その日の夜、シリウェルは予定通り屋敷へと帰っていた。予想通り、アーシェとシンの二人から話があると打診され、使用人たちに見守られながら逃げ道はないとシリウェルは承諾するしかなかった。
一月以上前と同じく向かい合ってソファーに座る。違うのは、シンとアーシェの二人の様子だ。シンは、更に芯が通ったかのように落ち着いており、アーシェも不安はあるだろうが、しっかりとシリウェルに視線を合わせてきていた。それだけの覚悟を持ったということなのだろう。
二人の変化に戸惑っているのはシリウェルだけだった。
アーシェは、はっきりと意志を告げる。
「兄様、私とシンのアカデミー入学を認めてください」
「お願いします、シリウェルさん」
「……」
アーシェはともかく、シンに至っては本当にアカデミーに行きたいのなら、最悪独断でも決めることは出来るのだが、それでもシリウェルの許可を取ってからという姿勢を取っている。アーシェの為であることは、シリウェルにもわかっていた。
シンがアーシェとシリウェルの緩衝材になるつもりなのだろう。
「兄様が反対する理由もわかっているつもりです。私の世界はとても狭くて、温室育ちであることも。アカデミーに入れば、色眼鏡で見られることも。わかっていても、それでもその道に進みたいのです!」
「シリウェルさん、俺もアーシェと変わりありません。オーブで、戦争を知らずにいて、他人事のように考えていました。けど、俺はもう他人事ではいられない。ちゃんと、俺自身の手で守りたいんです! あんな思いは、二度としたくないから」
思いの丈を話す二人をシリウェルは、冷静に見つめていた。
人殺しをさせたくない、危ない目に合って欲しくない。それはシリウェルが願っていても、破られることもある。戦争とは、そういうものだ。停戦したとはいえ、もう戦争が起きないという保証はない。ブルーコスモスも途絶えたわけではないだろう。
なら、どうすることが二人にとって最善なのか。判断をするのは、保護者としての役目。戦いを生き抜くために敢えて道を進ませるか。戦いを避けるように己が動けるか。
そこまで考えて、シリウェルは傲慢な考えに首を横に振った。戦争を避けることは、シリウェル1人で出来ることではないのだから。
「シリウェルさん?」
「兄様……?」
突然のシリウェルの様子に、どうしたのかと二人はさっきとはうってかわって不安気な表情をしている。
「何でもない。……前にも言ったが、軍人とは直接的もしくは間接的に人を手にかけることになる仕事だ。それはわかった上で、ということか?」
「……はい」
「わかっています」
「……口だけなら何とでも言えるが、ここでそんな問答をしても意味はないか」
現実に人を殺めたこともない二人に、己の手が血で染まる想像など難しい。目の前で見ることと、自ら起こすことは雲泥の差があることも、理解できないだろう。
そして、これ以上の話し合いは無駄だということだ。二人に意志を変えるつもりはなく、あくまでシリウェルを納得させるための場。どれほどシリウェルが話をしても意思は変わらないのかもしれない。
「思えば、俺が志願したときも父上には相当反対されたな……やはり親子ということか」
「……兄様も、反対されたのですか?」
「アカデミーに行くと言われて、喜ぶ親がいたら見てみたいな。大抵は忌避する。ただ……戦争時は兵士の増員が必要だったから、歓迎する者は多かっただろうが、本心では反対したかったはずだ」
思い出すのは、ユリシアの弟であるニコルのことだ。父親であるアマルフィ議員は、アカデミー入学に反対していたが、ニコルの強い希望に折れたと話していた。音楽が好きで争い事を嫌う優しい少年だった彼も、戦う道を選んだのだ。しかもトップエリートととして最前線で戦うほどの強さを得た。それは、ニコル自身が何よりも戦争の終わりを願っていたからだろう。二度とニコルのような犠牲者は出したくはない。
シリウェルは思い出すように目を閉じ、少し考え込むように腕を組んだ。
アーシェもシンも、結果が出るのを待っている生徒のように緊張した面持ちでシリウェルの反応を待っていた。
「シン」
「は、はいっ」
目を開いたシリウェルがシンを呼ぶと、多少上ずった声でシンが返事をした。
「……シンは俺の許可がでなければどうする?」
「え……えっと……出るまで、何度でも粘りたいと思ってます」
「シンだけなら構わないと言ったら?」
「そ、それは……」
シンがどうするのか。シリウェルは、困ったようにアーシェと目を合わせるシンの様子を伺っていた。
「俺は……できれば、アーシェと一緒に行きたいと思ってます」
「何故?」
「えっと、上手く言えないかもしれないんですけど……俺はアーシェに感謝してます。だから、今度は俺が力になりたいし、守りたいと思うし……行きたいってアーシェが言うなら何とかしたいって思うから」
「シン……ありがと」
「いや、だってアーシェがいなかったら俺はきっと、ここにはいないし、シリウェルさんにも会えてなくて、オーブを憎んだし……今でもわからない思いはあるけど、それでも違うんだってことはわかったから……その」
説明するのが苦手なのか、感情を整理できていないのかはわからないが、それがシンの本音なのだろう。
未だにオーブに対しては何か想いがあるらしいが、それでも前に進めている。その理由の根幹にアーシェがいる。そこまで言われてわからないシリウェルではない。
「つまり、シンはアーシェと一緒にいたい、ということか?」
「そう、ですね……出来れば、はい」
「念のため聞くが、それがどういう意味を持っているのかわかっているか?」
「どういう意味?」
隣で真っ赤になっているアーシェと、よくわかっていないシン。要するに無自覚ということだ。
「お前、鈍いと言われないか?」
「? いえ、特には」
「天然か……」
「あの、シリウェルさん?」
シリウェルも周囲から鈍いと言われたことはあるが、シンほど無自覚に人を口説いてはいないと思っている。
アーシェは、この様子だとシンに気を許しているようだ。それがどういう結果になるかはわからない。しかし、シリウェルは何となくだが、シンにはどこか既視感を感じていた。ラクスやカガリたちと会った時のような不思議な感覚を。最後の一押しは、シリウェルのそういった勘だ。
「……わかった。認める。アーシェ、シン……アカデミーへの入学の手続きを進めるよ」
「兄様っ! ありがとうございます!」
「やったな、アーシェ」
「ありがとう、シン! シンのお陰だよ」
手を取り合って喜ぶ二人に、まるでシリウェルが邪魔になったようだった。様ではなく、まさにお邪魔なのかもしれないが。
「覚悟はしておけよ、二人とも。特に、アーシェ」
「……は、はい」
「入ったら俺は何もしてやれない。卒業後も、公私混同は出来ないからそのつもりでいてくれ」
「……わかりました」
今季の入学にはまだ間に合う。しかし今から波乱の予感がするは気のせい出はないだろう。シリウェルは喜ぶ二人を見ながら眉を寄せるのだった。
シンは鈍感です。