翌日、シリウェルはテレビを付けていた。カナーバから、市民に向けての報告をすると伝えられていたからだ。
画面が切り替わり、その画面にカナーバが現れた。
「カナーバ議員は何を報告するのか、隊長はご存じで?」
「あらかたはな。詳細までは知らん」
今日は、マリクが見舞いに来ていた。この報道後に、ちょうど隊へ伝えることもあるのでそのまま残っている。カナーバが話す内容によって伝えてよい範囲が決まるため、マリクには控えてもらっているのだ。側にはお茶を用意しているナンナの姿もあった。
『プラントに住む全ての人々よ。先日、多くの多大な犠牲の上にプラント臨時評議会は、大西洋連邦との停戦を決めた』
カナーバが代表として人々の前に立っている。テレビでも放映されているが、演説自体は広場にて行われている。多くの人々が見守っているだろう。
カナーバは此度の戦争について、スピットブレイクからヤキン・ドゥーエでの戦いの真実を伝えた。評議会の認証なしに、パトリックが独断で行ったことであること。ジェネシスの照準が地球に向け、パトリックはナチュラルの殲滅を望んでいたが、それを良しとしない勢力に止められたこと。それが、シリウェルたちとラクスらクライン派であることなどだ。
ふと、安心させるようにカナーバは強張っていた表情を緩める。
『……我らが歌姫も英雄もプラントの為に、そして世界のために戦火に身を投じた。しかし、彼らは無事であることを、報告しよう』
画面の外から大きな声と拍手が上がる。ラクスを案じていた人もいるのだ。どのような報道をされていようとも、ラクスは間違いなくプラントに住む者達にとって歌姫であり続ける。
「隊長とラクス嬢のことは軍でも心配されていましたよ」
「それは……そうだろうな」
傷を負っている姿が彼らに見せた最後の姿だ。上に立つものとして、改めて無事な姿を見せる必要はある。ラクスについては、叶わないことだが。
『戦闘の折に怪我を負ってしまったが治療が終わり次第、シリウェル・ファンヴァルトは皆にその姿を見せてくれる。それまで待っていて欲しい。また、今後の評議会についてだ。停戦交渉後は、再び正式な評議会を召集する。これを以て、臨時評議会は解散となる』
新たに議員を集めて評議会を作るということだ。全部を入れ換えることはないだろうが、主だったメンバーが不在である以上は再選挙となるのは仕方のないことだろう。
『加えて軍部においてだが、現在の最高司令部は既に死しており不在という状況だ。それ故、現在における最高指揮官でもあるファンヴァルトを国防委員長兼務とする』
「……そうくるか……」
「隊長?」
シリウェルは重く息を吐いた。議長を辞する時の発言からきたのだろうが、国防委員長は簡単に出来る立場ではない。軍の最高位に当たるのだ。議長と同格に近い権限を軍部では持つことになる。前任はパトリックだ。議長と兼任をしていたので、軍と政治の切り離しが出来ていなかった。現時点においては、どちらも空位である。そこに、シリウェルを据えるということだ。
「隊長はご存知なかったのですか?」
「……聞いていないが、納得できない訳ではない。引き受けざるを得ないだろう。……マリク、お前は全く驚いていないな」
「それはそうですよ。順当ですし、ある程度可能性として考えていましたから」
「そうか……確かにな」
反対する者はいない。生き残っている軍上層部は拘束されているのだから。元々、シリウェルは軍部においても単なる指揮官以上の権限を持っていた。何もかも今更でしかない。
「……マリク、兼務というからには隊は残る。だが、今まで以上にレンブラントらには負担を強いることになるだろう」
「そうですね。艦長も含め、今後については我らファンヴァルト隊は指示に従うまでです」
「……司令部にも人を回す必要がある。再編は急ぐが、隊からも異動させることもあるだろう。艦の人員はそのままになるだろうが、な」
「艦長がいなくてはヘルメスも動けません。ならば、整備班やMS隊もそのままでしょうか?」
「そうなるだろう」
念のため部隊は出来る限りそのままにしておくのがいい。前線で戦える即戦力ならば、尚のこと。
「ならば、動くのは私ですか?」
「……不満か?」
「いえ、艦長が艦を離れられないのならば私位しか隊長に進言できる者はいないでしょう。貴方は、放っておけば無茶をしますからお目付け役は必要です」
「おい……」
睨むようにマリクを見るが、当のマリクは気に止めていないようで肩を竦める。
確かに、シリウェルはその生まれや立場から盲目的に従う者が多い。付き合いが長いナンナも、ファンヴァルト家の使用人であるので苦言を言うことはあるが、ナンナ自身は一般兵に過ぎない。だが、マリクは副官という立場がある。使用人であるナンナよりは、軍人として意見を通しやすいのだ。
「マイロードも、同じく異動になるので?」
「ったく……あぁ、そうだ。軍人だが、ナンナは俺の専属に近いからな」
「心得ています、シリウェル様」
これまで会話に加わらなかったが、己の名前が出たところでナンナも答える。戦場以外の場所ならば、ナンナはシリウェルの側にいるのが当たり前だった。
「……明後日には軍に向かう。マリクは、レンブラントに報告しておいてくれ。あと、全員に召集を頼む」
「はっ!」
「ナンナ、セイバスに連絡だ。明日には戻る」
「シリウェル様、ですがまだ安静にと」
「戦場に行くわけじゃないし、動き回りもしない。痛むようなら休む。ここに、軍人を呼ぶわけにはいかないだろう? ならば、俺が出向くのがいい」
「ですがっ!」
「……ナンナ、俺は大丈夫だ。今は無理をしない」
今後のことを考えても怪我は完治させておく方がいい。そのことはシリウェル自身もよくわかっている。だから、無理のない範囲でやるべきことをするのだ。
こうだと決めたら動かないことをナンナはよくわかっている。折れるのは、ナンナの方だった。
「……わかりました。では、連絡をしてきます」
「頼む」
ゆっくりとナンナは病室を出ていった。
「隊長も、人が悪いですよ」
「だが、休んでばかりもいられないのは事実だ」
「軍が隊長を必要としていることは間違いありません。ですが、それ以上にマイロードは貴方を心配しているのです」
「そんなことは言われずともわかっている……」
ナンナだけでなく、最近は帰ることがない屋敷にいるセイバスをはじめとする使用人たちも、アーシェも。シリウェルを案じていることは理解している。わかっていてもやらなければいけない。戦場に向かうわけではないので、そこまで無理を通すわけでもない。傷に響かない程度にするつもりだ。
「わかっているならいいんです。それと……隊長、アマルフィのことは聞いていますか?」
「アマルフィ議員が拘束されたことか?」
直に会ってはいないが、ナンナより話は聞いていた。だがそれ以上に、ここでユリシアの話が出ることにシリウェルは眉を寄せた。
「何があった?」
「隊長が考えている通りです。パトリック・ザラと共に核を用いることや殺戮兵器を使用することに同意した彼の娘であるアマルフィは、隊長の婚約者として相応しくないと……軍の中では反対する者が増えています」
「親と子は、別の個人だろうが……そう簡単には切り離せない、か」
アマルフィが評議会議員を父に持つことに、ユリシアが選ばれた一因がある以上は、完全に切り離すことは出来ない。昨日の時点で直接ユリシアと会うことが出来ていたなら、その話がユリシアから聞くことが出来たのだろうが。どちらにしても、意味のない中傷だ。
「軍内部だけで、収まるか?」
「……市民には伝わっていませんから恐らくはですが」
「そうか……俺が直接宣言した方がいいだろうな。わかった」
「お願いします。今はアマルフィも出てきていませんから、彼女に直接何かがあったわけではありませんが、現状だけでも我々としても不快なので」
「あぁ」
不快なのはシリウェルとて同じだ。言い分がわからない訳ではないが、認めることは出来ない。シリウェルの心は既に決まっているのだから。
未だテレビの向こうで演説をしているカナーバを見ながら、今後についてシリウェルは思考を働かせていた。