第24話 意地
アーシェとシンがファンヴァルト邸に来た翌日の朝。
夜遅くまで話し込んでいたこともあり、シンは起きてこなかった。朝食の場にいるのは、アーシェとシリウェルの二人だ。
「……兄様」
「……どうした?」
「シンのこと……その……」
言葉をつまらせるアーシェ。何を言わんとしているのかがわかったシリウェルは、笑みを見せた。滅多に見せない笑みは、家族だけが見られるものだ。
「わかっている。……シンが望むなら、俺が保護する。お前は気にしなくていい」
「兄様……ありがとうございます」
「……俺は行ってくる。お前はゆっくりするといい」
「行ってらっしゃい……兄様」
立ち上がるとシリウェルはアーシェの頭にポンと触れると、そのままリビングを出ていく。
玄関まで見送りにきたセイバスは、シリウェルの背に声をかけてきた。
「シリウェル様……」
「大丈夫だ。アーシェとシンを頼む。まだ戸惑いもあるだろう」
「……貴方様はどうなのですか?」
「……問題ない。やるべきことがあるからな」
立ち止まってはいられない。まだ、戦いは終わっていない。地球軍も更なる力を求めるだろう。戦場は広がっているのだ。そのために、いつ前線に出るかわからない。出なくとも、できるだけの手を打っておく必要がある。
「万が一の時は……任せる」
「……かしこまり、ました」
それだけを伝え、シリウェルは屋敷を出た。
☆★☆★☆★☆
「隊長、悪い知らせです」
「マリク?」
本部に到着するなり、珍しくマリクが出迎えたと思ったら突然報告を受けた。シリウェルは眉を寄せる。何事かと。
「……ビクトリアが墜ちました」
「……」
ビクトリア基地。即ち、地球軍はマスドライバーを手にしたということだ。
オーブでの戦闘後、すぐに仕掛けたのだろう。体制を整えていたはずだが、その上を行く何かがあったというのだろうか。
「隊長の考えている通りです。地球軍は、新型のMSを投入しました」
「新型?」
「オーブでの戦闘映像が送られてきています。その目で見ていただいた方が早いかと」
「わかった……」
まずは情報確認のためシリウェルの執務室へと向かう。部屋に入るとすぐにPCを立ち上げ、マリクからディスクを受けとる。
「……フリーダム」
「? 隊長はご存知でしたか?」
「あぁ……国家機密だが、俺が造ったMSだ。赤いのはジャスティス。まさか、こんなところで見るとはな……」
既に戦場にいるなら話をするくらい問題ない。問題は、それ以外のMSなのだから。と言っても、マリクはそうではない。
「隊長が造った? ……なるほど、例の騒ぎの原因でしたか。となると赤いのが、特務隊となったアスラン・ザラの機体ですね」
「……」
特務隊。国防直属の隊だ。現在の国防のトップはパトリックである。アスランは父親の部下ということだ。それがオーブにいる。しかも、フリーダムに加勢する形で。それが意味するところは何か。アスランはラクスの婚約者だ。フリーダムがラクスの手によって渡されたことを知っているならば……。
そこまで考えてシリウェルは首を振った。だとしても、今は考えることが別にある。
「隊長?」
「何でもない。……お前が言っていた地球軍の新型は、この3機だな」
「はい……かなりの性能を持っているように見受けられます」
地球軍の新型。観察してみれば、確かに性能は悪くない。今、ザフトにあるMSと比較すれば、軍配が上がるのは向こうだ。フリーダムとジャスティスの2機を相手にしても負けていないのだから。エネルギーという点ではこの2機に敵わないのは当然なので、初めから考慮はしない。問題は、パイロットの技量だろう。
「……ここまでの腕、本当にナチュラルがパイロットなのか?」
「……それは確かに気になるところです」
「OSの書き換えによるものか……いや、下手に合わせれば逆に動きが制限される。反応速度を上げるか……否、無理だな」
シリウェルの頭の中ではOSの書き換えによりどこまでフォローが出来るかを何パターンも検証していた。擬似だからこそできる芸当だ。時折呟かれる用語も、マリクには何のことかわかっていないだろう。呆れるように、マリアは息を吐いた。
「……隊長、戻ってきてください」
「っ……!」
マリクが強目にシリウェルの肩を引く。僅かに痛みが走り、シリウェルは顔を歪ませ腹部を押さえる。
「あ、申し訳ありません! 隊長、傷に響きましたかっ?」
慌てるマリクを手で制し、首を振る。
「……大丈夫だ。……まぁ、傷自体は昨日の時点で少し開いたがな……」
「隊長っ! そう言うときはすぐに病院に戻ってください! ……貴方という人は……行きますよ!」
「今日はオーブの避難民たちの対応がある。そんな暇はない」
「後回しです! 放置していい怪我でないことはわかっているでしょう! ……指示をいただければ私がやります!」
あまり焦ったり声を荒げないマリクがここまでいうということは、逃れられない可能性が高い。だが、それでもシリウェルはオーブ避難民の前に行かなければならない。
「マリク……心配は有り難いが、俺がやらなければならないことだ」
「……」
「お前も知ってる通り、俺はもう一つ名前がある。シリウェル・イラ・アスハ、オーブ首長家としての、な」
「……存じています」
「アスハ家の者として、彼らにはきちんと接しなければならない。伯父上たちの代わりに……だから──―」
「本当に、貴方は……仕方のないひとです。……挨拶だけなら、許可します。そのあとは引き摺ってでも連れていきますから」
ここが妥協点だ。マリクはレンブラントと共にシリウェルに意見を言う。年齢で言えばシリウェルのが年下。それでも、立場はシリウェルの方が上だ。他のものたちは、従うだけで苦言を伝えることはあまりない。だからこそ、シリウェルも彼らの忠告は聞く。譲れないところは、引くことはないが今回はシリウェル自身も自分の状況をよくわかっていた。
今後のためにも前線に戻る必要がある。
前線に出るためにも、怪我を理由に遠ざけられる訳にはいかないのだから。