シリウェルが入院しているアプリリウス市の病院は、要人も利用することがあるため、個室が多く設置してある。セキュリティも万全で、最先端の技術も備えている施設だ。
とは言え、急激に怪我が治るわけではない。
シリウェルが目覚めた翌日、ユリシアが父であるアマルフィ議員と共に病室を訪れた。ナンナは護衛としてファンヴァルト家の使用人たちと交代しながら、常に外で待機をしていたようだ。今も、外にはナンナが控えている。
そんな中、ユリシアが来ることは想定していたがアマルフィまで来ることは予想していなかったので、姿を見た時に驚いたのは仕方がないだろう。
「シリウェル様、目覚めたと連絡を聞き見舞わせていただきました。突然の訪問、申し訳ありません」
「いや、構わない……」
呼吸器が外され、幾分か会話するのも楽になった。と言っても、まだまだ不調であることには違いないため、安静にしていることを医師より厳命されている身だ。ベッドを少しだけ起こす形で起き上がってはいるものの、そんな状態で彼に会うとは思っていなかったのだ。
軽く挨拶を交わすと、共に来ていたユリシアがシリウェルへと不安げな表情を見せていることに気が付く。苦笑しながらも、ユリシアを呼ぶとゆっくりと彼女が傍へと歩み寄ってくる。ナンナの話では、意識がない間も何度か来ていたらしい。礼を伝えなくてはならないだろう。
「シリウェル様……その、ご気分はいかがですか?」
「……然程変わらない。君にも心配をかけたみたいだな。すまなかった、ユリシア。それと……ありがとう」
「あ……いえ、その……私はシリウェル様が無事でいてくださればそれで」
「そうか……」
二人の会話を聞いていて、アマルフィは目を見張っていた。それもそうだろう。シリウェルとユリシアの間には、義務的なものしか存在しなかったはずが、以前よりも距離が近づいている会話になっている。
関係が近づいたならば、好ましいことには違いないが父親としては複雑なのだろう。
「……その、シリウェル様」
「アマルフィ?」
「娘とその……何か……いえ、野暮なことを聞くものではありませんね」
「お父様っ!」
「いや……ゴホン。それより、シリウェル様。容態は聞いておりましたが、本当にご無事で何よりでした。我らも案じておりましたので」
「……皆に、心配をかけたことは悪かったと思っている。俺も……己の不甲斐なさを感じているところだ」
「シリウェル様……」
どれだけの影響力があるのかをわかっていながら、意識を失うほどの怪我を負ってしまった。生きて帰ってこれただけでも良かったと思えばいいのだろうが、そう思わない連中もいるだろう。パトリックなどは、文句を言ってくるに違いない。
「……アマルフィ、状況はどうなっている?」
「はい。軍の方ですが、現在はパナマへ侵攻をしております」
「パナマ? ……マスドライバーか」
「はい」
マスドライバーを破壊するということは、地球軍を地球に封じるための措置だ。だが、それ以上に確認したいことがあった。アラスカでの戦いで、どの程度の被害が出たということを。
アマルフィは最高評議会議員の一人。知らないはずがない。
「……シリウェル様の判断により、撤退が素早かったため……損害は2割ほどで済みました」
「2割……か」
JOSH-Aでは、地下にサイクロプスを仕掛けていた。ならば、ザフトを壊滅させるのが最終目的だったはず。途中であの機体が呼びかけをしていなければ、現実のものとなっていただろう。それでも、2割の被害が出た。死者が出たということだ。シリウェルは、拳を握りしめる。
「……情報が漏れていたようです」
「評議会での決定により知らされていた目標はパナマだった。……どこから漏れるというんだ?」
「……それは」
「すまない……お前を責めているわけではない」
誰を責めるわけでもなかった。情報が漏れていたことは重要だが、目の前の人物が関係していることはない。では誰が情報を与えたのか。パナマだと思われていたスピットブレイクの作戦目標が、最初から地球軍本部だと知っていた人物。パトリックか、その側近辺りになる。だとしても、地球軍側へ通じる相手も必要だ。一体誰に情報を漏らすというのか。
「考えても仕方ない、か……」
可能性があるとすれば一人、シリウェルの脳裏に浮かんだ人物がいる。この場で話すことはしないが、当人には問い詰める必要があるだろう。
暫く事務的な話をしていくと、アマルフィはユリシアを残して退席した。ナンナが見送り行ったのが見えたので、必然的に二人だけの空間となる。
「……」
「……」
ユリシアがそこにいるのにも関わらず、シリウェルは思考に耽っていた。無論、今回の件についてだ。加えて今後の動きについても考える必要がある。どの程度影響が出てくるのか。先手を打たなければ、追い詰められてしまうことは必至だろう。
パナマを墜としたとして、次に地球軍が狙うのはどこか。ビクトリア基地か、もしくはオーブを。
そこまで考えて、シリウェルは首を横に振った。
「……状況は最悪だ、な」
「え?」
思わずつぶやいてしまった悲観的な言葉にユリシアが反応する。声が届いたことでシリウェルもユリシアがここにいたことを思い出していた。
声に出ていたことに対して、思わずベッドに頭を投げ出して倒れこんだ。
「シリウェル様?」
「……悪かった。聞かなかったことにしてくれ」
「で、ですが……」
「俺個人の話だ。軍のことじゃない。……忘れてほしい」
ザフトにとってもいい状況ではないのだが、それ以上に危機的な状況なのはオーブ。今後について考えてしまえば、悪い方向にしか考えが及ばないのだ。シリウェルはザフト軍に所属しており、いかに国籍を持っていようともオーブに対して何かができるわけではない。危機に陥ることがわかっているのに、何もできないのだ。
「……その、軍のことでないならば一体……」
「言っても仕方ないことだ。……今の俺には何もできないからな」
「シリウェル様……。もしかして……オーブ、でしょうか?」
「……」
無言は肯定だ。ユリシアとてザフト軍兵士の一人。ただのお嬢さんではないということだ。
しかし、ユリシアにそれが伝わったところで状況が変わるわけではない。
「ユリシア……」
「は、はい」
「……少し、一人にしてほしい」
「えっ?」
これ以上ユリシアに話してはいけない。シリウェルはユリシアを帰した方がいいと判断した。信頼していない訳ではないが、それでもプラントにおいては誰にもオーブへの想いを告げるわけにはいかないからだ。考えなければいいのだろうが、一度脳裏に浮かんでしまった考えは簡単には頭から離れない。それが、悪いことならなおのこと。だから、シリウェルは一人になりたかった。少しでも、冷静に気持ちを落ち着けるために。
それ以上何も言わないシリウェルに、ユリシアは困惑をしながらもシリウェルの病室を出ていった。
「……私では、まだ寄り添えないのですね……」
ユリシアの独り言がシリウェルに届くことはなかった。