主人公不在。原作で描かれていた内容は省いています。
スピットブレイクの失敗。プラントの軍本部には最悪の知らせが届いた。
「失敗だと!?」
「はっ、はい。その、確かにそう報告が」
「カーペンタリアは!? 情報確認を急げ!」
「至急、確認をしております」
「クルーゼは、シリウェルはどうした!」
「まだ連絡は出来ておりませんが、クルーゼ隊長はご無事と、伺っております。しかし……シリウェル様は」
「シリウェルがどうした?」
苛立ちを隠さないパトリック。シリウェルについて濁すことに、更に眉を寄せていた。
「……シリウェル様は、重傷とのことです」
「あいつが、傷を負ったというのか?」
「詳細はまだ──―」
「急げ! ……シリウェル、あいつは何をしているのだ。立場はわかっているだろうがっ!」
苛立ちは怪我を負ったシリウェルへか、それとも負わせた地球軍側か。パトリックは怒りに完全に染まっていた。近くまで来ていた息子に気づかないほどに。
クライン派についての問答が終わると、パトリックは席に体重を預けるように座り込む。
「……父上」
「なんだそれは」
「し、失礼しました。ザラ議長閣下」
言い直し敬礼するアスランに、パトリックは上っていた怒りを沈めるたてため息を吐いた。
「状況は理解したか?」
「はい……しかし、ラクスが」
「信じられん、か。ふん、これを見ろ」
パトリックは背後にある大きなスクリーンに映像を映す。そこにいるのは、MSの前に立っているラクスだった。隣にいる人物の顔は良く見えないが、ラクスであることは間違いない。
「証拠がなければ誰が彼女に嫌疑をかける」
「……」
動かぬ証拠。この後に奪取されたMS。国家機密であったものだ。内部にクライン派がいることは確実。
ラクスはパトリックによって、国家反逆罪の犯人とされアスランの婚約者ではなくなった。
次に命じられたのは特務隊として、奪取されたMSの破壊だった。国家機密の塊でもあるのだ。他国、地球軍に利用される訳にはいかない。既にパトリックの中では、地球軍へのスパイ行為であったと結論付けている。反論は受け付けない。その表情が物語っていた。
任務を伝え、部屋を出た息子の姿を送るとパトリックは、ため息を吐く。
「……」
「議長閣下……宜しいですか?」
「構わん。何だ?」
入れ替わるように入ってきたのは、部下の一人だ。
「クルーゼ隊長から報告がありました」
「話せ」
「……シリウェル様のことですが、刃物で切りつけられたようです。内部に侵入後、複数人により襲撃を受けたものと思われる、と」
「複数、か」
「今はカーペンタリアに移送。未だ意識は戻らず、出来れば本国での治療を要請したい、とのことでした」
本国での治療が必要。それだけでも傷の程度がわかる。
「……許可する。今、シリウェルは必要な力だ。直ぐに手配しろ」
「はっ! 直ぐに」
急ぎ足で出ていく部下。報告者は他にもあった。損害を確認し、次の手を考えなければならない。これ以上、負けるわけにはいかないのだ。
☆★☆★☆★☆
同じような報告はラクスの元にも届いた。隠れ家からアスランを待つために移動している最中にいる。
「お兄様……」
思わずラクスは両手を握りしめた。
シリウェルの容体は重傷で、未だ意識は戻っていない。本国に移送する手配まで行われているそうだ。
「ラクス様……」
「……大丈夫ですわ。お兄様なら、必ず。約束してくれたのですから。それに……そのような状況ならば、お兄様が疑われることはありません」
幸か不幸かシリウェルは、スピットブレイク作戦においての負傷だ。クライン派が動いたのは作戦中のこと。作戦漏洩としてラクスらを追っている。漏洩元がクライン派だというのなら、クライン派と繋がる者が内部まで侵入するとは考えにくい。そこに、サイクロプスがあるというのなら尚更だ。
「確かに、シリウェル様が我らと繋がっているとは思われないとは思います……」
「はい」
シリウェルとクライン派は繋がっていない。これは真実だ。一つ間違っているとすれば、国家機密である機体情報をリークしたこと。反逆者として十分な理由になるだろうが、証拠はない。そもそもクライン派ではなく、今後の動きはシリウェルさえ知らないのだ。
「……お兄様ならば、私が取る行動などお見通しかもしれません」
「ラクス様?」
「これもお兄様から託された力です。私は、闘うことを決めました。その想いを、平和を未来を望むために」
決意を露にしたラクスに、迷いはなかった。このまま万が一シリウェルが命を落とすことになったとしても、それは変わらないだろう。望む未来は同じだ。誰が倒れようとも突き進む覚悟。何よりも誰よりもラクスが揺らいではいけないのだから。
☆★☆★☆★☆
オーブ連合首長国、オノゴロ島。
傷ついたアークエンジェルが入港していた。脱走艦となった彼らを迎え入れたのは、ウズミだった。
事情の説明のために、ウズミはキサカを伴い、アークエンジェルクルーの代表者らと応接室にて向かい合っていた。既に、地球軍本部壊滅から数日が経過していた。
「……して、これからのことを考えるためにはまだ暫く時間が必要であろう。今はゆっくりと休むといい」
「ありがとうございます、ウズミ様」
『ウズミ様! 申し訳ありません、宜しいでしょうか!』
突然、扉の奥から慌てた様子で誰かが駆けつけてきたようだ。あまりの剣幕に、ウズミはキサカを見た。
キサカが立ち上がり扉を開ける。
「どうしたのだ?」
「歓談中、申し訳ありません!! さ、先ほど報告があり……シリウェル様が、先の作戦において負傷! じ、重傷だと連絡が!!」
「なっ……」
「シェルお兄様が!?」
驚愕したのはウズミとカガリだ。思わずカガリは、彼に駆け寄った。その肩を掴むと強く揺らす。
「一体どういうことだ! お兄様が重傷だと!?」
「……落ち着けカガリ」
「キサカ! だがっ」
「カガリ」
強く名を呼ばれ、カガリはうつむき彼から手を離すと場を譲る。
「続けろ」
「は、はい……その、こちらには、シリウェル様に意識はなく、プラントに移送されると、連絡が……」
「……そうか。わかった。クレアには伝えたか?」
「……別の者が伝えに走っています」
「うむ。ご苦労だった。下がれ」
「はっ」
彼が去ると、沈黙が室内に広がる。状況がわからない人物はここにはいなかった。
シリウェルの存在は、地球軍でも知られたもの。その血筋がオーブ首長家であることもわかっているのだ。
「……釘を指してすまなかったな」
「いえ、その……」
「あやつはザフト軍。作戦に参加していたことに不思議はない。戦場に出ればこういうこともある。覚悟はできていたことだろう」
「で、ではお兄様はサイクロプスに……」
サイクロプスの影響を受けたので得れば、只ではすまない。カガリが不安に感じているのはそこだった。
「……それはないと思うがな」
「少佐?」
ここで口を挟んだのはムウ・ラ・フラガだった。この場にいる誰もがムウの否定する言葉に注目する。
「キラが全回線を開いた後、連中は撤退するのが速かった。あれは、ザフト側の指揮官が命令したものだろ。迅速な撤退、判断力を見れば指示を出したのはそいつだろう。あくまで俺の勘だがな」
「少佐……で、でもそれだけでは」
「……いえ、可能性はあります」
「キラ?」
キラは一歩前に出てウズミへと視線を映した。口には出さないものの、ウズミとて気になっていることと感じたのだろう。
「僕の機体……あれを設計し、僕に渡るような道を作ってくれたのは、シリウェル・ファンヴァルト。彼なら、僕の機体を見た時に気がついたはずです」
キラが呼び掛けたことで、それがラクスからもたらされたのだと気がついたはず。ならば、いち早くザフトに伝えた可能性が高い。当人も無論逃れたと考えられる。
「……なるほど。あの機体は、シェルの」
「はい」
「……可能性の話だ。だが、礼は言おう。キラ君、希望を示してくれた君に」
「キサカ、私はクレアの様子を見てくる。ここは頼んだ」
「はっ」
キサカに任せると、ウズミは部屋を後にした。残されたのは、カガリとキサカ、そしてキラたちアークエンジェルクルー。
「カガリ、大丈夫?」
「……キラ。あぁ、すまない」
「その、シリウェルって人はカガリの」
「従兄、なんだ。私の、目標とする人だ」
「そっか……」
言葉からはシリウェルに対するカガリの思いが読み取れる。ザフト軍ということは、オーブにとっても味方ではない。しかし、それ以上に家族としての思いがあるのだろう。
「シリウェル・ファンヴァルトね……俺たちにとっては死神の様な相手という認識だが」
「少佐っ!」
「事実、だろ?」
「それは、そうだけれど……」
今まで敵対としていたのだから、こういった評価は当然だ。キサカもカガリも否定することはしなかった。
「シリウェル様の力は我々もわかっている。地球軍からは死神と呼ばれ、プラントからは英雄と呼ばれていることも。しかし、オーブにおいてはアスハ家の血を引く希望、という意味もある」
「希望?」
ムウとマリュー・ラミアスは合点がいかないようだ。しかし、オーブ国民だったキラはどういう意味かすぐに理解した。
「……コーディネーターとナチュラルの血を引くから、ですね」
「その通りだ。……シリウェル様もザフトにいながらもオーブのために、力を貸してくれている。今となっては難しい立場におられるが……」
「なるほどね。ただ者ではないと思っていたが、随分な人物のようだな」
「えぇ、けれど……ということは」
「ブルーコスモスから見れば、認められないってことか……オーブよりもプラントにいるのは正しいな」
「理解してもらえて何よりだ」
ナチュラルが正しいとし、コーディネーターを悪とするブルーコスモスからみれば、双方の血を引きその未来を示す存在のシリウェルは排除したい。そのようなことをオーブは認めない。たが、守るための力もない。今となってはわからないが以前のプラントならば、シリウェルを排除することはなかった。両方の国籍をもちながらも、プラントを選んだのはそこが大きい。だからこそ、シリウェルはプラントを守るのだから。