翌日、シリウェルは司令本部の私室に来ていた。
あの話の後、今度はシンと二人でアカデミーに入学するという話になり、シリウェルは更に頭を抱えることになった。冷静ではないことはわかっていたので、反対するだけでアーシェ達の話も聞かずに、そのまま今日は屋敷を出てきてしまったのだ。
「……まさかシンもアカデミーに行きたいと言うとはな」
アーシェ一人だけよりはシンも同じ方が、不安は減る。だが、シンとてオーブに居た時は普通の学校で学んでいたはずだ。それはあまりにも突然な進路変更だろう。少なからず、家族を亡くしたことが関係しているとはいえ、簡単に納得することは出来なかった。シンの保護者は、現時点ではシリウェルとなっている。どこまで覚悟が出来ているのかを確認しなければならない。それはアーシェも同様だ。
頭ごなしに反対してはいけないことはシリウェルとて理解している。本当に覚悟があるのならば、本人が決めたことを認めるべきだと。それでも、感情がそれを邪魔するのだ。
「覚悟が必要なのは、俺の方か……」
『失礼します。あの、シリウェル様? ユリシア殿が来ていますが……』
「……あぁ、わかった。通して構わない」
『はい』
ユリシアを呼んだのはシリウェルだ。予定していた時間になったのだろう。シリウェルはため息をつきながら、頭を軽く振る。
アーシェとシンの事はまた後で考えるとして、思考を切り替えなければならない。ユリシアとのことを。
ナンナと共に入ってきたユリシアは、どこか気落ちしているように見えた。父親が拘束されたのだから、当然と言えば当然だ。
「……おはようございます。ファンヴァルト、隊長」
「あぁ……おはよう」
ユリシアは敬礼をして部下の立場を取る。何ら不思議ではないが、ここからの話は部下と上官としてのものではない。
「ナンナ、二人で話をする。暫くは誰も通さないように見張っていてくれ」
「は、はい」
少し驚きながらもナンナは従い、部屋を出ていく。
まさか二人だけになるとは思わなかったのか、ユリシアは驚きを隠せずにいた。
「ユリシア」
「は、はいっ。な、何のお話でしょうか、隊長」
「……今は隊長じゃない。シリウェル・ファンヴァルトとして、君の婚約者として話をしたい」
「あ……はい、シリウェルさま」
肩を落とすユリシアに、シリウェルは例の中傷がユリシアの耳に入っていることを確信した。賢い彼女のことだから、今後どうすることを周囲が求めているのか理解もしているだろう。だが、それはあくまで周囲の願いであってシリウェルのものではない。
「……何を落ち込んでいる? いつもの君なら、そういう態度にはならないはずだ」
「っ……」
「君は、以前に俺が言ったことを覚えていないのか?」
「シリウェル様が仰ったこと……」
シリウェルは立ち上がり、ユリシアの側に行く。俯いた様子のユリシアは、シリウェルが側に立っても顔をあげない。以前ならば、直ぐに顔をあげたはずだ。
制帽を取り、ポンと頭に手を乗せる。
「……俺は君以外と婚姻を結ぶつもりはない。俺は君にそう言ったはずだ」
「あ……それは……」
「直接、何かを言われたのか?」
「……その……」
「本当に、お節介な連中がいるもんだな。なら、ユリシア」
一向に顔をあげないユリシアの頬に手を添えて、ゆっくりと上げさせる。漸く視線が合わさったところで、シリウェルは告げた。それが一番手っ取り早い手段だから。
「結婚するか」
「え……」
「してしまえば文句の言いようもないだろ。元々急かされてはいたんだ。戦争を言い訳にして伸ばしていたが、それも終わった。なら、問題は特にない」
「え……あう……えっと」
ユリシアは混乱しているのか挙動不審のように視線は動き回っているが、両手を握りしめる形で身体の動きは止められていた。必死に状況を受け入れようとしているのだろうか。それとも、混乱して収集が付かなくなっているのか。恐らくは後者だろう。
シリウェルは、添えていた手を離して距離を取る。
「……返事は?」
「ほ……本当に? いえ……本気なの、ですか?」
「嘘を伝える必要性は感じないが?」
「で、ですが……その……」
「そもそも俺たちは政略な意味で結びついている。現状において、同年代に過去に議員だったものを含め、名家出身の女性が他にいない。誰でもいいというなら話は別だが、そうならないことはわかっているはずだ」
過去に議員だった家系。それはアマルフィもいずれはそうなるだろうということを意図して伝えたのだ。アマルフィ議員がどのような人物だったかは、シリウェルとてわかっている。だから、ユリシアと婚姻することに異論はなかったのだ。それ以上に、そもそも父親のしたことを子どもに関連づけることの方が間違っているのだから、文句を言わせるつもりなどない。
「政略……ですか……」
「ユリシア?」
その言葉に、ユリシアは再び顔をうつ向かせる。
「シリウェル様は……決められた相手だから、私と結婚する、というのですよね?」
「……そうだ、な」
「私以外でも、政略という形で婚約者を決められれば、それに従うということですか?」
「……」
ここでの返答は是だ。
己の役割を認識している以上、定められたことには従う。恐らくはそれがユリシアでなくても。だが、ここで彼女が欲しい答えは別だ。
何を話すのが正しいのか、シリウェルにわかるはずもない。それでもいうことが出来るとすれば……。シリウェルは、言葉を間違えないようにと慎重に切り出した。
「……君の言う通り、そうと決められればそれに従う。俺の影響力、血筋を考えれば当然のことだ」
「……なら」
「だが……俺は、君を気に入っている、と思う」
「えっ?」
「君が俺を慕ってくれていることはわかっている。だが俺は……今は、同じ想いを返せない。それでも……出来るなら、傍にいてくれるのはユリシア……君であってほしい」
両親たちのように、ユリシアを想うことはできていないが、それでもこれが今のシリウェルの正直な気持ちだった。
「シリウェル様……」
「選ぶのは君だ。……俺の傍は面倒だからな」
同じ隊にいるのだから、それくらいは承知の上だろう。しかし、身内となれば今以上に面倒な相手だと理解している。シリウェルがユリシアを受け入れることはできる。逆は可能かどうか。選ぶとはそういうことだ。
「っ……シリウェル様っ!!」
涙を浮かべながら、ユリシアはシリウェルに抱き着いた。離れていた少しの距離がゼロとなる。抑え込んだ気持ちを吐き出すかのように、シリウェルの軍服を握りしめた彼女から、少しずつ声が聞こえてくる。言葉になるのを、シリウェルはじっと待った。
それはやがて大きな声となって吐き出されていく。
「私はっ……相応しくないって……裏切り者の娘だからって……でも……私は、シリウェル様が好きなんです! ずっとずっと昔から、大好きだったんです! だから……だからっ!」
「そうか……」
「傍にいさせてくださいっ! ……たとえ、何があっても……私はずっと、傍に」
髪を梳くようにシリウェルはユリシアの頭を撫でた。
婚約者となったのは、幼年学校の頃だ。それからずっと、ユリシアはシリウェルを想っていた。シリウェルもそれはわかっている。真っすぐに好意を伝えてくれていた彼女が、その想いを伝えなくなったのは軍人となってからだ。それでも、最近の関りがシリウェルにユリシアとの関係を変えさせてくれた。だからこそ、シリウェルはユリシアに告げることができる。
「……なら、答えを聞かせてくれ。俺と、結婚してほしい」
「っ……は、はいっ!」
この部屋に来てからずっと暗い表情をしていたユリシアが、満面の笑みを見せた。