第14話 スピットブレイク発動直前
ファンヴァルト隊母艦ヘルメスの格納庫にシリウェルはいた。
メカニック担当のガウスと共に、己の機体であるレイフェザーの調整をするためだ。スピットブレイクへの参戦は既に伝えられている。本来ならば、新造MSのテストをしておきたいところではあるがその余裕はなさそうだった。
「……今回は機動性を重視するってことなので、火力はこの程度しか装着しませんが、いいんですか?」
「あぁ。数ではあちらが有利だ。被弾するよりはマシだろうからな」
「気を付けてくださいよ。……MS部隊しか隊の参加が出来ないのは、本当につらいですが」
「十分だよ」
ファンヴァルト隊ではMSのみが参戦する。だが、シリウェルを除いて宇宙で待機させる予定だった。何が起こるかわからないため、戦力をすべて注ぐのは危険だと判断したからだ。宙域にてヘルメスで待機。状況を見て加勢する布陣とする。出発は明後日。それまでに準備を終えなければならない。
「時間が足りないと言っている場合じゃないか……」
「隊長どうかしたんですかい?」
「いや……何でもない。少し宙域へ出てくる」
「承知しました」
MSに乗るのは随分久しぶりな気がする。最近は、交渉やら設計やらと内務しかしていない。腕が鈍っていないかの方が重要だ。
MSに搭乗すると、ハッチが開くのが見えた。CICを見れば、既にユリシアがいる。レンブラントに指示は出してあるため、シリウェルから直接伝える必要はない。出撃のサポートだけしてくれればいい。
「アマルフィ、いいか?」
「は、はい。こちら問題ありません。発進お願いします」
「あぁ」
ハッチを飛び出し、宙域へと出る。自由に動くMSは、爽快感をもたらしてくれた。久しぶりの空気である。
動作確認のため、ある程度の操作を行う。敵がいるわけでもなく、無駄に戦闘を行うつもりもない。動きを確認し、勘を研ぎ澄ますようにシリウェルは宙域の中にいながら目を閉じた。
「……よし、行ける」
『隊長、どうですか?』
「問題ない。いったん、帰還する」
『はっ』
MSを駆けて母艦へと戻る。
戻ると気になる点だけをガウスに告げ、シリウェルはブリッジへと向かった。
ブリッジには、クルーが揃っている。シリウェルが姿を見せると一斉に敬礼した。
「ご苦労だな、皆」
「はっ」
「……レンブラント、話はどこまでしている?」
指揮官席に座ると艦長のレンブラントが近づいてくる。PCを起動し直ぐに軍本部からの情報へと繋いだ。想定内のモノしか情報は無さそうだ。
「はい、スピットブレイクでの本艦の役割について程度です」
「そうか。基本的に艦は待機となる……だが、恐らくは出ることはない」
「我らはただ待機のみ、ということですか」
「グングニールの開発が進んでいるが、出番はないだろう。どちらにしてもそれの射出位しか宇宙艦に出来ることはない。メインは地上戦だからな」
ヘルメスだけではない。他の宇宙艦も主な動きはMSの運搬だ。重力の中で自由に動ける訳ではない以上は、仕方のないことだった。
「隊のMS以外にも幾つか機体運搬をする。慌ただしくなるが、頼む」
「はっ」
「……ん?」
手元に新規の通信が来ていることが知らされていた。回線を開くと、そこには議長となったパトリックの姿がある。
『シリウェル』
「……ザラ議長閣下」
公的な場という訳ではないが、かしこまった言い方で応える。パトリックはこういうことには細かい。先日はつい名前を呼んでいたがお互い興奮していたので、仕方ない。
「何か知らせることがありましたか?」
『……スピットブレイク発動する日時が決まった』
「なるほど……」
『シリウェル……いや、ファンヴァルト隊長にMSの指揮官を任せる。全体司令官は、変わらないがその方がMS部隊の士気もあがる』
「パトリック……」
このパターンは何度も経験があることだ。指揮官となることに不満があるわけではない。変に崇拝してくる連中が多いので面倒だと思うくらいだ。思わず頭を抱えたのは悪くないだろう。
『クルーゼらは地上で合流だ。任せたぞ、シリウェル』
「……わかった」
回線を切る。
面倒だとは思うが、参加するメンバーを見る限りMSのパイロットの中で指揮官クラスは、ラウとシリウェルしかいない。
「……パトリックの奴も直前過ぎるだろ」
「隊長?」
「前倒しだな。テストは諦めるとして……あれだけはやっておくか」
「隊長!」
ぶつぶつと思考に入ってしまったシリウェルに、レンブラントは声を強めにかける。出なければ気が付いてもらえないからだ。
「? どうした?」
「……色々と聞きたいですが、我々はどうしますか?」
「あぁ。予定を1日繰り上げる。ガウスに頼んでいたあれの仕上げを先に行うから、俺は一旦抜けるが夜には戻る」
「1日だけで宜しいのですか?」
「ヘルメスなら問題ない。MSの方は俺がやっておく。お前は艦内の指示を頼む」
「はっ」
レンブラントが頷いたのを確認して、シリウェルは急ぎブリッジを後にする。
搭乗するパイロットたちへの指示、機体の運搬のスケジュールなどやることは多い。スピットブレイク発動まで時間は有限だ。日程を決めた首脳陣に対して舌打ちをしながら、シリウェルは艦を出ていった。
☆★☆★☆★☆
時間は直ぐに過ぎていった。
地球に近い場所へと布陣を敷き、ヘルメス内部で最後の調整を行っていた。いつ始まってもおかしくはないが、発動されればシリウェルは最初に動く必要がある。
そろそろ時間だと、ブリッジの指揮官席から動く。
「俺は待機する。レンブラント、指揮権は一旦お前に委譲する。皆を任せた」
「はっ。隊長も……お気をつけて」
「わかっている。皆、艦を頼む」
「「「はいっ」」」
全員が頷いたのを確認し、シリウェルはブリッジを出た。
「待ってください、シリウェル様!」
「?」
だが、直ぐに一人だけ、ユリシアがシリウェルを追いかけてくる。無重力の勢いのまま移動してきた身体をシリウェルは正面から受け止める。
「アマルフィ?」
「シリウェル様……その、どうかお気をつけて」
「……ユリシア」
ユリシアが隊長と呼ばない。ならば、シリウェルも私的な呼び方として名を呼ぶ。
「不安か?」
「はい……もしも、ニコルと同じように……」
「ユリシア」
「シリウェル様はお強いです。でも、絶対はありません。そう教えてくださったのは、シリウェル様です」
「……あぁ。そうだな。俺が撃墜されることもありうる話だ」
「っ!」
ここで嘘を吐いても意味はない。最期にはさせないつもりだが、シリウェルとて必ずと約束も出来ない。
「ユリシア。これは戦争だ。多くの人が死ぬ場所。俺も君も、戦争の名の下で地球軍と戦ってきた。それは、多くの命を奪ってきたことと同義だ」
「……シリウェル、さま?」
「既に俺たちは多くの人の未来を奪い、家族を悲しませている。俺たちだけが悲しみにいるわけではない。そこに、ナチュラルもコーディネーターも関係ないんだ。わかるな?」
ユリシアは多少困惑した様子ではあるが、コクりと首を縦に振る。
「俺が撃たれたとしても、ナチュラルを、地球軍を憎むな。憎むべきは、戦争であり人ではない。ニコルのことも同じだ」
「……で、ですがっ」
「俺は、できればナチュラルとコーディネーターが憎み合う世界は望んでいない。その為には、俺は死ぬわけにはいかない。最後まで、な」
「憎み合う世界……」
ナチュラルとコーディネーターが共存していくために、己の存在が失われる訳にはいかない。だが、それ以上に目の前の彼女に憎しみに囚われてほしくはなかった。
「俺が望む未来だ。ユリシア、君はそれを約束できるか?」
「……ナチュラルを憎まず、戦争を憎む、ということですか?」
「簡単に出来るとは思わない。だが、君が俺を想ってくれるなら、万が一俺が戻らなくても、望んでいた未来を繋げて欲しい」
「……シリウェル様」
トンとシリウェルの胸に頭を当てるユリシア。簡単に出来ることではないと、葛藤しているのかとしれない。だが、それでもユリシアは小さく「はい」と答えた。
「……ありがとう」
「……最後まで、私はシリウェル様を待っています」
「簡単に殺られるつもりはない」
「はい……」
「ユリシア」
俯いていたユリシアの顎を手で上げさせると、シリウェルはそっとユリシアに近づき、唇を奪った。驚きに目を開いたユリシアだったが、次第に目を閉じシリウェルに身体を委ねていった。
ゆっくりと身体を離すと、シリウェルはユリシアを見る。
「……行ってくる」
「あ……はい。お気をつけて」
そのままシリウェルは後ろを向き、格納庫の方へと向かっていく。その姿が見えなくなるまで、ユリシアは見送っていた。