状況の確認をしながら、オーブの避難民への対応とここ2、3日は忙しく動いていた。
ヤキンからの新しい情報によれば、エターナルは他の2艦と共に行動をしているということだった。一つは、以前からザフトが追っていた足つきことアークエンジェル。もう一つは、オーブ軍籍の艦ということだ。
オノゴロが焼かれる前に、脱出したオーブ兵たちだろう。
そして、更に最悪な情報が届く。
ザフトの要塞であるボアズが墜ちた。それも、地球軍の核攻撃によって。
「……」
「た、隊長……?」
本部の執務室におり、レンブラントとマリクから知らせを受け取ったシリウェルは、眉を寄せていた。そのての拳は硬く握られている。そうでもしていなければ、怒りをぶちまけてしまいそうだったのだ。
Nジャマーの影響により、地球軍は核を保持していない、はずだった。この場でそれを可能にできるのはただ一つ。フリーダムとジャスティスのデータだ。Nジャマーキャンセラーのデータがあれば、核を使うことができる。
「……俺の、責任……か」
「隊長っ」
「機体にシステムを組み込まなければ……こんなことには」
その時、勝手に部屋の扉が開く。音に反応して視線を向ければそこにいたのは仮面の男だ。
「……貴方はクルーゼ隊長?」
「何故、ここに?」
「……ファンヴァルト隊の部下たちか。まぁ、いい。シェル……少しいいかね?」
レンブラントとマリクを一瞥すると、二人に用はないとでも言うようにシリウェルの前へと歩み出た。
「ラウ……何のつもりだ?」
「君が考えていることに対しての解答を与えようと思ってな……どうだ?」
「……わかった。いいだろう」
ガタンと立ち上がると同時にPCを閉じた。二人の間にただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、シリウェルとラウが部屋から出ていくのを二人は呆然と見送る。
「……隊長は、クルーゼ隊長と親しいのか?」
「私に聞かれても……ただ」
「ただ?」
「……一部の女性士官の間では、そういう噂もあるようです」
「どんな噂だ?」
言葉を濁して話題を避けようとしているマリクだが、実直なレンブラントはシリウェルのことが気になるのか、質問の手を休めない。
「はぁ……要するに、隊長とクルーゼ隊長が恋人ではないか、という噂です」
「? 何を言っているんだ? 隊長には、アマルフィがいるだろう」
「だから、私に聞かないで下さい」
女性士官の噂だといっているのだ。真実ではない。
だが、二人に接点はないようにマリクも思う。シリウェルを愛称で呼んでいる人物など初めてだった。ならば、まさかと思うがそういうことなのかと勘繰られても仕方ないだろう。
「……隊長には黙っていてくださいよ」
「むしろ、伝えた方がいいと思うのだが? 今後に差し障るだろう。隊長の名誉のためにも」
「いえ、真相がどうであっても恐らくは関係ないと思います……隊長の人気にも変化はないでしょう」
其の逆で、勝手に楽しんでいる節もある。知らない方がシリウェルのためにもいいのではないかと、マリクは思った。伝えれば、あの綺麗な顔を歪ませて「下らない」と吐き捨てるだろう。些細なことでストレスを与える必要はない。
とは言え、一体どんな用があるというのか。去っていった扉へマリクは視線を向けた。
☆★☆★☆★☆
いつもの場所までくると、ラウは立ち止まる。相変わらず人の気配はない。誰も邪魔が入らない所で、何の話があるというのか。
「……ラウ、用件はなんだ?」
「少しは察しが付いていると思ったが、違ったかね?」
「このタイミングでということは、例のボアズでのことか……地球軍の核攻撃」
「ふむ。やはり、君は勘がいい」
「ラウっ!」
可能性のありそうなものを上げていくつもりだったが、最悪の予想が当たってしまったようだ。ボアズの核攻撃。Nジャマーキャンセラーがあるのはプラントのみ。ラクスたちから情報が洩れることはないと言っていい。フリーダム、ジャスティス両機からもだ。となれば、考えられるのはパトリックの傍にいる誰かが情報を盗んだという点だ。シリウェル自身はパトリックから受け取ったのち、MS製造が開始された時点で情報は廃棄している。核を使用することなど考えたくもないし、不要だと考えたからだ。ならば、情報を持っているのは本部しかないということになる。
「……少し面白い拾い物をしたのだよ。アラスカでな」
「アラスカ?」
「まっ、大したものは持ってなかったが、奴らへ鍵を送ることについては役に立ったらしい」
「何を……言っている……?」
「私はな、シェル。賭けをしたのだ……」
仮面の奥が見えないとはいえ、ラウが饒舌になっていることからよほど面白いと感じているようだ。シリウェルからすれば、最悪のものでしかない。
地球軍の捕虜を使って、地球軍に返した。その際に、鍵を渡したということだ。
戦場の中、戦闘を中断するでもなく戦いの場にポットを放置。撃ち落されても構わないという考えだったのだろう。だが、捕虜は無事に地球軍の艦へと収容された。すなわち、鍵が地球軍に渡ったということだ。
「……機体のデータ、か」
「その通りだ」
「ラウっ!!」
シリウェルは声を荒げて、ラウの襟元を掴み上げた。それでも仮面の奥の瞳は笑っているように感じる。
「ふふ……君がそこまで激高するのも珍しい。……だが、シェル。これが人間、それが世界だ」
「っ……」
「彼女が生きようともがいた。心から戦争を終わらせるものと信じて、な」
「お前が利用したんだろ!」
「世界が生かしたのだよ。……そう、君がこうして生きていることも含めて」
「……ラウ」
「君がどうあがこうと、これで世界は終わる。所詮、人は欲望のままの生き物だ。私も、君もね」
地球軍は次にプラントを狙う。核を持って、コーディネーターを滅ぼすために。そこに躊躇いなどは一切ないだろう。人が願うまま。その欲望に世界は殺される。
「……俺は……」
「君もわかっただろ? ……君とて一人になったはずだ。力があっても、君は守れなかった。違うか? ならば、もういいだろう。そもそも、この世界に君が尽くす価値などない。何をされたか、忘れたわけではない筈だ」
「……」
襟元を掴んでいた手をラウがやんわりと掴み、腕を下げる。
ラウが言うことは正しい。シリウェルも過去を忘れたわけではない。シリウェルは首をゆっくりと横に振った。
だか、それとこれとはまた別の話。目の前にいる友人が、多くの人を死に追いやったボアズ崩壊の元凶だ。人の想いを利用し、世界を滅ぼすために。プラントが滅びても、何も感じないのだろう。
シリウェルは確かに、失った。父も母も。伯父も、もう一つの故郷も。
地球軍が憎くないわけではないのだ。それでも、憎しみのまま心を奪われることはない。シリウェルは鋭いまなざしでラウを射抜いた。
「シェル」
「俺は、堕ちない。……俺には、まだ守るべき人たちがいる」
「……妹、か。……悪運が強いようだな」
「あいつだけじゃないさ……俺には、希望がある」
希望。その言葉に、ラウは笑みを引いた。戦況が最悪な状態だというのに、戯言を言っているとでも考えているのだろう。だが、シリウェルが言いたいのはそうではない。
「……まだ、世界を終わらせるわけにはいかないんだ。ラウ、お前とて喪っていないはずだ。……レイだっている。お前は、あの子を独りにするのか?」
「……いずれ、レイも知ることだろう。己に絶望し、世界を憎む」
「レイはそうならない。……ラウ、お前ならわかるはずだ」
「……」
「俺は……お前が願う世界を阻止する。それが、友人としてお前に俺ができることだ。たとえ、お前自身が認めなくても」
全ての事情を理解した上で、シリウェルはラウと友人だと思っている。世界を憎む理由も、絶望も知っている。同じところへ、シリウェルを堕としたかったことも分かっていた。一方で、それが叶うことがないと諦めていることも。
「……やはり、君は君だった。最後まで、変わらないのだな」
「ラウ?」
「だから、ここに来たのだよ。君が動けなくなるようにするために、ね」
「ラウ……っ!!?」
グサっ。
シリウェルは腹部に痛みを感じ、咄嗟に距離を取る。ラウの手には、ナイフが握られていた。
「今の君は、毒の後遺症のため、傷の治りが遅い。……これで、君が戦場に出ることはなくなった。最後まで、抗うことさえできない」
「……ぐ……」
しびれ薬を塗られていたのか、体に力が入らなかった。力を失い膝をつくと、ラウも屈んで視線を合わせてくる。
「……これで、さよならだ。……シェル。君は、最期まで私の唯一だった」
「ラ……ウ……」
意識が保てなくなり、シリウェルはラウへと倒れこんでしまった。
「……今更、生き方を変えることなどできないのだよ」
倒れこんだシリウェルを抱えて立ち上がると、ラウはその場を立ち去っていった。