プラントにシリウェルが戻ってきて、二日ほど経った頃だった。
「う……」
「っ! 隊長……!?」
シリウェルは眩しさに目を細めながら、ゆっくりと目を開けた。そこにいたのは、艦にいるはずのレンブラントだった。口元にあった呼吸器を自ら外す。
「レン、ブラント……か?」
「隊長……良かった。お目覚めになられて……」
「……俺は……一体」
「JOSH-Aでのこと、覚えていますか?」
JOSH-Aでの出来事。そういわれて、シリウェルはハッとなり思わず体を起こそうとした。だが、鋭い痛みが全身を襲う。
「痛っ……」
「まだ起き上がってはいけませんよ! 何をしているんですか……本当に。重傷を負っているんです。しばらくは安静にしていてください」
「……安静に……ってここは……?」
「アプリリウスの病院です。隊長は、怪我で本国まで移送されたんです」
「本国? ……だが……」
「……隊長、何があったんです?」
いまいち納得が出来ていないようなシリウェルに、レンブラントは状況を確認する方が先だと考えた。内部に潜入したところまでは皆が知っている。その先に何があったのか。わかっているのは当人だけだ。
シリウェルを寝かせて、レンブラントは外された呼吸器を装着し直した。話にくいだろうが、仕方ない。
「……襲われたんですか?」
「……そう、だろうな。……今思えば、おかしいことだらけだが……」
「おかしい?」
「内部が、静かすぎた。人の気配も感じなかった。……本部に、人がいないなど、あり得ない……はずだ。普通は……防衛するために、兵を配置する」
「それは、そうだろうと思いますが……」
「俺が……奥で、遭遇した連中がいた。……10人以上は、いたと思うが……地球軍の軍服を、着ていなかったな」
よくよく思い返す。軍の制服ではなく、薄い衣服を身に着けた同年代くらいの少年少女たち。殺気は相当なものだった。銃は持っておらず、ナイフでの戦闘だ。明らかに訓練されたような動きであり、一般人ではなかった。どこか常軌を逸したようにも感じたのだ。ゆっくりと息を整えながらシリウェルは話す。レンブラントも急がせることはなく、シリウェルに付き合ってくれていた。
「そんな連中を相手にしたんですか……」
「油断をしていたつもりはない……だが、流石に、無傷とはいかなかったみたいだ」
「一歩間違えれば死んでいたかもしれないんですよ!?」
「……あぁ。……あそこで逃がしてくれるような、気配はなかった。……嵌められたのかと思ったくらいだ」
「くらいではなく、間違いなくそうでしょう。……一か所にそのような連中を配置していることこそ、貴方を狙ったものとしか思えません。ナイフに毒を塗っていたということは、確実に殺すためです!」
白兵戦闘でもシリウェルは決して弱くはない。優秀な部類に入る。その相手をするのだ。能力が高い暗殺集団を配置していても不思議はない。サイクロプスを配備していたことを考えても、一番侵入されやすい経路に罠を作っていたと考える方が納得がいく。
「……かも、しれないな」
「隊長……」
「俺を狙っていた、か……なるほどな。ブルーコスモスか……」
地球軍として邪魔者である自覚はある。だが、毒をも持ち込んだとすれば激しい怨恨があるのだろう。そこまでする相手といえば、ブルーコスモスしかいない。地球軍の背後には、間違いなくブルーコスモスがいる。上層部まで浸食されているのかもしれない。
「……つっ……」
「隊長!?」
「だ、大丈夫だ……」
少し体を動かしただけだったが、それだけで悲鳴を上げる。どうやら、本当に重傷のようだった。
「……医師を呼んできます」
「あぁ……」
多くを話したためか、シリウェルは若干呼吸が苦しくなっているのを感じた。毒物、とレンブラントが話していたが、その影響なのかもしれない。
それほど時間もおかずに医師が現れた。
「お目覚めになられて、良かったですシリウェル様」
「……世話になったな」
「いえ……どうですか。呼吸は苦しいでしょうか?」
シリウェルの手を取り、脈拍を図りながら状態を確認してくる。
「……どう、だろうな。……こうして、話すには問題はなさそうだ……」
「無理はなさらないでください。脈が上がっていますが、今日一日様子を見ます。外さないようにお願いしますよ」
「……わかった」
「毒の影響ではありますが、怪我も治りが遅いようです。今暫くは、体を動かさないでください」
「……どのくらいだ?」
「お目覚めになられたので、多少は早まるかもしれませんが……1週間程度は安静でお願いします」
長い期間ではないが、短くもない。それまでは戦線離脱ということだ。
「隊長、隊の方は心配なさらないでください。貴方が戻るまで我々が留守を守ります」
「……そうだな。頼む……」
「はっ」
敬礼をするレンブラント。本来ならば、艦にいるだろう彼がこの場にいるということは、かなりの心配をかけていたということだろう。
今の状態のシリウェルには何も出来ない。彼に任せる他ないのだ。
「……皆に、心配は不要だと……伝えてくれ」
「それは無理だと思いますが、伝えるだけならば構いません。では、私はこれで失礼します」
「……あぁ」
最後に医師にも礼を伝えると、レンブラントは病院を出ていった。残されたのは、医師とシリウェルだけだ。
「……シリウェル様、お伝えしておかなければならないことがあります」
「? 何だ?」
「ラクス様のことを……」
ラクスの名が出たことで、シリウェルは眉を寄せる。フリーダムがあの場にあったということは、ラクスが動いたということ。無断で国家機密を持ち出したのだから、本部も黙ってはいないはずだ。手配されていても不思議はない状況だろう。
「……お前はもしかして、か?」
「……」
「本当に……どこまで……。それで?」
無言の肯定から、この医師がクライン派なのだと言うことがわかる。声に出さなかったのは、警戒してのことだろう。どこから話が漏れるかわからない。誰が外にいるかもしれないのだから、手短に話してもらうのが一番だ。
「二つともお預かりします、と」
「……なるほど、な」
「それでは、私もこれで……」
「あぁ」
医師もすぐに出ていく。部屋を出ても誰もいないことは分かっている。残るは盗聴の危険だが、シリウェルの勘でしかないが盗聴はされていないと思う。昔からその類いについて見つけるのが得意だったのもあり、危険察知が働くのだ。確実ではないので、ナンナ辺りが来たときにでも確認する必要はある。
「ふぅ……」
一人になったことで、己の状態を改めて確認してみた。
起き上がることが出来ないのはわかっている。やんわりと身体に触れると、包帯が巻き付けられているのは上半身と右手のようだ。足の方に傷を負った覚えもなく、動かすことにも問題はない。
「……我ながら、ヘマをしたな……」
頭に手を当てて、シリウェルは自己嫌悪に陥る。今は戦線を離れるわけにはいかない状況だ。こうしている間にも戦況は変わっている。動けない以上は、任せるしかない。それが悔しくて堪らなかった。