する有名人でもある彼女の元へと。
車を止めると、直ぐにクライン家の使用人が迎えでて来た。
「お待ちしておりました、シリウェル様」
「急な訪問で済まない」
「いえ、お忙しい中わざわざありがとうございます。こちらへ。ラクス様も心待ちにしておりました」
「そうか……」
この邸に来るのも戦争が始まって以来となる。幼馴染でもある彼女は、その立場からメディアに出て仕事に精を出しているようだが、顔を合わせてはいなかった。
案内されたのは応接室だ。中に入ればそこには、ピンク色の髪を靡かせながらベランダを覗いていた少女、ラクス・クラインが立っていた。シリウェルに気がつくと、ゆっくりと淑女の礼をする。
「お久しぶりですわ、シリウェルお兄様」
「あぁ、元気そうだなラクス」
頭をあげ、ラクスは憂いの表情を作りながらシリウェルへと歩み寄る。
「……少しお痩せになりました? お疲れなのではございませんか?」
「問題ないさ。立て込んでいただけだからな」
「お兄様……」
「それより久しぶりに会ったんだ。ラクス、お前の紅茶を飲ませてくれないか?」
「お兄様ったら……わかりましたわ。お任せくださいませ」
話題を避けようとしていることに気がつきながらも、ラクスはそれに付き合ってくれるようだ。無論、ラクスの入れる紅茶がシリウェルのお気に入りというのは間違いではない。
美味しい紅茶を飲みながら、しばし他愛ない会話を弾ませた後、シリウェルは本題を切り出すために、ラクスへと紙の資料を渡した。
「? これは?」
「……俺が造ったものだ。スピットブレイクには間に合わないが、近いうちにロールアウトまで持っていくだろう」
ラクスの目の前に示されたのは、MSたちの情報だった。
国家機密とも言えるものだが、それを渡すことに躊躇いはなかった。
「何故、これを私に?」
「……戦況は聞いているか?」
「……はい」
「だろうな。お前が動かないならそれでもいい。だが、保険はかけておきたい」
「お兄様……」
クライン派の力はシリウェルも感じている。その中心にいるのが、目の前の少女だということもシリウェルは理解していた。
「一つでも戦況を変えることのできる力だ。万が一、ザフトが進む道に懸念を抱き、未来に不安を感じたなら、その時はお前が利用してほしい」
「シリウェルお兄様、それでは貴方は?」
「……俺は誰かにこの役目をさせたくなかった。だから造ったが、それでもどこかで疑っている。ならば、同じく平和を願うお前に託したい」
「……」
「杞憂ならばそれでいい。ザフトの力になるだけだ」
戦況が思わしくない中、先走らないかを懸念しているのだということはラクスにも伝わったのだろう。ラクスは、紙の内容を見つめた。漏洩させてはいけないものだ。だからこそ、紙という手段で持ってきたのだ。どこから漏れるかわからない。この場でラクスが見終われば直ぐに燃やすつもりで。
「……わかりました。お兄様の想いも願いも、私がお預かりします」
「そうか」
「ですが、お兄様はどうされるのです? 万が一、私が動けばお兄様も……」
クライン派が動けば、親交のある者たちは一斉に検挙される可能性がある。シリウェルとて例外ではない。拘束されることもあり得るのだ。
「心配するな。俺なら大丈夫さ。そう簡単に俺を殺すことは出来ない」
「ですが……」
「お前の方が危険なんだ。俺のことは気にしなくていい。ラクス、己が願う未来のために信じる道を進め。その結果がどうなろうと、それはお前の責任ではない。ただの結果に過ぎないのだからな」
「……覚悟の上なのですね。ですが、それではクレアおば様たちは……?」
「……明後日にでも地球へと向かわせようと思う。プラントにいるよりも、伯父上たちの元の方が安全だからな」
オーブならばクレアを受け入れてくれるだろう。アスハ家の縁者なのだから。アーシェも共に行く方がシリウェルも自由に動ける。まだ話しはしていないが、シリウェルの中では既に決定していた。
「……わかりました。私も時が来れば覚悟を決めます」
「あぁ。だが、無理はするな」
「はい」
シリウェルの目の前にいるのは、画面の中で見る優しい顔をしたアイドルではない。決意を秘めた、強い意志を持った一人の女性だった。シリウェルは託せたことに安堵し、ラクスの隣に座るとその頭を撫でた。幼い頃にそうしていたように。