本部へと向かうシリウェルだが、途中で足を止め壁に手をついてしまった。
「隊長っ!?」
「シリウェル様、大丈夫ですか?」
腹部の傷が痛み、思わず手で押さえ顔を痛みにゆがませてしまう。だが、隠していても仕方ない。この状態では、出撃が難しいことはシリウェルとてわかっている。ラウが手心を加えてくれるわけがないのだから。
それでも、ラウを止められるのはシリウェルしかいない。
「……すまないな。マリク、肩を貸してくれるか?」
「はっ!」
痛みが治まることはない。艦に着いた段階で治療を受ける以外には。そのためにも、早く艦に向かう必要がある。マリクも分かっていた。シリウェルの側に駆け寄る。
「……隊長、少し失礼を」
「? うわっ!」
しかし、肩を貸すのではなく、マリクはそのままシリウェルを腕に抱えた。突然浮いた体に叫んでしまったのは仕方がないだろう。
無重力空間まで行けば動きに負担はなくなるはずだが、まだ距離がある。その間に少しでも負担を減らすためだろう。
「辛抱してください。マイロード、急ぐぞ」
「は、はいっ」
「……」
やむを得ないと、眉を寄せながらシリウェルは黙る。マリクから見れば、まだシリウェルも子どもだということを改めて突き付けられた瞬間だった。
そうしてたどりついたヘルメスは、シリウェルたちが乗艦するとすぐに出発の準備を開始する。事前に報告は受けていたため、発進は直ぐに可能だった。
医務室へと運ばれたシリウェルは、治療をしながらもレンブラントに事の次第を伝える。
『承知しました。それでは、発進します!』
「頼む」
『ヘルメス……発進!』
駆動音と共に、艦が動く。
ベッドの上で縫合処置を受けつつ、シリウェルは気持ちが焦るのを止められなかった。
「隊長……本当に出撃されるおつもりですか?」
「……あぁ」
「負荷に耐えられる状態ではないことは、ご理解の上で?」
「それでも……このまま見ていることはできないからな」
「……本来であれば認められませんが、それでも隊長は行くのですよね?」
「この世界の未来がかかっているからな……」
運が悪ければ、出撃して撃墜されなくとも、傷口が開いて出血多量で死に至る可能性は否定できない。それでも、シリウェルは構わないと考えていた。
「出来る限りの手は尽くします。少し苦しくなるかもしれませんが、構いませんか?」
「あぁ……頼む」
万が一のため、ということだろう。何かを挟むように包帯を巻いている。MSの操縦ならば、衝撃に備えるだけでいい。
「……出来れば傷口が開いた段階でお戻り下さい」
「全てが終っていればな……助かった」
「隊長っ!」
そのままシリウェルは医務室を後にした。急いでブリッジへと向かう。
中には入り、状況を確認する。ちょうど戦域の中へと入るところだったようだ。シリウェルに気がついた部下たちは、立ち上がり敬礼をする。
「……今は状況確認を優先しろ。レンブラント、エターナルはいるか?」
「はっ……Nジャマーの影響もあるため、ここからでは難しいようです」
「……そうか」
核攻撃をミサイルの形で撃った地球軍とは違い、ジェネシスはエネルギー砲として辺りを一掃するほどのものだ。影響を及ぼしてしまうのは仕方がないだろう。ということは、近くまで向かう必要があるということでもある。
「時期にジェネシスの二射目が来る。となれば、地球軍は壊滅的な状況に陥るはずだ。ミラー交換までの時間はどうだ?」
「はっ、はい……あと、30分ほどかと思われます」
突然向けられたことに焦りつつも、ユリシアが答える。
戦況は、ザフト、地球軍、そしてラクスたちの部隊が入り交じった混乱地帯となりつつある。
「地球軍は?」
「……月基地には戻らずに補給を待っている模様です。先ほどの攻撃で半数を消失しています」
「……諦めの悪い奴だ。わかった。フリーダム、ジャスティスの補足は?」
「……はい、既に戦線を離脱しており、補足できません」
ジェネシスの威力を目の前にして、対策を練るために下がったと見るのが妥当だ。エターナルと合流しているとも考えられる。やはり、エターナルを探すのが一番早い。
「……仕方ない。レンブラント、出るぞ」
「隊長?」
「ジェネシスの範囲外にエターナルはいる。今までの攻撃ルートから割り出すしかない。ユリシア、こちらに情報をよこせ」
「は、はい」
指揮官席に座り、PCを起動する。錯乱している上とは言え、やらねばならないのだ。口で指示をするよりも、指を動かした方が早いかと速い。素早いタイピングで、画面を見ながらシリウェルはルートを割り出す。
「出た! レンブラント」
「はっ。ヘルメス、発進だ」
ヘルメスは動く。エターナルよりは劣るものの、この艦も速い。補足される前にたどりつけるだろう。
辛くも予想通りの場所に見つけた3隻の艦。シリウェルは、エターナルへ通信を開いた。
「……エターナル、聞こえるか? こちらは、ザフト軍ファンヴァルト隊ヘルメスだ」
『あっ……お兄様?』
驚いたような少女の声が届く。変わらないその声に、シリウェルは心なしか安堵していた。
画面に映し出されるのは、ラクス・クライン、そして他にも一部見知らぬ者達がいた。エターナルにおいて、作戦会議をしているところなのだろう。主要メンバーということだ。
『シェルお兄様っ!?』
『フ、ファンヴァルト隊長!』
驚愕しているのは、従妹であるカガリ。そして、ザフトを脱走したアスランだ。あちらにもシリウェルが映し出されているということだ。
「……初めての者もいるか……シリウェル・ファンヴァルトだ。ラクス、和んでいる時間はない。わかるな」
『お兄様……はい』
「ジェネシスを止めるならば、内部から破壊するしかない。艦隊による砲撃は無駄だ」
『ファンヴァルト、確信があるようだが?』
「……バルトフェルドか。フェイズシフト装甲が切れることはない。あれも、核で動いている。あとはわかるだろう」
フェイズシフトは相当に厄介なものだ。時間があるのならば、他の作戦も立てられるだろうが、そこまでの時間は許されていない。
『お兄様、では?』
「ヘルメスは、お前たちに加勢する。俺の艦だ。撹乱に使えるだろう。犠牲を少なくされるために、お前の声も含めて使え」
『それは……いえ、わかりました。お兄様はどうされるのですか?』
「ジェネシス内部から攻める。外側は、俺の部隊も含めて援護に当たる。だから──―」
『シェルお兄様っ、危険すぎます! そんなことっ』
「カガリ……問答している余裕はない。そして、アスラン・ザラ」
名を呼ばれるとは思わなかったのか、アスランが目を見開いている。
『は、はい』
「ヤキンに入る部隊を作る。お前も来い。パトリックがいるからな」
『っ……で、ですが』
「場合によっては、俺も間に合わないかもしれないが……それでも、ヤキンを押さえなければ地球が撃たれる」
『わ、わかりました。ですが』
『大丈夫だよ、アスラン。君はシリウェルさんに従って。互いが撃たれたら、もう手遅れだから』
『キラ……わかった』
アスランと会話する少年、キラ。紙面では知っている少年だ。ラウとは別の意味で、過酷な運命を背負っている少年。そして、カガリの本当の家族でもある。
「君が、キラか……」
『……はい。貴方は』
「ゆっくりと話したいが、そろそろ時間だな」
「シリウェル様、ジェネシスより発射通告ですっ!」
一気に緊張が艦に走る。通信をしているため、エターナルにも情報は伝わった。これで話し合いは終わりだろう。
「……わかった。MS部隊、出撃準備だ。俺も出る。レンブラント、ラクスらと連携頼む。何かあっても、俺に指示は仰ぐ必要はない」
「はっ……隊長、どうかご無事で」
「……お前たちもな」
そのまま、シリウェルはブリッジを出ていった。レンブラントは、通信先のモニターを切り替える。
「ヘルメス艦長レンブラント・ケニーです。ラクス嬢、隊長の想いを無駄になさらないようにお願いします」
『……わかりました。あの、確かお兄様はお怪我をされていたと』
「ご存知でしたか……本来ならばMSで出撃などできる状態ではありません。間違いなく、無事では済まないでしょう」
『っ……』
ラクスか息を飲むのが聞こえた。
だが、理解しているだろう。これ以上、あれを撃たせてはいけない。そのためならば、無茶も必要だと。戦力を遊ばせておく余裕などないということを。
「我らも配置につきます。ラクス嬢、バルトフェルド隊長も。ご準備を!」
『……はい』
通信を切る。エターナル側も直ぐに時間をするだろう。最終局面だ。ならば、レンブラントらヘルメスの者たちも最後まで戦うだけだ。そんな中、ユリシアがじっとシリウェルが出ていった扉へと意識を向けているのが目に入った。集中できていないようだ。なら、憂いを張らしておくべきだろう。年長者としてこのくらいの援護があってもいいはずだ。
「……アマルフィ、心配ならば向かうといい」
「っ……かん、ちょう」
「時間はない。早く行け」
「は、はい!」
出撃してしまう前に、間に合えばいいが。そんなことを思いながらも、レンブラントは気を引き締めた。
☆★☆★☆★☆
格納庫で、シリウェルは部隊の編成について指示を飛ばしていた。シリウェルはラウと対峙するつもりでいる。だが、ヤキンへの対応も疎かには出来ない。地球軍の核攻撃も防ぐ必要がある。
「……お前たちには苦難の途を与えるが」
「構いません、隊長。我らは、最後まで隊長と共に戦います!」
「そうか……頼む、皆」
「「「はっ」」」
そうして各々がMSに乗り込むために移動していく。シリウェルも愛機であるレイフェザーは目の前にある。新型の開発をしていたが、間に合わなかった。それでも、不慣れな機体よりはいいのかもしれない。シリウェルは地を蹴ってコックピットへ向かった。
「シリウェル様っ!」
「? ……アマルフィ?」
浮かんだシリウェルへとユリシアが向かってきていた。
飛びかかるようにしてユリシアはシリウェルへと抱きつく。重力を感じないためか、シリウェルもユリシアを受け止めた。
「どうかしたか?」
「シリウェル様……必ず、戻ってきてください。私、待っていますから」
「ユリシア……」
「……お願いします。約束してください」
約束。ここに来るまでに、多くの人に必ず生きて戻ることを望まれてきた。約束してくれと言われてきた。そのどれも果たすことなく、避けてきた。約束は出来ないと。しかし、一方でこれほどに生を望まれること自体、果報者だと思わざるを得ないだろう。
これまでやって来たことが、無駄ではなかったと信じられる。世界を守ることに迷いを持たずにいられるのだから。
答えずに、シリウェルはユリシアを己の胸に抱き寄せた。
「……すまない。その約束は出来ない……だが、最後まで俺は戦う。諦めないことを誓おう。それでは駄目か?」
「っ……シリウェル様、私は」
「君も、最後まで戦って欲しい。隊長としてではなく、ただのシリウェルとして、君に願おう」
「シリ──―」
ユリシアは最後まで言えなかった。その前に、顔をあげられたかと思えばそのまま口を塞がれてしまったからだ。
「ん……」
「……スピットブレイクの時と同じだな、ユリシア」
「シ、シリウェルさま」
苦笑しながらも、シリウェルはもう一度ユリシアへ唇を落とす。長い口付けの後に、シリウェルはユリシアを押し退けてそのままコックピットへと向かった。
残されて我に返ったユリシアは、周囲からの視線を感じ顔を真っ赤にして、戻っていった。
「……隊長とアマルフィって……」
「婚約者ですから……まぁ」
「絵になりますよね、本当にあの方は……」
出撃前だ。一部始終を見ていた兵が多かったのだ。二人の甘い雰囲気に呆れ返る者達が、一斉にため息を漏らしたのは仕方がないと言えるだろう。
その直後、ジェネシスから二射目が発射された。