今年もよろしくお願いします。
その日の夜、ナンナも帰した後、病室でシリウェルは一人ベッドの上から体を起こし、外を見上げていた。
医師には何とか説得をすることで退院することを了承させた。それほど時間が経っていないようだが、ようやくアーシェにも会うことができる。見舞いに来たがっていたことを我慢させたのだから、怒っているかもしれないがそれでも会えることを純粋に楽しみだと思えた。オーブから避難してきたシンの今後についても話をしなければならない。
同時に、ユリシアのことも考えなければならなかった。
既にシリウェルの気持ちは決まっている。あとは、それをユリシアが受け入れるかどうかだ。
「……連絡をするべき、だろうな」
ベッドの横に置いてあった端末を手に取り、メールを打つ。明後日、軍本部へと顔を出す際にシリウェルの私室へと来るようにだ。邪魔が入らない場所で話し合う必要があるため、屋敷よりもいいだろう。
メールを送ると直ぐに了承の返信が来た。これでいい。
「……明後日、か」
すべてはそこから始まる。今後のザフトがどう動いていくのかも。
☆★☆★☆★☆★☆
翌朝、起きるとシリウェルは私服へと着替えた。のんびり寝ているよりは、出来るだけ早く退院して帰宅したかったのだ。ここ二日ほど動くこともなく、ずっとベッドで寝ていたことで心なしか体力も落ちている気がする。軽く体を解すが、傷に障ると塞がったものが開くので最小限でしか出来ない。完全に塞がらない限りは、シリウェルに出来る運動はなかった。それが医師と退院を認める時の約束事だ。
「シリウェル様?」
「来たのか、ナンナ」
「はい、おはようございます。車は既に用意してありますが、もう出られるのですか?」
「あぁ。了承は取ってある。行くぞ」
「は、はいっ」
ナンナは昨日の内に用意していた荷物を持ち、先に病室を出たシリウェルを追う。
入り口にはファンヴァルト家の車が停まっており、看護師や医師もそこに集っていた。どうやら、見送りらしい。
「……わざわざ来たのか?」
「シリウェル様。退院は認めましたがくれぐれもご無理はなさらないようにお願いしますよ」
「わかっている。世話になったな」
「医師として当然のことをしたまでです。……ラクス様がいない今、貴方様だけが我々の頼りなのですから」
彼がクライン派であることはシリウェルも既に知っている。だからこその言葉なのだろう。しかし、同じようなことを考えている人は多いはずだ。
「それもわかっているつもりだ」
「シリウェル様……」
それだけ言うとシリウェルは車の後部座席へと乗り込んだ。ナンナは荷物をトランクに積むと助手席に乗り込む。
「出せ」
「かしこまりました」
指示を出せば運転手は車を発進させる。窓から見える病院からは、医師らが頭を下げているのが見えた。
「……ったく」
シリウェルは舌打ちをしたい気分だった。誰も彼も二言目には同じ事を言う。こうなることはわかっていたこととはいえ、少しは自分達だけで何かを成そうとは考えないのだろうか。まだ10代に過ぎないシリウェルやラクスに、精神的な支柱を求める。それほどにプラントの人々が不安定なのだとも取れるが、安定剤のように盲目的に近い信頼を寄せられる側としては、あまり歓迎したくないことだ。それも戦後という今の状況では仕方のないことなのかもしれない。
「どうかされましたか?」
シリウェルの機嫌がよくないことを感じたのか、ナンナが後ろを振り向いて案じてくる。
「いや……何でもない」
「そうですか。ならば良いのですが……」
ナンナはその言葉を疑っているようだ。それでもシリウェルに反論することはしない。シリウェルが問題ないと言えば、追及しても話さないことは経験上わかっている。不満そうではあるがナンナは再び前を向いた。
(……思えば、さらけ出して話ができたのはラウだけだったか……)
立場も何も気にせず、ありのままでいられたのは既にいない友人の前だけだった。年は離れていても、シリウェルにとっては特別な友人だった。こういった時は、愚痴の一つでも彼に吐きたくなる。その姿がどこにもなくとも。
☆★☆★☆★☆★☆
ファンヴァルト邸へと到着すれば、使用人一同が出迎えてくれた。それほど時間は経っていない筈なのだが、随分と久しぶりに戻ってきたように思う。
「お帰りなさいませ、シリウェル様」
「あぁ、今戻った……皆、留守をよく守ってくれたな。感謝する」
一人一人の顔を確認するように視線を移動させる。それぞれ安堵の表情を見せている。話は聞いていても、実際に見て本当の意味で安心したのだろう。
「兄様っ!」
「……っ」
使用人たちの間からアーシェが飛び出してくる。勢いよく駆け寄ってきたその体をシリウェルは抱き止めた。
「……お帰りなさい、兄様。ご無事で……」
「心配をかけた、すまなかったアーシェ」
背中に手を回してアーシェを抱き締める。オーブへ避難させて母を失い、更にオーブから避難をしてきた時には直ぐにシリウェルは戦場に出てしまい、寂しい思いをさせたはすだ。その分を補うかのように、シリウェルはしっかりとアーシェを包んだ。
アーシェを伴いながら屋敷内に入り、リビングに向かえばシンが待っていた。不安気な表情から見るに、どう振る舞えば良いのかわからないといったようなところだろう。
シリウェルは腕に抱きついていたアーシェを離し、そのままシンの近くにいくと、ポンと肩に手を置いた。
「あ……シリウェル、さん」
「留守にしていて済まなかったな。アーシェの側にいてくれて、感謝する」
「いえ、俺は……」
「……今日は、時間がある。ゆっくり話をしようか」
「……はい」
戦争は終わった。復興に向けて世界は動き出す。
動き出すのは、軍や政治だけではない。立ち止まっていた日常を取り戻すために、一人一人が動き始めなければならない。
今後、それぞれがどう生きていくかを考えなければならない。多くの人々にとって分岐点に来ていた。それは、シンやアーシェにとっても例外ではないのだから。