入院をして1週間がたち、ようやくシリウェルは退院することが出来た。動きはまだ制限されるが、後遺症の心配はなくなったためだ。ハーフであるため、通常のコーディネーターよりもナチュラルに近いこともあり、抵抗力が高くない。それゆえの懸念だった。戦場への復帰は許可されていないが、業務をすることに支障はない。
ファンヴァルト邸へと帰宅したのちに、軍本部へと戻るつもりだった。そんな時だ。シリウェルへ、その一報が届いたのは。
「シリウェル様!! 大変でございますっ!」
「セバス? どうした?」
リビングでナンナと共に休んでいたシリウェルの元に、ファンヴァルト家筆頭執事であるセイバスがいつになく慌てて駆け込んできた。必死の様子に、シリウェルの脳裏にある予感が浮かんだ。何でもない風を装い、続きの報告を促す。
「……オーブが……地球軍に攻撃を受けています!」
「なっ!! 何故、オーブが……!?」
情報に声を上げたのはナンナだ。オーブは中立。ザフト軍にも地球軍にも組しないとし、ナチュラルとコーディネーターの双方を受け入れている数少ない国だ。今となっては、中立の立場を取っている国はオーブのみである。それだけの力がオーブという国にはあるのだ。
慌てるナンナに、シリウェルは静かに答えた。
「マスドライバーだ……」
「シリウェル様?」
「……パナマのマスドライバーを失い、身動きの取れなくなった大西洋連邦はオーブに組みせと要求したんだろう。それを……伯父上が拒否した。ならば、力づくで奪う。ということだ」
「シリウェル様……そんな、冷静に言っている場合ですか!! オーブはシリウェル様のもう一つの故郷ですよ! 今はクレア様たちもいらっしゃるのです!!」
「……」
クレアもアーシェもオーブにいる。恐らくはアスハ邸に。ウズミが降伏などするはずがない。マスドライバーを奪われるくらいなら、破壊するくらいはやってのけるだろう。オーブの意志を失わないように道を繋げた上で。
その時、ウズミは生きてはいない。伯父の強さと想いをシリウェルは痛いほどわかっていた。この結果に思いついた時に、覚悟はしてきたのだ。だがファンヴァルト家の使用人たちは違う。今この場で、知ってしまった。どうにかしたいと考えているのだろう。いかに無駄であろうとも。
「シリウェル様っ!」
「……ここに情報が来た時点で勝負はついているだろう。オーブが物量を見ても地球軍に勝てる要素はない」
「そ、そんな……」
セイバスの顔が青ざめる。他の近くにいた侍女たちも言葉を失っているようだ。
シリウェルがオーブは負けると断定した。勝てる見込みはないと。すなわち、それは諦めているということだからだ。
「どうして……どうしてです、シリウェル様。何故、そんな……」
「……」
「シリウェル様っ!」
「……俺はザフトだ。オーブに介入するわけにはいかない。それこそ、伯父上の意志に、オーブの理念に反することだ! ……できないんだよ、俺には何も!」
「……あ……」
シリウェルは声を荒げ、近くにあったグラスを壁に投げつけた。どうすることもできない事実に。納得していても、感情だけはどうすることも出来ない。やり場のない怒りを感じているのだ。茫然としている使用人たちをみて、シリウェルは舌打ちをするとそのまま自室へと向かった。冷静にしているつもりが、口を開けば八つ当たりをしてしまいそうだったからだ。
オーブが襲われることは想定通り。恐らく今日明日にでも結果は出てくる。予想は出来ていた。テルクェスに続いて、母であるクレアもそうなるだろうと。オーブを離れることはないと。首長家であるアスハ家の一人として、最期まで戦うだろうということが。ここにおいて、シリウェルは血のつながった家族を失うこととなるのだ。これが戦争。抗うことのできない、死の連鎖である。
「……それでも俺は……」
涙は流れなかった。悲しみに暮れるわけにはいかないのだ。シリウェルもアスハ家の者。そのことに誇りを持っている。ならば、必死に戦い貫くだろう意志を引き継いでいくことがシリウェルにできることだろう。
恐らくは明日には戦闘の結果が伝えられる。叶うならば、アーシェでも生き残っていることを願うばかりだ。
その予想は外れることなく、シリウェルの元に届いたのはオーブのマスドライバーが破壊されたこと。オノゴロの軍施設が崩壊したこと。大西洋連邦の支配下にオーブが置かれたことだった。
☆★☆★☆★☆
翌日、シリウェルは暗い雰囲気のファンヴァルト邸を出た。車内にいても会話はかかった。元々会話を楽しむシリウェルではないが、この時は使用人たちも口を閉ざしていたのだ。
本部に到着すると、ザワザワとしながらシリウェルに注目が集まる。
「シリウェル様だ……」
「お怪我は大丈夫だったのかしら」
「……ご無事で本当に良かった」
歩けば周りが勝手に道を開いてくれる。直接声をかけられたわけではないので、シリウェルが答えることはない。そのまま本部司令室へと向かった。
「シリウェル様……」
「お前はここで待っていろ」
「はい」
ナンナが入れるのは途中までだ。この先は幹部らが集まる場所。国防本部なのだから。
中に入れば、パトリックがいる。他の将校たちも同席していた。
「シリウェル、来たか」
「シリウェル様だ……」
「おぉ……」
パトリックの前までくると、シリウェルは敬礼をする。この場では議長であるパトリックに対して礼をする必要があるからだ。
「……シリウェル・ファンヴァルト、只今戻りました、ザラ議長閣下」
「ふん……全く、余計な怪我を負ったな。自分の立場はわかっているだろう」
「……勿論です。だが、行動に後悔はしていません。でなければ、どれだけ被害が出たかわからない」
「そんなことはわかっている。だが、それとは別の話だ。……シリウェル、お前の価値は戦場だけでない。暫くは大人しくしていることだ」
前線から下がれということだろう。どのみち、戦場にでることは医師からも許可が下りていないため無理だ。この場は従うべきだ。
「……わかっています。それでは、俺は下がります」
「待て」
「? 何か?」
背を翻して出ようとしたシリウェルをパトリックが引き留める。
「ラクス・クライン」
「……」
出たのはラクスの名だった。シリウェルにとって妹でもある彼女との関係は、パトリックも知っている。シリウェルは眉を寄せて、パトリックへと向き直った。
「あやつらから連絡は合ったか?」
「俺に? ……退院したのは昨日だ。あるはずがない。それに……今の俺にラクスを気遣う余裕はない」
「オーブ、か……」
これは事実だった。精神的な余裕がない。ラクスを案じているのは確かだが、そのために動けはしない。既に議長に対する言葉遣いではないが、パトリックも指摘はしなかった。
オーブの状況はパトリックとてわかっているのだろう。オーブの名が出たところを見ると納得したようだ。
「ならば、シリウェル。オーブからプラントに避難してきた者がいる。彼らのことは、お前に一任しよう」
「……どういうことだ?」
「オーブより、民間人の避難協力があり、プラントはそれを受諾した。本日中に到着する予定だ。そして暫定となるが、カナーバらは拘束されたため、アプリリウス市議員は欠員となった。その席につけ」
「……」
最高評議会の議員として所属しろということだ。アイリン・カナーバらを始めとする穏健派を拘束したということに、シリウェルは不快感を露にしたがこの場で反論しても意味はない。オーブの民間人への対応というならば、更に文句はなかった。それでも、一言くらいは言いたくなるだろう。
「病み上がりに兼任を要請するとは、人使いが荒いな」
「……お前が一番適任だ」
「……わかった。その件、引き受けさせてもらう」
今度こそ、シリウェルは部屋をあとにした。