シン側の心境は原作とは違っています。
自室に戻ったシリウェルは、椅子に座り体重を預けた。
先程のアーシェの言葉はかなりの衝撃だったのだ。
「よりにもよって……」
冷静さを失い八つ当たりのように反対をしてきた。話したことに嘘はない。全て事実だ。現に、シリウェル自身が多くの大西洋連邦側の兵士を身内に持つ人たちから憎まれている。ブルーコスモスだけでなく、兵士からも死神と呼ばれるほど悪名が広がっていることも知っていた。アラスカでのこともあり、命を狙われていることもわかっついる。
そんな戦場に、誰が身内を巻き込みたいと願うのか。ましてや、アーシェはファンヴァルト家の令嬢として、ラクス以上に箱入り娘として育っている。観察眼もなければ、何か護身術を習っているわけでもない只の少女だ。
ただでさえシリウェルの妹として利用される可能性があるというのに、わざわざ危険に飛び込む必要などないのだ。
クレアからファンヴァルト家の立ち位置やアーシェ自身の価値については説明はしているし、シリウェルも何度となく話をして来た。理解しているはずだ。だからこそ、アーシェの発言には耳を疑った。
「……全く何を考えているんだ」
目元を隠すように腕で覆うと、シリウェルは重い息を吐いた。
ピリリ。
そこへ通信が入る。気分的には誰かと話をしたいわけではないが無視をすることも出来ない。仕方ないと、シリウェルは端末を開いた。
☆★☆★☆★☆★☆
一方、リビングに残された二人はシリウェルが出ていった扉をじっと見つめたまま、途方に暮れていた。
先に我に返ったのはシンだった。
「えっと……アーシェ?」
「……」
恐る恐るアーシェに声を掛けるが、返事はない。反対されるだろうとは言っていたが、あそこまで言われるとは思わなかったのだろう。
「だ、大丈夫か?」
「……お、怒られた……初めて……兄様に」
「え?」
「こわ、かった……」
徐々に目に涙が溜まっていく。溢れ落ちていく涙を拭い、アーシェは黙って泣き続けた。
暫くして落ち着いたのか、アーシェはぽつりぽつりと話し始める。
「……ずっと、兄様は私に優しかった。初めて、会った時から……ずっと」
「うん……何となく、想像できる気がする。さっきのは俺も、ちょっとびっくりしたし」
表情が凍りついたようになり、空気も一緒に冷たくなったように感じた。
まだそれほど話をしたわけではないが、ファンヴァルト家の人たちなどの話から色々と聞いていたのもあり、シンの中では穏やかで優しいという印象が強かったのだ。
もしかすると、さっきのが軍人としてのシリウェルの姿なのかもしれないが、シンも怖いと素直に思った。
「そっか……母様が言ってた。私は、血の繋がりはなくとも……シリウェル・ファンヴァルトの妹だから……それがいつか重荷感じることが、あるかもしれないって」
「シリウェルさんの妹だから?」
「兄様は、コーディネーターとナチュラルのハーフで……ブルーコスモスに狙われているだからって」
「はぁ!?」
シンは思わず声を上げた。
まさかそんな単語がアーシェから告げられるとは思わなかった。
「ブルーコスモスに狙われてるって、何でだ? ハーフ自体はそんなに珍しい訳じゃないだろ?」
オーブはコーディネーターの居住を認めている国だった。だから、ナチュラルとコーディネーターの恋人も少なくなかったはずだ。近くに対象がいたわけではないが特に反対するような風潮もなかった。ブルーコスモスにハーフが危険視されているのならば、もう少し情報があってもいいはずだ。
「……そこまでは、教えてもらえなかった。兄様は特別なのかもしれない。……その妹であることを苦痛になる時が来たら、その時は教えてほしいって言われたの」
「けど、その……クレアさんはもう……」
「うん。けど、私が……兄様の妹を苦痛に思うわけない。だからいいの。……たぶん、母様は私が危険になると思ったんだと思う。だから、私は……強くならないといけない。兄様のお荷物にならないように」
「だからアカデミー、なのか? ……っと悪い、その……アカデミーって何をするんだ?」
シリウェルの話から軍関係だということは想像がつく。それ以外のことは全くわからないのだ。
「あっ、そうだね。アカデミーは、簡単に言うとザフト軍人の養成学校のこと。入学資格は成人してからだから、15歳から」
つらつらとアーシェは淀みなく説明をしていく。その様子から事前にかなり調べていたのだとわかった。
アカデミーに入れば、卒業後はザフト軍に入る。寮もあるらしく、生活にも困らない。教科書や制服などは支給されるので、シンのように何も持っていない避難民でも入ることは可能だ。聞けば聞くほど、今のシンに相応しい場所のように感じていた。
「ただ、兄様も卒業生だから、色眼鏡で見られることはあるかもしれない」
「アカデミーに入学すれば、シリウェルさんの妹であるから特別扱い、とか?」
「それはないと思うけど……やっぱり血は繋がってないから……」
「えっと、通ってたところでも、何かあった?」
「あからさまなのはないよ。ただ、やっぱりね、って顔をされるだけだから」
面と向かって何かがあるわけではなく、周囲に過度な期待をされてがっかりされるのだという。
あれほどの有名人を兄にもてば、ある程度は仕方ないのかもしれない。軍の養成学校なんて更に注目を浴びる場所だ。ここまで聞けばシンでもわざわざ、アーシェが飛び込む必要はないと思う。
「それでも、入学したいわけ? どうして? 別に軍人にならなくても他にも身を守る方法はあるんじゃ」
「……役に立ちたい、から」
「シリウェルさんの?」
「うん。……これ以上、兄様が怪我をするのを家で待つのは辛い。兄様がいなくなったら、私はまた一人ぼっちになっちゃう。そんなの嫌っ!」
「……けど、アーシェが軍人になってもシリウェルさんを心配させるだけだろ? アーシェに何かあればあの人が一人になっちゃうんじゃないのか?」
「……わかってる。そんなことしても兄様は喜ばない。でも、オーブの時のように逃げ回るだけなんて……嫌だから。前線出なくてもいい、軍に携わる仕事がしたい」
アカデミーに入っても、適性がなければ軍人として戦場に出ることは出来ない。それでも何かしら軍を支える仕事に就くことができる。
「……わかった。なら、俺も一緒にアカデミーに行く」
「えっ?」
「シリウェルさんを説得するのを手伝う。戦力になるかわからないけど……それに俺だって、あんなことは二度とごめんだ。だから、守れるなら俺が守りたい。その力が欲しい」
「シンは、オーブに帰るんじゃ……?」
「帰らない。帰っても誰もいないし……俺はここで、プラントで強くなる。両親やマユ、大切な人を失うのは、もう嫌だから」
「……シン」
「だから、アーシェ。君も俺が守るよ。だから、一緒に行こう」
初めにシンを暗闇から救ってくれたのはクレアとアーシェだ。プラントに来て、安心できる場所を与えてくれたのは、シリウェルをはじめとしたファンヴァルト家の人たち。
シリウェルには感謝している。だが、それ以上にアーシェに恩を感じていた。彼女がいなければ、シンは憎しみと後悔で一杯だったはずだ。ウズミが何を想っていたのかも知らず、戦争がどんなものかを知ろうともせずに、ただ己の殻に閉じ籠っていただろう。
だから、世界を広げてくれたアーシェの力になりたい。それと同時に、シン自身が誰かを、何かを守る立場になりたい、そう感じていた。
壁は高いが、まずはその難敵であるシリウェルを説得しなければならない。アーシェとシンの二人でアカデミーへ入学するために。