ウズミとの会合を終え、シリウェルはシャトルへと戻りカーペンタリアへと向かった。
「良かったのですか?」
「何がだ?」
「……オーブのご実家に寄らずにこちらに来たことです」
カーペンタリアに用意された私室でお茶を入れ、ナンナは切り出した。オーブの滞在時間が短かったのを気にしているのだ。
それは他の部下たちも同様だった。進言しないだけで、チラチラと様子を窺っていたのはシリウェルとて気づいている。
「今は刺激を与えるだけだろうからな」
「刺激、ですか?」
「……皆は知らないだろうが、オーブも一枚岩じゃない。ブルーコスモス寄りの首長もいる。俺の存在を良く思っていない連中も無論だ」
ヘリオポリスに奇襲をかけたのはプラント側。後ろ暗いことがあるとは言え、結果的にコロニーを壊滅に追いやった組織の一員であることを憎らしく感じていることだろう。
「今回は任務で出向いただけだ。なら、それ以上のことはしない方がいい」
「シリウェル様……ですが、シリウェル様は両国の友好の結果ではないですか。それを……」
「頭の固い奴はどこにでもいる。それだけの話だ」
「……シリウェル様」
シリウェルの両親はプラントの評議会議員とオーブ首長家の一人娘だ。これには両国の政治的要因も関係していた。要するに政略結婚である。コーディネーターを差別しないオーブとは、プラントも友好的にやっていきたかったのだろう。その証として、シリウェルの母は人身御供となった。だが、当人たちがそう感じておらず、シリウェルから見ても両親は仲が良かったので、大して気にはしていない。お陰でオーブでもプラントでもシリウェルは、ある意味特殊な存在になったのだが、仕方ないと諦めている。
しかし、当時からこの婚姻に異を唱えるものはおり、未だにシリウェルをアスハ家の者と認めないと主張する者たちがいるのだ。最もシリウェルというよりも、コーディネーターが名家に入ることが気にくわないだけなのだから、気にするだけ無駄だろう。
「それより、あの連中はどうなっている? 情報は来たか?」
「あっ、はい。先ほどダカーハ隊長より通信がありました。明日には、顔を出してほしいと」
「わかった。それまで、休みだな。明日までは休暇だと、他のメンバーにも連絡しておいてくれ」
「はい」
明日には次の任務が決まる。と言うことはシリウェルにとっても今日は休暇なのだ。どう過ごそうか考えていると、連絡を終えたナンナが戻ってきていた。
「ナンナ、お前も今日は護衛は良い。好きに過ごせ」
「……わかりました。では、僭越ながら私から提案があります」
「? 提案?」
「今日はユリシア殿と過ごされてはどうですか? 私的なお時間ならば、婚約者としての時間を作るのも義務だと思われます。特に、シリウェル様は鈍いのですからちゃんとお時間を取るべきです」
「……」
丁寧な言葉遣いではあるが、要するに言われなければ作らないのだから、という指摘ということだ。その表情は笑ってはいるが、ナンナの満面の笑みほど恐いものはない。よって、これは提案ではなくほぼ強制だろう。断れば、母にも何か小言を言われるのは必至だ。
「はぁ……わかった。ユリシアを誘う」
「分かっていただけたなら宜しいのです。では、私も失礼します」
「ご苦労だった」
「はい」
綺麗にお辞儀をして部屋を去っていくナンナを見送り、シリウェルは再び息を吐いた。
「……仕方ない、か」
気乗りしないのは事実だが、確かに最近は時間も作れていない。上官と部下ではなく、婚約者として接する機会を作るのも礼儀の一つだろう。でなくば、アマルフィの両親の不安を煽ることにもなりかねないのだから。
そう決意して私服に着替えると、シリウェルも部屋を出ていった。
★☆★☆★☆★
カーペンタリア基地は軍事基地ではあるが、ある程度の施設は備えてある。ショッピングモールやレストランなど、休息を取るための娯楽施設もだ。
よって、恋人たちがデートをすることも良く見られるため、男女のペアが共にいても特段気にされることはない。
ただし、相手が有名人であるならばその注目度はその比ではなかった。
「あ、あの……シリウェル様」
「……どうかしたのか?」
「その……」
注目を浴びていることに意見をしたいのだろうが、それを告げたからと言って状況が変わるわけではない。それに、シリウェルと共にいるということは常に周囲からみられているのと同義なのだ。ユリシアも覚悟を決めるしかないのだと、顔を引き締める。
「……何でもありません。大丈夫です」
「そうか……」
軍内部ではすぐに噂は広まるだろう。シリウェルが婚約者と逢瀬を交わしていたということは。むしろ広まった方が都合がいいので、シリウェルは構わないのだが、女性であるユリシアにとっては苦痛のようだった。
本人が大丈夫というのならば、何かを言うことはないだろう。
「俺も特に何かをしたいというわけじゃない。ユリシアはどこか行きたいところはあるか?」
「私、ですか?」
「明日以降、時間を取ることは厳しいだろうし、君と二人で出かけることはできなくなる可能性が高い。勿論、上司と部下という形であればいつでもいられるが……それは君の望むものじゃないんじゃないか?」
「シリウェル様……」
普段ならアマルフィと呼ぶシリウェルだが、私的な場所では名を呼ぶ。それだけでユリシアは己が特別になったような気分になるが、シリウェルにとっては義務のようなもの。ユリシアとて、それがわからないわけではない。
戦時中という状況下で自由になれる時間など、立場が上になればなるほどなくなっていくものだ。仕方のないことだと割り切らなければならない。
「……では、今日は私の買い物に付き合っていただけますか?」
「それだけでいいのか?」
「今日は一日私にお時間をくださるのでしょう? 私はそれだけで十分です。シリウェル様を独り占めできるのですから、皆に羨ましがられるでしょうから」
「それは大げさだと思うが……君がいいならいいか。なら行こう」
シリウェルはそっと手を差し出した。
一瞬、ユリシアは何が起こったのかわからなかった。ユリシアが知っている中で、シリウェルから手を伸ばしてきたことなどない。儀礼的なキスはあるが、それ以上触れてはこなかったのだ。たったこれだけのことで、ユリシアは自分が舞い上がっていることを自覚していた。
「はい……」
差し出されたその手を取り、握り返すとシリウェルと並んでユリシアも歩き出した。