ユリシアとミーアを連れて、シリウェルはアスハ邸へとやって来た。
「あの、私たちもいいんですか?」
「あぁ。話はついている」
戸惑った様子のユリシアとミーアを他所に、シリウェルはスタスタとアスハ邸の玄関の扉を開けた。すると、そこには多くの使用人達が動き回っている。扉が開いたことに気付き、一斉に動きを止め一列に並んだ。
その中の一人、恰幅のいい女性が一歩前に出る。
「お待ちしていましたよ、シリウェル様。本当にお元気そうで何よりです!」
「あぁ……心配をかけたみたいだな。もう大丈夫だ」
「ようございました……クレア様も、安心しておられることでしょう」
「マーナ……」
「あ……申し訳ありません。既に準備は出来ております。そちらの方々が、お連れ様ですか?」
「あぁ」
シリウェルがユリシアとミーアをマーナたちの前に出す。
「皆は初めてになるな。ユリシア・アマルフィと、ミーア・ヴァストガルだ。ユリシアは俺の婚約者でもある」
「この方が……そうですかそうですか。ええ、承知しました。ではユリシア様はシリウェル様と同じ部屋で宜しいですね? ミーア様は客室にご案内致します」
一瞬ユリシアが「えっ」と声をあげた。聞く形ではあったが、答えまでは求めていなかったようで、気にすることなくマーナは直ぐに使用人たちに指示を出す。並んでいた使用人たちが動き始めた。それを見て頷くと、マーナは改めてユリシアたちの側に寄る。
「改めまして、アスハ家のマーナでございます。この屋敷のまとめ役をしておりますので、何かございましたらおっしゃってくださいね」
「あ、ユリシア・アマルフィ、です。その、宜しくお願いします」
「よ、宜しくお願いします。ミーアです……」
「はい、宜しくお願いします。では、まずはお部屋にご案内します。サクヤ、クルル」
「「はい!」」
戸惑いの中のままユリシアとミーアは挨拶をする。マーナは二人の混乱しているのも気づいていないようだ。このような様子には慣れているので、シリウェルは黙ったまま見ていた。
マーナから名を呼ばれると、二人の侍女が出てくる。二人ともシリウェルのよく知る人物だ。
「サクヤ・ハマラです。宜しくお願いしますね」
「クルル・ザムと申します。宜しくお願いします」
サクヤは黒髪黒目で、長い髪の毛は後ろで束ねている。クルルはサクヤよりも短いが同じ黒髪黒目でどちらかというとクルルの方が若々しい雰囲気をしていた。滞在中の世話をしてくれるようだ。
「若君も、宜しくお願いしますね」
「……あぁ」
「では、参りましょうか。私たちに着いてきてください」
まずはミーアを客室へと案内し、クルルがミーアの側にいることになった。
二人を置いてそのままシリウェルの部屋へと向かう。ついた場所は、アスハ邸に滞在する時はいつも使用している部屋だった。扉を開け中に入る。
この部屋は客室等ではなく、シリウェルの為に作られた部屋だ。棚には沢山の書物が置いてあり、写真も飾られている。奥にも部屋があり、寝室となっている。
「……懐かしいな」
「そうでございますね。最後に滞在されたのは随分と前のように思います」
棚に飾られている写真の前まで近寄り、シリウェルはその内の一つを手に取った。
家族写真だ。テルクェス、クレア、ウズミの三人とシリウェル、カガリ、アーシェの六人で撮った最後の写真。まだまだカガリもアーシェも子どもで、シリウェルでさえアカデミーを卒業した頃のまだ幼さを残している時だった。
「……若様、後程呼びに参ります。ゆっくりとお休み下さい」
「サクヤ……わかった」
「では、私はこれで」
パタンとサクヤが出ていき扉が閉められる。部屋にはユリシアとシリウェルの二人だ。
普段通りのシリウェルとは違い、ユリシアはどうしてよいかわからないように視線をさ迷わせていた。
「どうした、ユリシア?」
「っ!? えっと、その……私、本当に……その……」
「? ……俺と同じ部屋でというのが気になったのか?」
「は、はい」
シリウェル自身は対して気に止めてはいなかったが、ユリシアから見れば予期していなかったのだろう。いくら婚約者とはいえ、こうして同じ部屋で過ごしたことはない。しかし、オーブはシリウェルの故郷の一つであるといえ、気を付けなければならないこともある。故に、ユリシアとは同室の方が都合がいいのだ。
「説明していなかったな……悪い」
「いえ、その……私は一緒でも構いませんから」
「そうか……。だが、先に話しておかなければならなかったな。ここ、オーブでのことを」
「え?」
そう言うとシリウェルはユリシアの手を取ってソファーに座らせると、その隣にシリウェルも腰かける。
「俺はここオーブではアスハ家の一員として扱われている。アスハ家はオーブの首長家として代々受け継がれている名家で、歴史も古い。他の首長家も似たようなものだが、アスハには及ばない。途絶している家もあるからな」
更に、代々為政者としてオーブを発展、守護してきた。先の戦争でも全面に立って人々を守る姿勢を崩さなかった。そういった意味でもアスハは他の首長家とは一線を画し、国民からも敬われているところがある。言葉だけでなく、その身で示す。だからこそ、他の首長たちもついてくるのだ。
しかし、一方で己こそが上に立つものだという思いを持つ人たちがいるのも事実だ。世界でのオーブの立ち位置を利用しようとしているもの。即ち、ブルーコスモス寄りの首長家だ。彼らはハーフコーディネーターであるシリウェルをよく思ってはいない。表面上では敬いつつ、その実は疎ましく思っている。セイラン家のウナトのように。
「セイラン家はアスハ家との繋がりがほしい。昔からカガリとユウナ、俺とカリナとの縁談を進めようとしていた」
「シリウェル様にも、ですか?」
「カガリは正確には血筋としてアスハ家からは遠い。直系としては、今は俺とホムラ伯父上のところしか残っていないからな。疎ましく思っていようとも、その血は欲しいんだろう」
ユウナはセイラン家の長男、カリナは長女だ。年齢でいえば、二人ともシリウェルより年上だ。カリナはシリウェルの一つ上なので、大した差ではない。まして、カリナも嫌がっているわけではない。ユウナに至っては、利用できれば良いという雰囲気が出ている。とすれば、カガリとの縁談など、認めるわけにはいかない。かといって、シリウェル自身もカリナと結婚するつもりはない。
「君にはこちらの事情に巻き込むことになるが、牽制の意味も含めて……俺と君がそういう関係であることを隠すことはしないつもりだ。どこまでカリナに通じるかはわからないが」
「えっと、どういうことですか?」
「……思い込みが激しいんだ、カリナは。君に危害を加えないとは思うが……」
意思表示はしておくことにこしたことはない。滞在中に、この問題を何とか防いでおきたい。それには、ウナトらを牽制できる何かが必要だった。