暫く休憩をしたあと、サクヤに呼ばれてシリウェルは広間へとやって来た。そこには、カガリがいる。
「お兄様、彼らとの話をしてきました。都合はいつでもよいのですが、場所は別邸でお願いしたいのです」
「アスハのか?」
「はい。彼らは今はそこに住んでいます」
オノゴロ島から程近い小島にそれはある。有名人でもあるラクス・クラインを隠すための処置なのだろう。確かに、アスハ邸よりも人目につかないような場所の方が彼らにとっては過ごしやすいかもしれない。
「……そうか。仕方ないな。わかった、行こう」
「良いのですか?」
「人目を避けたいのはこちらも同じなんだ。出来れば、あまり連れて歩きたくはないが、どちらにしても同じことだからな」
「? えっと……」
「2時間後、向こうに行く。そう伝えてくれ」
「わ、わかりました」
☆★☆★☆★☆
2時間後、シリウェルはアスハ家の別邸へと来ていた。同行しているのはユリシアとミーアだ。カガリには先に向かってもらっていたので、既に中にいるはずだった。
ゆっくりと中にはいれば、カリダ・ヤマトが出迎えてくれた。
「お待ちしていました、シリウェル様」
「……ヤマト夫人、お久しぶりです。貴女もここに?」
カリダと会うのは実は初めてではなかった。前に一度顔を合わせたことがある。ちょうど、ヤマト家がオーブに移住する時に、両親と共に。その時には夫妻だけで、キラの姿はなかった。対面はそれ以来となる。
「はい。少しでもあの子の側についていてあげたかったものですから……」
「……そうですか」
「皆さんお待ちになっていますので、ご案内しますね」
「お願いします」
通された場所はリビングだった。アスハの別邸でもあるので、それなりに広さはある。そこには既にカガリらが揃っていた。
ラクスの隣にはキラ、カガリ、アスラン。そして、バルトフェルドとマリューの姿がある。
揃った皆に視線を移しつつ、シリウェルは口を開いた。
「……改めてになるが、シリウェル・ファンヴァルトだ。こちらの都合で時間を割いてもらって感謝する」
「シリウェルお兄様……いえ、こちらこそわざわざおいで頂いてありがとうございます。そちらの方々とは初めましてになりますわね。私は、ラクス・クラインです」
ラクスの視線を受け、ミーアが肩を震わせるのをシリウェルは見逃さなかった。しかし、これもミーアには必要な機会だ。
「キラ・ヤマトです。シリウェルさん……その」
「わかっている。だが、その話はまた後で話そう」
「……はい。わかりました」
キラが言いかけたことはシリウェルも話すべきだと思っている。しかしながら、ミーアとユリシアの前で話したくはなかった。二人がいない時に、シリウェルから話をしなければならないだろう。
「私は、アスラン・ザラです」
「えっ?」
アスランの名に反応したのはユリシアだった。ザラの名にか、アスランの方かはわからない。どちらもユリシアとは無関係ではないのだから。
アスランも気まずい風に表情を曇らせたので、恐らくはパトリックのことだと感じたのだろう。プラントにいるもので、ザラに反応するのはある意味で当然のことだった。
「すみません……」
「いえ……」
「ふぅ、なら次は俺だな。アンドリュー・バルトフェルドだ。この中では最年長かな」
「……私は、マリュー・ラミアス。この中で異質なのは私の方かもしれないわね。アークエンジェルの艦長をしていたわ」
「アークエンジェル……なるほど、貴女が」
不沈艦の異名を持つ地球軍の艦だ。ザフトにとって、多くの兵士の命を奪うことになった原因の一つでもある。
既に過去のことで、この場で改めて伝えることではない。シリウェルも、マリューに特別何かを言えるわけではない。敵だったのはお互い様で、戦争の中でのこと。この場ではないのだから。
相手側の挨拶の次はこちらだ。ユリシアに目配せをする。
「……初めまして。私は、ザフト軍ファンヴァルト隊所属のユリシア・アマルフィです」
「アマルフィ……? まさか、ニコルの……」
「ニコルは、弟、です」
「あ……」
ニコルという名を聞き、驚きに目を開くのはキラとアスランだった。事情を知っているのか、ラクスもカガリも心なしか暗い表情をしている。勿論、シリウェルもどうしてそういうような顔をしているのか理解していた。
「……顔をあげてほしい。戦争の中で起きたことに対して、個人を恨むのは筋違いだ。ユリシアもそれは理解している」
「はい。勿論です。あの子の事を覚えていてくれたこと。それだけで十分ですから……」
ユリシアはキラたちに微笑む。それは本心でのユリシアの想いなのだろう。戦争で亡くなった人は多い。それでも、その他大勢ではなくニコル個人を覚えていてくれた。忘れないでいてくれたことが、嬉しかったのだ。
「ユリシア・アマルフィって、お兄様の婚約者ですか?」
「あぁ、そうだ。カガリは会ったことなかったな」
「私もお会いしたことはありませんわ。ユリシアさん、宜しくお願いします」
「はい。こちらこそ宜しくお願いします、カガリ様、ラクス様」
「……あとは、ミーア。君の番だ」
「あ、はい……わ、私は……ミーア・ヴァストガル、です」
この中で誰よりも緊張をし、常に動揺をしていてのがミーアだ。そして、一番の問題も彼女だった。
「ミーア、髪をほどいてほしい。そうすればよりわかるだろう」
「え……は、い」
シリウェルに言われ、恐る恐るミーアは編み込んでいた髪をほどき、下ろす。そこに表れた容姿に、シリウェルを除く全員が息を飲んだ。
「おいおい、これはどういうことだファンヴァルト」
「見ての通りだ。ミーアは、ラクスの顔を持っている。いや、持たされたというべきか」
「お兄様、それは意図的にということですか。私の立場を利用するために」
流石にラクスは理解が早い。己の立ち位置がどれ程の力を持っているのか。ラクス本人ではなく、ミーアをその位置に置こうとした者がいることを。
シリウェルは頷き、ギルバートの計画を伝えた。
既に破綻しており、当人も拘束されている。しかし、万が一ということがないとは限らない。ミーアは背格好が似ていたが、一番の武器はその声だ。本人を前にしてもよく似ている。ラクスの姿を使ってミーアに語らせれば、多くの人々はラクスが話をしていると思うだろう。
「似ていることはもう仕方がない。だから、俺が保護した」
「しかし、お兄様。ヴァストガルとは、ファンヴァルト家の?」
「そうだ。ターナーの所の戸籍を持たせた。元のミーアは消息不明から死亡とされている」
「それでは、ミーアさんは……」
親兄弟とは他人となり、家族の元へは帰れないということだ。話を知らなかったユリシアも表情を曇らせている。ミーアの事情は普通ではないとシリウェルから話はあったが、ここまでとは思わなかったのだろう。
「……本人は納得の上なのか?」
「こうしなければ、ミーアは処罰されていた」
「何故ですか? 聞いた限りでは、彼女は被害者では?」
アスランまでもが食いつく。だが、シリウェルは頭を振った。
「ラクス・クラインは、既にプラントでは只の歌姫ではない。その名を騙ることは、その言葉に責任を持たなければならないんだ。言葉さえも武器となる。保護しなければ、誰かがミーアをラクスに仕立て世論を操ることもあり得た。だからこそ、似ている別人にする必要があった」
「なるほどな……言葉は武器、ね。お前と同じく、か?」
「……そうだ。俺も、単なる軍人ではない。言葉と行動は、俺だけのものではないからな……」
不用意なことは、言えない。誰が耳にしているかわからないからだ。責任を伴うのはシリウェルもラクスも変わらない。
「シリウェルお兄様……」
「ラクス、お前にはキツイ現実を突きつけるようだが、これが今のプラントだ。だから、お前にはミーアの存在を知る必要がある。歌姫としてクライン派を動かした者として、お前が使った力の代償がこれだ」
「シェルお兄様っ、ラクスは──」
「カガリさん、良いのです」
「けど……」
「……お兄様、ご面倒をおかけしてすみませんでした。そして、ありがとうございます。ミーアさんを保護してくださって」
らはシリウェルに頭を下げると、ミーアの元へと歩み寄った。
「ラ、ラクスさま……?」
「ミーアさん、ごめんなさい。私の責任ですわ。謝ってもどうにもならないことではありますが……」
「い、いえっ! 私が深く考えずにあの人たちについていってしまったからで……私が馬鹿だったから……シリウェル様にも迷惑かけて……ごめんなさいっ」
「ミーアさん」
「ちゃんと、謝りたかったんです。私、ラクス様に憧れてて……ラクス様になりたくて……なんて馬鹿なことをしちゃったんだろうって」
「……そうでしたか。ありがとうございます。それほどまでに、想ってくださって。とても嬉しいですわ」
「ラクス様……ラクスさまぁぁ」
泣き崩れるミーアをラクスはそっと抱き寄せる。同じような顔の二人だが、よく見れば違いはあった。感情のままにくるくると表情を変えるミーアと、感情を抑え激情に駆られないように常に己を律し周囲を気遣うラクス。ミーアが泣き止むまで、ラクスはずっと側に寄り添っていた。