朝、ファンヴァルト邸の自室でシリウェルは目覚めた。
情勢はまだ不安定だが、屋敷に戻る程度には落ち着きを取り戻していた。いつものように、シャツを着て白の軍服を羽織ると、そのまま部屋を出る。向かう先はリビングだ。
「おはようございます、シリウェル様」
「あぁ、おはよう」
「「おはようございます!」」
起きる時間はほぼ同じだ。そのため、それに合わせて朝食も準備されている。シリウェルは席につくと、食事を始めた。
一人ではあるが、この場には少なくない人達がいる。これがシリウェルにとっては日常だが、一般的ではないことは認識している。
食事を終えた頃、ふと周りを見回すとある人物の姿がないということに気がつく。
「……セイバス、ミーアはどうした?」
「はい、只今マナーのレッスンをしております。終わり次第こちらに来るので、もうそろそろだとは思いますが……」
ガチャ。
タイミング良くリビングの扉が開く。
「お、おはようございますっ、シリウェル様」
「……あぁ」
多少緊張しているようだが、そこには困惑した様子のミーアが立っていた。側には、妙齢の女性がいる。
ラクスと顔が似ていることはもう変えようがない。だが、髪型を変えればある程度の違いは判別できるだろう。年齢もミーアの方が年下であり、性格に至っては全く違うのだ。
ということで今目の前にいるミーアは、後ろ髪はアップにして編み込み、前髪の分け目は変えている。雰囲気もラクスとは異なるように意図的にしていた。
「お待たせ致しました、若様。一通りのマナーは仕込みました。まだ怪しいところはありますが……」
「いや、この短期間にそこまでのものは求めてない。ご苦労だったな、ターナ」
「いえ、義理とは言え孫になるのですからファンヴァルト家に仕える者として当然のことでございます」
厳しい目をミーアに向けている。ファンヴァルト家の使用人として古参の一人でもある彼女に、シリウェルはミーアを任せていた。その身の保護を兼ねて。
ミーア・キャンベルとしての戸籍はあるため、それを弄るわけにはいかず、ここのミーアはクライン家の遠縁から養子になっている扱いだった。新たな名前は、ミーア・ヴァストガルだ。ラクスと似ている事について、全くの他人の空似とするよりは血縁にした方がいいだろうとの判断だ。過去にファンヴァルト家と懇意にしていて、既に断絶している縁戚で一人になったのを引き取ったことにしてある。
要するに、ラクスと似ていることに対する言い訳を用意したということだった。
「……覚悟は出来ているか、ミーア」
「はっはい……が、頑張ります」
「初日だ。そこまで構える必要はない。あくまで、俺の秘書的な扱いだからな」
「……あの、でもそこまで……本当に」
「隠しておく方が厄介になる。それに、言ったはずだ。君が望むような未来は用意することが出来ない、と」
「それは……わかって、います」
普通にスクールに通って、成人後に普通に就職することは、ミーアには望めない。アイドルになることも、それ以外の道も閉ざされた。しかし、社会に出さないわけにはいかない。ということで、手っ取り早いのがシリウェルの側で仕事をさせることだった。
ファンヴァルトの使用人としてナンナも専属として軍にいる。だから、国防委員長としての専属にミーアをつけることにしたのだ。ナンナと違い、軍人としての教育を受けていないミーアだ。出来れば、そのような危険を伴う場所に普通の一般人であったミーアを連れていきたくはなかった。
「慣れるまでの辛抱だ。食事はとったか?」
「はい、まぁ……少しなら」
「ミーア! はっきりと答えなさいっ。貴方はもう我がヴァストガル家の一員なのです。若様にそのような口のききかたをしてはいけません」
「うぅ……ごめんなさい」
二人のやり取りをみて、シリウェルは苦笑する。別に気にしていないのだが、この場で助け船をだそうものなら、矛先がシリウェルに来ることは間違いない。
「ターナ、その辺にしておあげなさい。シリウェル様もそろそろお時間ではないですか?」
「……あぁ、そうだな。あとは頼む。ミーア、行くぞ」
立ち上がり、リビングを出るところでミーアの手を取り引っ張っていく。既に準備は出来ているのだから後は向かうだけだ。
玄関を出て車に乗り込む。
「出してくれ」
「はっ」
指示を出せば、車はそのまま走り出す。
車内にはナンナはいない。ミーアとシリウェルは二人で後部座席に座っていた。
「……このまま本部に向かう。初めての場所だろうが、あまりキョロキョロしないでほしい」
「……わ、かりました」
「これから俺の近くにいることになる。その中で機密に触れる機会もあるだろう。不用意に他の者と話さないようにしてくれ。着いたら俺の側から離れるな。わかったか?」
「っ……はい」
聞く人が聞けば誤解を招きかねない発言だが、ここにいるのは運転手とミーアだけだ。運転手がシリウェルに指摘することなどないし、言われた当人は、顔を真っ赤にして俯いているだけ。ナンナがいれば、シリウェルに注意するところだろうが、残念ながら適任者は不在だった。
「? どうかしたか?」
「い、いえ……その、何でも、ありません」
「ならいいが……」
ミーアの様子を不思議に思っているだけで、シリウェルは全く気がつく様子がない。車内から、運転手のため息が漏れていた。
一方でミーアの心の中は困惑しどうしだった。
(何なのよ~~もうシリウェル様って天然なの? 婚約者いるよね? タラシなの? 狙ってるの? どうしろっていうのよ~~~)
色々とこじつけていますが、要するにミーアの居場所を作りたかっただけです。