次に目を覚ましたのは、その日の昼過ぎだった。
誰か病室に来たのか、病室内にある机に見慣れない花が置いてある。花瓶も以前はなかったものだ。
「シリウェル様、起きられましたか?」
「……誰か来たのか?」
「はい。先ほど、アマルフィ議員の奥方とユリシア殿が」
「そうか。何か言っていたか?」
「……その……アマルフィ議員が拘束されたと」
内容にシリウェルは、僅かに眉を寄せた。ナンナも話しにくそうにしている。それはそうだろう。だが、聞かない訳にはいかないのでナンナに先を促す。
「ザラ議長に従っていた議員は、全員拘束されたそうです。戦争を扇動し、兵たちの命を危険にさらしたこともそうですが、ジェネシスという大量殺戮兵器を製造して虐殺を行った者として」
「……」
知らなかったでは済まされない話だ。パトリックの意志に共感し、力を奮っていたのだから当然と言えばそうだ。かといってザフト兵の多くは、従うだけ。拘束の範囲には入らなかったのはその為か。もしくは、これからの為か。どちらにしても、兵たちの中にも己が行ってきた所業に納得のいかない者も少なからずいるだろう。
「……そういった意味では、俺も同罪だがな」
「シリウェル様?」
「パトリックが危ういことは、どこかでわかっていた。それを指摘せずに放置していたのだから」
「そんなっ! 違いますっ! シリウェル様は、いつだってプラントのために」
「プラントのためだからと、何をしても許されるわけじゃない」
核を導入するという時点で、止められなかったのか。そう問われれば、否と答えるだろう。だが、その後もザフトとしてパトリックの指示に従ってきたことに変わりはない。責められるだけのことを、シリウェルも行っている。
「シリウェル様……」
「ラクスに力を託した事だけは、正解だったのだろうな」
「ラクス様に、ですか?」
「あいつは賢い。……詳しいことは言わなくとも俺の想いを繋げてくれていた。感謝しなければな」
モニター越しに見たラクスを思い出す。久方ぶりに会ったからか、顔つきが大人びていたように思う。もう、ただの歌姫だった頃には戻れない。プラントに戻れば、その力で評議会に参加することも可能だったが、ラクスはそれを望まなかったようだ。どんなに優れた指揮能力が有ろうとも、ラクスはまだ十代の少女に過ぎない。その選択を無責任だとシリウェルは責めることはしない。アスランやキラという、稀代のパイロットたちにもそれを求めてはいけないだろう。彼らは、ラクスと共にいるはずだ。この戦争で失ったものも多いが、得たものもある。せめて、傷ついた彼らには時間を与えてやるべきだ。多くのザフト兵たちと同様に。
「シリウェル様……」
「明日くらいには、プラント市民へ説明されることだろう。その事も含めて、どこまで話すかの線引きは必要となるが」
「その事について、相談したかったのだが……」
「えっ?」
突然話に入ってきたと思えば、病室の扉が開かれた。思わず声を上げたナンナだが、シリウェルは特に驚いてはいない。外に誰かの気配があることは既にわかっていたのだ。それが、カナーバを始めとする議員達であることも。
彼らが中に入ってくるのを見て、シリウェルはゆっくりと体を起こす。
「……随分と早いお出ましだな」
「休んでいるところ、済まないとは思っている。だが、こちらも悠長にはしていられなくてな」
「わかっている。……ナンナ、外の警戒を頼む」
「……わかりました」
聞き耳をたてたところで直ぐにわかるが、余計な横やりが入ることは避けたい。己の役割を認識しているナンナは、カナーバらに頭を下げるとそのまま病室を出た。といっても、部屋の入り口に居場所が変わっただけだ。
「具合はどうなのだ?」
「安静を指示されている位だ」
「……そうか」
詳細を伝えなくともカナーバは悟ったようだ。傷が癒えるまでは無理は出来ないということが。
「ファンヴァルト、明日メディアを通じて報告をするつもりだ」
「詰めているのか?」
「今は、事実を伝える事だけに留める。とはいえ、不安はあるだろう。そこでだ、ファンヴァルト」
「……何だ?」
「臨時評議会はあくまで臨時。その後、お主が議長とならないか?」
カナーバの相談とは、この事だったのだろう。報告には、今後の体制についても言及するつもりのようだ。
「はぁ……俺は軍人だ。わかっているだろう?」
「それでも、これは評議会全会一致の事項でな。打診しないわけにはいかない。私も、お主にはその資格が十分にあると考えている」
「……」
シリウェルはカナーバの後ろに控えている議員たちに視線を移動させる。誰もが反対をしていないというように、シリウェルをじっと見ていた。この場において、一番年少であるシリウェルを、最高権力者にしようと本気で考えているのだ。
シリウェルはため息をつく。
「……悪いが、それは受けられない」
「理由を聞かせて欲しい」
「……今、俺が軍から抜けるわけにはいかないからだ」
停戦したとはいえ、本格的な交渉はこれから。未だに怨恨がなくなったわけではなく、軍が不要になることはない。良くも悪くも、軍の本部がパトリックの手にあったことを考えれば、出来るだけ早く立て直しをしたければならないだろう。生き残っている者達がどの程度なのか把握はしていないが、指揮系統に関わる者達の多くは使い物にならないとシリウェルは考えていた。その先を読むことも出来ず、ただ指示に従い盲目に進んできた連中に、今後の未来を託すことは出来ない。
「抑止力としても、俺は軍にいる必要がある。前線から抜けるわけにはいかない。違うか?」
「……確かに、力は必要になる。しかし、それは議会も同じことだ。プラント市民は、お前を──―」
「それは議長でなくともできることだ。……その為の広告になる程度は構わない」
「ファンヴァルト……」
かつてはラクスと共に行ってきたことだ。今さら忌避することもない。シリウェルの姿を使うだけで、人々が安心するのならば今はそれが必要ということだ。
「今は動けないが、動けるようになったなら顔を出すことは出来る。俺の名を使いたいのなら、そう繋げておけばいい」
「ファンヴァルトの名を利用か……クラインがいない今は、頼るしかないな。済まない」
「謝罪は不要だ。……こうなることは想定内だからな」
「……どこまでが想定内だ?」
「…………過ぎたことだ。気にするな」
暗に伝えるつもりはない、ということだ。シリウェルも全てが予想できているわけではない。しかし、パトリックが倒れた場合にどうなるかは予測できていた。市民や軍内部の混乱も。その上で、シリウェルがどうすべきかも。それが、生き残った者としての責任だ。
「ファンヴァルト……」
「……カナーバ、お前達は議員としてやるべきことを果たす。俺は軍人として責を果たす。今は他を気にしている暇はない。違うか?」
「……本当に、おしいな。お主が議長になれば、とは思うが確かに軍の対処も急務。今は、それが最善だと納得しよう」
「感謝する、カナーバ」
その後、停戦交渉についての条件の突き詰めをし、カナーバたち議員は病室を去っていった。
「……あとは、向こうの出方次第だな」
停戦交渉が始まるのは間もなくだ。場所は、この戦争の始まりの地であるユニウスセブンと決まった。