司令部を出て、ナンナと合流する。機嫌が降下していることに、付き合いの長いナンナは気がついているのだろう。
「あの……シリウェル様?」
「軍港に向かう。この際だ、使えるものは使わせてもらう。レンブラントに連絡して、マリク達を寄越すように伝えろ」
「えっ? あの……それは」
「説明は集まり次第する」
「は、はい。わかりました」
意図はわからないだろうが、シリウェルの指示だ。ナンナは戸惑いながらも連絡をするために走ってその場を離れた。
オーブの民間人を受け入れる対応をする。口にするのは簡単だ。だが、どの程度まで準備が出来ているのかを把握しなければならない。シリウェルも急ぎ、軍港へと向かっていった。
軍港は多くの人がいた。中には評議会議員の姿もある。
シリウェルの姿を認めると辺りはシーンと静まり返った。軍服を着ている者は敬礼をしている。
「……」
「その、シリウェル様」
議員の一人が代表としてシリウェルの前に出る。この中で一番の若輩者はシリウェルなのだが、立場では一番上だった。
「……忙しければしているところすまないが、状況を教えてほしい」
「は、はいっ。受け入れ先などのリストはこちらにあります。現在、受け入れのための窓口を設立しようかとしているところです」
「窓口、か……」
リストを受けとると、複数の場所にオーブの民間人を振り分ける必要があるようだ。住居の確保が一番優先事項であり、食料や衣服なども必要だ。その辺りをどうするかは、シリウェルの采配が必要となるだろう。良くまとめられている資料だ。ここにいる連中は、シリウェルが責任者となることは知っていたということだ。慌てる様子もなく、シリウェルからの指示を待っている。
「議長から既に聞いていたようだな」
「はい。その、今後はシリウェル様が責任者となるので、と」
ここの部署は市民の管理を主に担う仕事をしている場所だ。最高評議会の議員がずっと責任者を務めており、今後はシリウェルがその立場になるということだった。前線から遠ざける口実でもあるのだろう。誰の考えかはわからないが、そういった意図があることは間違いなかった。無論、指揮官であることは変わらないため、燻っているつもりはない。
しかし、まずは今の状況を何とかする必要があった。他でもない、オーブ国民のために。
指示を飛ばしてオーブの避難民を乗せた船が到着するまでに体制を整えておく。恐らくはコーディネーターが多いとは思うが、ナチュラルが来ることがないとは言い切れない。その場合は、住居などに気を配る必要がある。
数時間後、軍港に船が到着した。
船から最初に出てきたのはオーブ軍の曹兵だ。その後に、民間人の姿がある。懐かしい軍服にシリウェルは込み上げるものを堪えた。だが、向こうはオーブ国民。シリウェルの姿を見て、動きを止めその表情が変わる。
「シ、シリウェルさま……?」
「……よく、無事でここまで来たな。オーブの民の皆……」
「シリウェル様?」
「シリウェル様だって!」
「アスハの若様が……」
口々に名を呼び、中には涙を流す者たちもいる。それだけ不安だったのだろう。
「にいさ、ま……兄様っ!」
「つっ!」
その中に飛び出してくる人影があった。突然だったが、シリウェルはその影を受け止める。治りきっていない身体に痛みが走り、シリウェルは呻くが何とか踏み止まった。聞き間違えることなどない。その影は妹の、アーシェのものだ。
「……アーシェ、か?」
静かに声を掛ければ、コクりとシリウェルに頭を預けた少女が頷く。頭を撫でれば、そっと顔をあげる。涙を流した後が見えて赤く腫れているが、再びその瞳には涙が溜まっていく。
「兄様っ! 兄様ぁ!!」
「……よく、無事だった」
声を上げて泣くアーシェをシリウェルは優しく抱き寄せた。背中をトントンと叩き、安心させる。この場にいるのは、多くの民たちだ。アーシェだけを気にかけるわけにはいかない。
「アーシェ、後で話をしよう。いいな?」
「は、はい……申し訳ありません、兄様……」
少し落ち着いたのかアーシェはシリウェルから身体を離す。
そうして、再び避難民たちに向き直り、今後について話をするのだった。
避難する場所についてもまずは誰が来ているのかを確認する必要がある。一人一人の名を確認し、割り振りを行う。また、明日にでも再び集まる場を設けて詳細について話すつもりだが、今は安心して休める場所の方が急がれる。
人数は多いが、ファンヴァルト隊からも人員を出しているので、問題なく捌ける。少なくなってきたところで、シリウェルはアーシェを探した。
アーシェは一人の少年と共におり、側にはマリクがいた。話を聞いていたのだろう。
シリウェルの姿に気がつくとマリクが敬礼をする。
「兄様……」
「隊長」
「ご苦労だな、マリク。アーシェ、彼は?」
隣に居合わせただけという感じではない風の少年は、まだ混乱の中にいるようだ。話が出来るかわからないため、アーシェに尋ねた。
「……えっと、その……」
「言いにくいことか?」
「……はい」
状況が状況だけに、何を見てきたのかは予想できる。この場で言えないというならば無理に聞き出すこともない。整理もできていないはずだ。
「……そうか。わかった。……アーシェ、お前は屋敷に戻ってくれ。構わないな、マリク」
「はい。隊長の妹であれば、特に手続きも不要かと」
「あ、あの兄様!」
「どうした?」
「……この子も一緒に、いいですか?」
アーシェの言葉に少年の肩がビクリと動く。無関係ではないということだ。ならば、拒む理由もない。
「わかった。……セイバスには連絡しておく」
「あ、ありがとうございます、兄様」
「構わない……疲れているだろう。二人とも、今は帰って休むといい」
最後まで顔をあげることがなかった少年。彼の心理状態を気にかけながら、歩いていく二人を見送った。
☆★☆★☆★☆
遅くなってしまったがシリウェルはファンヴァルト邸へと帰宅した。出迎えた侍女らの話では、アーシェと彼は食事を終えリビングにいるとのことだ。シリウェルの帰宅を待っていたらしい。ならば、まずは話を聞くのが先だろう。軍服のままではあるが、シリウェルはそのままリビングへと足を踏み入れる。
「お帰りなさいませ、シリウェル様」
「あぁ、今帰った」
声で帰宅したのがわかったのだろう。アーシェが勢い良く顔をあげ、立ち上がった。
「兄様! お帰りなさい!」
「……あぁ。待たせたみたいだな、すまなかった」
「……いえ、私たちは大丈夫、です」
「そうか……」
「シリウェル様、何かお飲みになりますか?」
「そうだな。頼む」
「かしこまりました」
セイバスが下がると、この場にはシリウェルとアーシェ、少年の三人となった。二人の正面にシリウェルが座ると、セイバスに指示を受けただろう侍女が紅茶を持ってくる。
「ありがとう。呼ぶまで、誰も入らないように頼む」
「……わかりました」
話に横やり入らないように伝える。
一口、紅茶に口をつけるとシリウェルはアーシェを見た。
「……アーシェ、何があったのか教えてくれるか?」
「っ……はい」
思い出させるのは酷だと思うが、それでも何が起きたのか把握はしておきたい。船にクレアは乗っていなかった。アーシェだけを乗せたのだろう。万が一にでも、アーシェがシリウェルに罪悪感を抱いているのならば否定しなければならない。
「……あの日、地球軍が攻めてくると母様が話していたのです。だから早く逃げるようにって。プラントに行けば、兄様がいるからって。母様は……残るって」
オーブ政府は軍施設からの民間人退去を早めに命じていた。地球軍が交渉に応じることなく、攻めてくることがわかっていたのだろう。引くはずがないと。だからこそ、事前に動いた。しかし国民の数だけで考えてもすんなりと避難出来るとは限らない。クレアは避難誘導をするために動いていたのだという。
「私も手伝ったんです。それでも、終わらなくて……地球軍が攻めてきて、たくさん攻撃もされて……急がなきゃって走りました。でも、それでも……間に合わなくて……」
「おれの……俺のせいです」
「?」
突然、少年が話に割り込んできた。今まで言葉を発せなかったことで、トラウマでもあるのかと考えていたがそうではなかったようだ。
「……君のせいとは、どういうことだ?」
「兄様……シンは悪くないんです! 私がもたもたしてて──―」
「違う! ……俺が、動けなかったから……だからっ」
シリウェルは二人の様子から、何となく事態を察する。そこにシリウェルへの懺悔も含まれているということは、つまりそういうことなのだろう。
「そうか……母上は、亡くなったのか……君たちの目の前で」
「っ……グスッ……うわぁぁあ」
事実、ということだ。アーシェが声を上げて、両手で顔を隠しながら泣き出した。隣のシンという少年も俯く。
「ごめんなさい……おれ……何が起きたかわからなくて……皆、吹き飛ばされて……マユも」
「もう話さなくていい。内容はわかった……思い出させて悪かったな、二人とも」
泣き止まないアーシェ、震えるように拳を握りしめて俯いているシン。恐らくはシンも大切な人の最期を見てしまった。動揺し動けないところに、クレアたちが通りかかり彼らを守るために犠牲になったのだ。だからこその謝罪ということだ。
「アーシェ、それにシンだったな。母上の死は、二人のせいじゃない。俺に、謝る必要はないんだよ」
「……グスッ、兄様……」
「シン、君も辛いだろう。……大切な人を失ったのは、君も同じだ」
「それは……けどっ」
「もう疲れただろう。アーシェ、シンももう休むといい。今日は話してくれてありがとう」
船に乗せられ異国にきたシンはより疲れを感じているはすだ。泣いている様子はないということから、まだ現実として受け止めきれていない可能性がある。先にクレアを死なせたことへの謝罪がきているのは、一種の現実逃避とも言えるだろう。
もし、シンが吐き出したいというならば付き合うが、まだその時ではない。
侍女を呼んで、二人を部屋へ案内するように伝えると、シリウェルは一人リビングに残った。
「……最期まで母上は母上らしかったんだな……」
ポツリと天井を仰ぎながら呟き、苦笑する。
悲しくない訳ではない。ただ、既に覚悟していたことだ。だから、今は堪えることができる。堪えなければならないのだ。
もし、アーシェも戻らなければシリウェルは己が壊れてしまうのではないかと恐れていた。
地球軍を、戦争をする人々を、このような理不尽な世界を憎んでしまったかもしれない。その時はきっと、ラウと同じ道を進んでいただろう。
とはいえ、訪れることのない話をしても意味はない。アーシェとシン、二人の顔を見て話を聞いてシリウェルが堕ちるわけにはいかない。堕ちれば、彼らに罪悪感を与えてしまうのだから。それは出来ない。
「ラウ……俺は、そちらにはいけない、みたいだ……」
己を引き留めてくれた二人がこの場にいたことに、シリウェルは感謝していた。